君を死ぬまで離さない 02



 





「あ、そいやあ冷蔵庫に苺牛乳あっから持ってきて」
「何故俺が?」
「いいだろ、別にそんくらい」

「……全く、仕方のない奴だ」



 ぶつぶつ言いながら、台所に向かうヅラの後ろ姿を見送る。長い髪がさらさら揺れてる。

 そんな姿見ながら……やっぱりって思った。



 ヅラは、台所に行って冷蔵庫空けてる……なんか、ヅラに我が家の台所を把握され始めてる昨今。
 なんだかな……って、思わないわけじゃないんだけど。そんなのの居心地良いのが、また何だか変な気分がすんだ。



 だってお前いつ、捕まるか。
 いつ、死ぬか。

 お前そんな事やってんだ。
 お前がいつ死んだって、驚かねえよ。

 俺だってそりゃ車に轢かれたりするかもしれないけど、確率の問題から行ったら、俺とヅラとじゃ危険への距離が全然違う。お前、未だに隣にそれ置いてるだろ。もう、いい加減にさ……

 今回だって、だいぶマズイ状態だったみたいじゃねえか。




 歩く時のバランスが少し悪い。
 今台所に行かせて、歩き方見てようやくわかった程度だけど。
 ヅラが来た時から気になってたけど、今確信した。


 やっぱ、脚、怪我してんだろ?
 まさか俺が気付いてねえって思ってんじゃねえだろうな。




 今回……何人か、死んだ。天人と攘夷志士数名と、巻き込まれた一般市民一人。

 過激派のような派手な破壊活動のあるテロじゃなかったけど、世論味方に付けて大きく体制揺らしたのは確かだ。少し騒ぎになって、その時少し暴動が起こった。そんで、人が死んだ。俺だけじゃなくて、ニュース見た奴なら誰でも知ってる。

 今、何考えてんの?



「苺牛乳、空になったから、紙パックは漱いでおいたぞ」

 ドンと俺の前に置いたコップには半分ピンク。
 んで、隣に置いたヅラの湯飲みには、緑の茶……だから緑茶は客用なんだって。


 ヅラは、さっき座ってた対角線上じゃなくて、俺の隣に座った。

 不自然なそんな動作が、なんか当たり前なんだ。
 お前、うちに来ると、たいてい俺の近い場所に来るよな。なんか意味あんの?


 言わないでも気配で解るけどさ。ヅラが何考えてんのか具体的には解らないけど、いや、考えてる事は突拍子もなさ過ぎてついてけなかったりするけど、今どんな気持ちなのか、そんくらいは、解ってやれるつもりだ。だって、俺だし。それに、ヅラだし。

 コイツ、ずっと昔から何にも変わらねえから……今落ち込んでるんだって、そんな気配、解っちまう程度の腐れ縁。
 きっとヅラが何感じてんのかだなんて、今誰にも解んねえだろうけど、

 多分、かなりドン底。

 ヅラが弱音吐いてる所なんて見たこともねえけど、想像だってすんの難しいけど、そういう時に限って俺の所に来るのとか、なんか意味ある?



 誰が見たって、どうせなに考えてんだかわかんねえくらいの無表情を凍らせて……でも膝の上で拳を握りしめるヅラが意外だった。


 でも、お前……そんなに苦しがってんのに、何でもないふりしなくていいって。
 ここに、俺が居んのに。



「ヅラ、お前さ……」


 声かけてもこっち見なかった。返事もしなかった。

 俺がヅラの腹の中読んでる事わかってんだろうな。だったら尚更話すわけねえだろうな。


 昔はヅラに頼られて無いって勘違いして落ち込んだこともあったけど、もうちゃんと理解できたから、俺も。時間かかったかもしんないけど、けっこう簡単で単純だった。

 お前なりに俺の事必要としてくれてんだって。ヅラなりに俺の肩の使用目的と借用方法あんだって気付いたからさ。


 俺の肩で良ければ、いくらだってどうぞって、言ったこと無いけど、俺の許可なんてどうせ関係ないくらいお前は傍若無人だから、言わなくていいならわざわざ言ってやんねえ。


 ヅラは何も言わなかった。
 せっかく茶を入れて来たばっかだってのに、熱湯みたいな熱い茶が好きだって言ってるのに、手を付けようとしてない。
 それで、何も言わなくて、ただじっと膝に置いた自分の拳を見つめてた。



「ヅラ……後悔してんの?」

 まさか、お前、今のお前の立場を後悔してるんじゃねえよな?


 ……人が死んだ。

 そんで、だから後悔、してんのか?
 自分の力不足嘆いたりしてんのか?

 今回、俺んとこに来て、たいした話もせずに茶も煎れたくせに飲まなくて、ただ俺の隣に座ってるって、つまりそう言うことだろ?



 それでも、ヅラは俺の言葉を軽く笑みで流した。



「まさか」


 ……だよな。

 昔から、お前は頭が良いから。
 いつも一番正しいと思った事を実現させるために壁だろうと山だろうと谷だろうと最短距離を突き進んで、どうせお前の出した答えはいつだって、何より、誰より正しくて。
 後悔なんかしてる暇なんか無いくらい、前に進む事に一生懸命でさ。



「俺は俺が信じる道筋で、俺にできることをした。確かに、俺にもっと力が在ればと思わないわけではないが……」

 お前が後悔だなんて、そんな事するはずねえよな。いつも、もしあの時って後悔する必要ないくらい全力だし。


 どうせ全部正しいんだ、昔から。








20111201