幼馴染 中












 俺は銀時を親友だと思って居る。腐れ縁以上に銀時とは固い絆で繋がっていると、そう思った。

 だが、銀時からすれば俺は何でも話せる友では無いのかもしれない。きっと、そうなのだろう。
 銀時は友人も多くいるが、俺と銀時が共に過ごす時間が多いので、結局ほとんど俺と友は共通している。だが、その中でも俺が一番銀時と仲が良いと自負しているが……。

 銀時はあまり、自分の事を話したがらないから。どうでもいい事に関してはやたらと口の回りは良いが、自分の本音については一切語ろうとしない。銀時が俺をどう思っているのか……俺は一番の友人だと思っている。だが銀時にとっての俺は、ただ昔からの友達というだけで、順位も付いていないその他多数の友と同列なのかもしれない。

 何もなく無邪気に過ごしていた子供の頃は、俺の立場の方が上だったように思うが……今では、俺が銀時を想う気持ちの方が強いのかもしれない。





 陽射しが降る。
 さらさらと川の流れる音。

 心地好い。

 風が、吹く。きっと、今俺を掠めて行った風は新緑の色をしていたのだろう。とても軽やかで涼しげな匂いがした。
 とても、いい気分だ。


 石投げにも飽きたので、近くの木の根元に座り、背を預ける。湿った土の香は心地良い。

 そっと目を閉じた。風の音も水のせせらぎも、柔らかな陽差しも、目を閉じていても香る。




「……ヅラ?」



 つい、うとうと、と……。心地が良かったので

 昨晩は、やはり思いあぐねいてしまい、寝付けなかった事もあり、腰を下して目を閉じると、途端に眠気が襲ってきた。



 声をかけられたが、反応する気力はすでになかった。昼寝はお前の専売特許なのだろうが。狸寝入りが上手い銀時は、俺が話しかけても面倒な時は寝た振りをしている事ぐらい知っている。俺も時々はこうしてこんな場所で昼寝をしたい。

 だって、こんなにもいい天気だ。


 横になり、陽射しを浴びる。とても、心地好い。


 きっと銀時は呆れた顔で俺を見ているのだろうが、それでも構わなかった。人前で眠るのは不躾な気がしていたが、ここに居るのは銀時だ。銀時に対してこのくらいは、醜態のうちには入らない。



「……ヅラ?」

 ヅラじゃない、桂だ。
 そう、言いたい気力も今は眠気の前に折れる。


「眠いの?」

 そうだ、少し、静かにしてくれ。十分だけでいいから、ちょっと、寝る。
 お前も寝るか?
 とても気持ちがいい。

 さらさらと流れる風は、陽射しの熱を中和し、一定の落ち着いたリズムを奏でる水音もひんやりとした。

 日差しが陰る。
 隣に、銀時が来た気配がした。影を落とすほどに近い場所に来たことが解った。
 何だ? お前も寝るか? 少し場所を譲ってやろうか。この樹が一番大きくて、一番気持の良さそうな木陰を作る。



 銀時が、俺の投げ出した手を握ったのは、解った。手を取るのはどのくらいぶりだろうか。子供の頃は何も考えずに遅れた銀時を引っ張るために、俺はよく銀時の手を握った。
 繋ぐ必要性もなくなったから、以前銀時の手に触れたのはいつの事だろうか。
 すこし、ごつごつとした硬い手の平だった。やる気のない振りをしていても、剣の修行を怠っていない証拠がここにあった。昔から努力は見せたがらない奴だった。俺もそれを気づけないことも多かったが。


 もう、昔からだ。
 銀時がどんな男なのか、俺が一番良く知っている。

 最近、試合をしていないから、誘ってみようか。銀時は強くなっているだろう。俺も負けるつもりはない。







 それにしても、銀時はこれ程男前に成長したと言うのに、浮いた噂があまり立たない。世の女どもは一体どこを見ているのだろうか。俺が女だったら、放って置かないだろう。

 銀時は自分の事を何も話したがらない。だから、俺も知らない。




 数ヵ月前に、俺に惚れたと言う女子がいた。

 好きだと言われたが、その時、実はその女子の母君……これがかなりの美貌だった……と、少し懇意になっていたので、あまり芳しい事態ではなく、お断りしたところ、彼女は引き下がらず、キスをすれば大人しく帰ると言うので、その通りにした。


 銀時にはすぐに話した。
 と、言うよりも、今回のように愚痴をこぼした。




 銀時が、その彼女と、お付き合いしたらしいのがその三日後。

 そして、お別れしたのがその一週間後。


 それを俺が人伝てに聞いたのが、その一ヶ月後。






 銀時が、自分から話したがらないのであれば、俺が訊くこともナンセンスだろうが、言って貰えないのも寂しい気がしないでもない。
 それなりに銀時とは信頼関係にあると思っているので、なにやら……やはり、少し寂しい。



 腹の内を全て曝け出す事が友情だとは思わないが、それでも俺は銀時の事は知りたいのだから、少し寂しいと思ってしまうのは仕方がないだろう。

 俺の事を好きだったらしい女子を銀時が惚れていたらしい事を俺に打ち明けられていない事も、その事に何も気付けなかった自分も、不甲斐ない。





 それ以外、銀時の浮いた噂は聞かない。

 銀時は、誰か意中の相手でもいるのだろうか。一度も銀時からその手の話は聞かない。


 これから先もずっと、という事はありえないだろうが、もしその時は、あまり嫌な女性で無いといい。俺から見ても完璧だと思うような女性でなければ、俺は銀時の友として銀時を渡したくない。
 ずっと銀時が誰も選ばず、誰とも付き合わず、俺と共にあれば良いなどと……そう考える事もある事は、勿論内緒だ。

 俺は、独占欲が強いのかもしれない。友人にそんな事を想うのはおかしいのはわかっている。ただ、銀時の一番親しい間柄という地位を誰かに譲りたいと思えない。
















 そんな、まどろみの中で


 ふわふわと、漂う意識の中で、俺がまず感じたのは、唇に乗る存在。

 初めは振り払う気もなかった。眠りの中に居たので、気になりはしたがその正体を確かめる気力もなかった。
 枯れ葉でも落ちてきたのだろうかとも思い、すぐになくなるだろうと、何となく思った。





 が、俺の口の上で、妙な動きをする生温かい………




 ふわりと、俺の唇に乗る……この、柔らかく、この感触は、知っていた……






 唇だと言うことを!


 

「………っ!」


 当然、一瞬にして眠気など吹っ飛んだ。


 ぎょっとして、眼を開く。






 初めはあまりに近すぎて、焦点を合わすのに苦労した。さっき眼を閉じる前には木漏れ日がさらさらと動く緑と、青い空と白い雲の色しか見ていなかったから。

 それが何だかを理解するのに、少し時間がかかった。




 至近距離の、少し赤みの強い色が見えた……。

 知っている色だ。銀時の瞳の色だ。俺は人の目を見て喋るように教えられたからその通りにしている。一番良く喋る相手は銀時だから、とても見慣れている色だ。銀時の、眼の色が、見えている。






 つまり……目が合った。






 ……えと。


 これは……どうしたら良いのだろう。




 何も気付かなかったことにして、寝た振りをするのが、賢明な判断だと俺の理性が叫んでいる。

 面倒な事を考えたくなければ、なかった事にするといい………。



 …………銀時?


 が?



 寝た振りをしようとも、俺がしっかり目を開いたのを、ばっちり見られたのを、俺は見た。今から寝たふりが通用するとも思えない。





 銀時は、何をしているんだ?








 まずは、現状の把握。

 窮地に陥った時は焦らずに現状を把握し、冷静に対処法を考えれば、自ずと道は開ける。はずだ。確かそうどこかの偉い人も言っていた。






 まず、今は銀時と俺はキスをしている…………








 何故だっ?



 友人とは、こんな事をする関係だっただろうか? 友情という絆を確かめる手段は他にもたくさん在るが、この方法は俺は知らない。

 それとも銀時は今寝ていて、寝惚けていて……いや、今現時点で、銀時が目を開いているのが見える。

 だから銀時は寝ぼけているわけでもなく、自分の意思で今俺にキスをしている。




 ……だから何故だっ!?



 嫌がらせか? もしうっかり俺が銀時に対して何か嫌な事しでかしていたとして、今銀時がその報復行動に出ているとしても、俺がこうして起きなければその嫌がらせも無意味だ。
 寝ている俺に銀時がキスをする理由……。

 解らない。とりあえず、今どうしていいのかとか、他にも色々な事が理解できないが……





 銀時の唇が動いて、舌先が、俺の唇を舐める。ぬるついた感触。くすぐったいような、身体の芯が溶かされてしまうような……。

「……んッ」

 ぞくり、と、した。





 

 ……じゃ、ない!

 いや、待て! そうじゃない!
 そうだとしても、そうじゃない! ぞくりとしてたりする場合じゃない。



 まずは現状確認はした。
 次に現状の打破だ。
 この事態を打開せねば、まともな思考が帰って来ない気がする。


 とりあえず、銀時を押し退けようと、して、ようやく、手が動かない事に気付いた。

 そう言えばさっき、銀時が俺の手に触れていたような気がするが、そっからだったんだろうか?
 

 銀時が俺の手を握っている。片手じゃなくて両手。
 






 えっと……動けないんですが、銀時君。


 手に力を込めても、うんともすんとも……何だ? 銀時の奴、こんなに力が強かったか?

 投げ出していた俺の足を跨ぐようにしているので、俺が脚を振り回した所で、銀時には大したダメージを与えられない。

 身長はそれほど変わらないはずだが、体型で差がついてしまっていることは解っているが……こうして力比べで俺が負けるなんて……いや、今力比べとかしてるわけじゃないから。ちょっと落ち着け俺。
 だが、銀時に上から退いてもらわない事には、どうしようもない。退かなくていいからせめて話をさせてくれと思うが……






 唇の間から銀時の舌が侵入してきて、俺の歯列をなぞるようにして動く。

「ふ……うっ……」

 俺の舌先を刺激するように、舐める銀時の口付け……は、悔しいことに気持ちが良かった。俺の知らないうちにどこでそんなキス覚えたんだなどと、怒れるような余裕はなかった。





 身体中が、弛緩して、力が抜ける。

 銀時の舌の動きを追う事ばかりに気をとられて、思考がまとまらない。

 溢れた唾液が頬を伝わって、顎に伝う。


 口の中で動く、何かの生き物のような銀時の舌が、俺の思考を奪う。
















20110804