すげえ近い場所で、手を伸ばせば触れそうな距離で、ヅラが茶をすすってる。
一か月前に来た時と同じ台詞言って、同じやり取りして、そのお約束が終わった後、今日は時間があんのか、何やらのんびりと茶をすすってる。
一か月前は、いつものごとく攘夷活動に勧誘されて、いつものごとくお断りしたら、冷めてもいない熱湯で淹れた茶を一気に飲み干して、そのまますぐに帰ったのに、今日は暇なんですかそうですか。
そっか、だからつまり、一か月か……。
確か、前に来たのが一か月前。
時間とか余裕があって来れる時はほとんど毎日のように来るのに、来れなくなると月単位で御無沙汰。まあ、前なんか半年近くどこにいるのかすらわからない音信不通だったから、一か月ってのは別に長い時間ってわけじゃないけど……そっか。一か月か。一か月ぶりにヅラの顔見たってことか。
一か月も、なのか、たかだか一か月なのは解らないけど、どっちでもいいけど、つまり三十日は俺はヅラに会ってなかった。
七百二十時間も何やってたんだか。俺がそれを知る必要なんかないけど、でも
あんま、危ない事すんじゃねえぞ……だなんて、俺が言う権利なんかもないんだけど。
昨日、強硬派の天人の要人が、お帰りになったらしい。テレビでもニュースやってた。
それにヅラが関わってたって程度の情報は入っている。情報なんてなくてもどうせそうなんだろうって推測ぐらいできる。
俺だって仕事上、警察にお話しできないようなお仕事に関わってたりする事もあるから、子細まではわかんねえけど、ヅラが何やったかとか、何となくの経緯くらいは把握できてる。今回はあっちの弱味でも握ってヅラが圧力かけたんだろうけど。色々危ない橋渡りしながら探ってたみたいだから。
あんま無茶すんなよ。言わない代わりに、ちょっと視線を向けると、ヅラは俺の視線を意識せずに湯呑を手の平の中でくるくると回していた。
その騒動は昨日。
色々と地球で手広くやってた天人さんだったようだから、急なお帰りに色々が付いて行けずに、まだ騒ぎは収まってねえから、ヅラはヅラで色々忙しいだろうけど、何だかヅラは帰ろうとしない。攘夷志士どもの暁とまで祭り上げられてるヅラがこんな所で油売ってていいのかは解らないけど、まだ帰ろうとしないから、まだ平気なんだろうけど。
もうちょっと……居てもいいから。疲れたならここで寝てもいい。
神楽はさっき定春の散歩にに行ったばっかだから一時間ぐらいは帰ってこないだろうし、新八は仕事もなかったから今日はもう帰った。
だからもう少しは、二人きり。それも、久しぶり。
「どしたの?」
「…………」
茶をすすりながら、ヅラはちらりとこっちを見た。
視線は一瞬の事で、また直ぐに前に戻されて、伏せられる。ヅラの視線は一点集中して、湯呑の中に注がれていた。
「ヅラ……何が、あった?」
ヅラがここに居る理由が思いつかない。
何考えて今ここに居る?
どうせまだまだ忙しいんだろ? それなのに帰らなくていいの? ここで油売ってる余裕あんの? 仮にもこの町で攘夷志士達に一番幅を効かせてる盟主だかなんだかだろうが。
でも、ヅラは茶を口を湿らす程度の量づつ飲んで、一向に帰ろうとしない。忙しい時は浅く腰掛けるくせに、今はゆったりと背もたれに体重を預けている。
「いや、ただ……昔を、思い出した」
「はあ?」
感傷に浸るようなタマですか、あんた? センチメンタルとかの単語がてめえの中に存在してるだなんて初耳どころか信じるつもりもねえんだけど……。
「覚えているか、銀時。戦艦に乗り込んで、二人で壊滅させた事を」
「覚えてるけどさ」
覚えてるけど、一人で会話する癖どうにかなんない? 俺がここに居るのに、なんか置いてかれた気分になるんだけど。
何でいきなりその話?
ヅラの中でどんな風にその話題に直結してんのかわからねえ。でも……なんか変だって事だけは解った。こんなくそ忙しい最中、わざわざ俺に饅頭手土産に持ってくる余裕なんてあるはずないのに……。
お前に、何があった?
「まあ……あん時は、大変だったな」
思い出すのも面倒だけど、ついでに血の生臭い匂いが蘇りそうだからあんまり思い出したい思い出でもないけど、忘れるほど要らない物でもない。
「ああ……あの時はさすがに死ぬかと思った」
ヅラは、笑った。いつもみたいに見下ろすような笑い方じゃなくて、唇だけ少し持ち上げて……目とか全然笑ってない。
ヅラや高杉より古い仲のわけじゃないけど、それでも昔から俺達と仲良かった奴が、俺達の目の前で殺された。作戦は失敗だった。俺達はほぼ壊滅だった。撤退と叫び声が響いた。
それでも憎しみで溢れ返った俺達は仲間が止めるのも聞かずに、そのまま弔い合戦に出向いた。二人だけで天人の戦艦に乗り込んだ。本当は船の動力系統破壊するだけのつもりだったが、気付かれて、全部斬った。俺達二人で乗り込んだ敵地で、我を忘れて、無我夢中で刀を握って振った。
もしかしたら死ぬかもしんなかったけど、誰も俺達が生きて戻るだなんて思ってなかったようだけど、俺達もそのつもりだったけど……それでも、あの時それが俺達には正しかった。
それ以外にも、ギリギリで死ななかった事なんかいくらでもあった。
ヅラが背中にあるから、俺は戦えた。
あんなに毎日死にそうになりながら、それでもお前の存在が唯一の安定ででっかい支柱だった。俺が立ってんだって、ヅラが隣で立ってることで認識できてた。
「……何があった?」
今日、ここに来てから、ヅラはまだ一度も目を合わせていないの、お前気付いてる?
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20111122
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