君を死ぬまで離さない 01



 





「銀時。共に攘夷を志そうではないか!」



「……嫌です」


 何で来る度に、馬鹿の一つ覚えのようにその台詞繰り返すんだ、この馬鹿は。
 ああ、馬鹿だからか。

 俺だってどんなに頑張ったって同じ返事しかできねえよ。

「そうか、残念だ」

 さして残念そうでもなく、それだけ言うとヅラはソファーにゆったりと背を預けた。
 腕組みして、ふうって軽く溜め息吐いたその態度がなんか偉そう。

 忙しい時に顔を見せに来る場合は、浅く座るのに。その座り方……ってなんだよ。



 今日はのんびりしてくつもりなのか。

 て事は、ようやく時間出来たって事か?

 ここの所……二、三ヶ月顔も出しに来ねえし、町で会う度に呼び込みの格好だったり、工事ヘルメットかぶってたり、どこぞの店の制服着てたり、一度なんて女装してたり……人目も気憚らず怒鳴りそうになった。
 そんなこんなでここんところずっと潜入捜査してたみたいだけど。

 一週間くらい前に、強硬派の天人の要人が急に地球を去った……まあ、そっちのお仕事は一段落ついたみたいだ。事後処理もそこそこ目途がついたって事か。



 だからって労いの言葉だってかけてやる義理もないけど。
 俺、お前の事なんか知らねえから。攘夷とか関係ねえし、俺テロリストとかと繋がりなんか無い普通の万事屋で、お前のやってる事だって一切関係無いんだ。

 俺は俺で仕事してて、ヅラはヅラで忙しそうで……お前とは幼馴染だけど。




 もう、関係無い……。



 俺はやっぱ万屋を営む一般市民で、ヅラはテロリストでそいつらのトップに立ってんだ。

 俺と、もう関係無いんだって。





 だってお前と、だってもう別もんになったんだ。

 ヅラが自分の目の前に伸びてる道の先にあるものだけしか見えてないように、俺だって抱え込んだもん守るのに精一杯だって。

 だからお断りします。
 お前と表裏一体関係はもう無理なんだって。




 お前だってさ……解ってるだろ? お前だって納得したんだろ? そうやって選んだ未来が今だ。

 一言に込めた複雑な思いを知ってか知らずか、ちらりとヅラを見ると、相変わらずなに考えてんのかわかんねえ無表情で茶を啜ってる。
 何で……ここにいるんだ、こいつ。







 俺達は一度、離れた。

 俺達はガキの頃から一番近い場所に居た。
 誰よりもお前が近くにあった。
 空気みたいな存在。一番気にならないけど、在るのが当然で。
 だから、俺のものだって錯覚してた、ずっと。

 お前と俺が別のもんだって、身体が別だから知ってたけど、実際は解って無かった。

 俺が戦いから抜ける時、もう前が見えなくて、寝返った幕府。天人だけじゃなく人だって斬った。敵が誰なのかも解らず、ただ命を斬っているだけで……だから、お前がちゃんと前がどっちだか解ってるなんて解らなかった。






『一緒に来い!』

 一緒に来いって言った。まだ覚えてる。そう言った切迫詰まった自分の声すら覚えてる。

 俺はヅラに向かって手を差し出した。俺の手はもう誰のだかわからない血でどろどろに汚れてて、でも同じように汚れたヅラの手を俺は握りたかった。



 そして、俺の汚い手は、握られなかった。

 お前は俺の手を取らなかった。



『俺は、行かない』

 きっぱりとした、ヅラの口調も覚えてる。行けない、じゃなくて、ヅラは行かないって言った。

 自分で選んだんだ。行けない、だったら無理矢理でも引っ張ってこうと思った。誰かのために、何かのために、そんなこと考えて、自分捨ててまだ道もない前に進むつもりだったら、俺が強引にでも引っ張っていこうと思った。
 でも、ヅラが言ったのは、行かない、だった。


 俺じゃなくて、自分で自分を選んだんだ。

 その時のヅラの表情はあんま覚えてない。

 苦しくて顔を見れなかったから。お前の顔見たら泣きそうだったから。俺がどんな顔をしてたのかもよく覚えていない。



 その代わりに、本当は繋ぎたかった手の指先の白さや細さ、そんなものが目に焼き付いた。



 ……お前は俺と同じ元素でできてたんじゃなかった。

 ヅラと俺が同じ道を歩かずに、離れることと……それが、意外だった。お前が俺と別の存在だったのが、意外だった。

 俺は二人でいれば、世界すら変えられるって思ってたんだ。お前と二人で在る事が、俺を存立させていたから。





 そうやって、魂すら潰れる痛みに耐えて、お前と離れて……






 だから今、ヅラがこうやって、ここに居るのがなんか、不思議。当たり前のような顔して茶を啜ってんのが、やっぱりなんか妙な気分だ。


「銀時。茶のお代わりをくれ」

 しかも昔と変わってねえし。昔からなんか偉そう。口調と態度と存在感が。
 口さえ開かなけりゃ、よっぽどの女じゃなけりゃ太刀打ち出来ないような繊細な美貌持ってるクセに……。


「てめえでやれよ」
「客人に茶も出さんとは……」
「誰が客だ。あ、高い緑茶は客用だから、番茶飲めよ、番茶」


 俺が動きそうに無い気配を察したヅラは、不服そうに顔をしかめて、深く座っていたソファーから立ち上がって、台所に行った。














20111126