幼馴染 後












 どのくらいの間、こうしていたんだろうか……。

 気が付いた時には、銀時が俺を至近距離で、見ていた。まだ拘束は解かれて居なかったが……身体中から力の抜けた俺は、拘束されていなくとも現時点では逃げ出す事は不可能だろう。



「……悪ィ、ヅラ」

 ………本当にな。

「悪いと思うなら、退け」

 まずは、重たい。身体を捻ろうとしたが、びくともしない。当然掴まれている手も動かない。


「悪い、けど、俺、もう我慢しねえから」

 ん?
 謝罪の内容、食い違っていないか?
 現段階で俺が求めているのは、こんなことをしてごめんなさい、という謝罪内容なのだが……我慢って、何の我慢だ?


 嫌な予感、と感触……腹の下の方。

 ちょうど、銀時が座っている場所が、俺の腹にぶつかっているが………銀時の一部が熱くて硬いんですが何コレ。きっと見ないふりと考えない事にした方がいい事ぐらいは解った。



「………」

「他の誰かに持ってかれるかもしんねえなら、俺がさっさて捕まえとく」


 銀時は、笑顔だった……が、今まで見たことが無いくらい……目がマジだ。
 俺の知ってる俺の幼馴染の俺の信頼している死んだ魚のような目をした銀時はどこへ行った?


 冷や汗が、背中を伝ったのが、解った。きっと、嫌な色をしている汗だったと思う。


 いや、昔は俺の方が身体もでかくて、健康的で、力も強くて……今だって剣道の試合じゃ俺の方が強くて……。
 別に友情に優劣など求めていないが、それでも昔は俺の方が……何コレ? 今の状況、ちょっと、納得が行かないんだが……だから、とりあえずその辺りの謝罪を俺は求めていたのだが……。



「銀時?」

 銀時は、いつもよりも瞳孔が開いているように見えた。


 真っ直ぐに、俺を見る。
 銀時が知らない男のように、見えた。



「俺以外の男に触らせたり、したくねえから」

 いや、その辺は心配無用だ。俺も別に男に触られたいだなんて思っていないって! 俺も美しい奥方には可愛がって頂きたいが、別にむさくるしい男に触られたいという願望は生まれてこの方一度も抱いた事はないので、その辺の男ごときに触らせるような真似はしない。俺もそれなりに鍛えている。襲われることがあったとしても返り討ちにしてやる。
 だから、案ずるな。

 だから、とりあえず放してくれないでしょうか銀時君。

 そう、言おうかと思ったが……握られた手が潰されそうなほどに痛い。

 真っ直ぐに銀時は俺を見ている。この銀時は、はたして俺の旧知の銀時か? 俺はこんな銀時を見た事がない。



 それに、銀時を怖いと思ったのも初めてのことだ。




「銀時っ! 頭を冷やせ」


 とりあえず、怒鳴って、みる。

 現時点では精一杯の虚勢ではあったが。




「今まで我慢してたけど、もう辞めるから」

 今までとは、いつからの事かは解らないが、銀時には今までだったとしても、俺にとってはほんの数分前からの出来事だ。
 我慢してた事の理由すら俺には理解が及ばないが、共に居る事で何か俺が銀時に無理を強いていたらしいことが解った。

 今まで、銀時は我慢していたらしい。
 俺は何も知らずに銀時のそばに居た……そのことで、銀時は苦痛に思うところがあった……。



 なら、言えばいいだろうがっ!?

 銀時は幼い時分から本音を隠したがる傾向にあったが、一番長い時間銀時と過ごした俺ですら気づけないほどに巧妙に本音を隠す。
 いくら幼馴染でお前の事を誰よりも良く理解しているからといって、解らない事も在るんだ。

 というか、解らない事の方が多いんだ!


 そもそも、この銀時は一体誰だ?




「今から、お前を俺のもんにする」


 なんだその宣言は?





 ちょっと待て!


 何だ、それは!?




「お前に触れないからって我慢して、お前のお下がりに手を出してみたけど、やっぱりお前じゃないし」


「……」


 お下がりって……何の事だ? まさか、諦めるからと言う理由で接吻を強請った女子のことではあるまいな?
 もし俺が一度でも手を付けた相手が必要であるのならば、もっと他にも色々居るが………といっても結婚している割合の方が多いが……俺の性癖を銀時が知らないわけでもあるまい。とすると銀時はその辺りの失楽園的な倫理観は働いていたのだろうか……とか、悠長に考えている場合だろうか俺は今。




 何やら、今は、もしかして、危機的状況なのではないだろうか……貞操の。


「他の誰かに手を出されるぐらいなら、俺のもんにするから」
「……俺は物じゃない」


 銀時を、恐いと思ったのは今日が初めてだ。



 だって、子供の頃の銀時は、本当にひ弱で、吹けば飛ばされそうで、俺が守ってやらなければと、か、思ってしまいたくなるような、可愛い子供だったのに。
 銀時の奴、無駄に成長しおって。

 全身の力を目に集結させ睨み付けてみたが、あまり効力はない。たじろぐどころか睨み返された。







 さて……どうしよう。


「銀時?」

 いや、冷静に一度話し合おうじゃないか。
 こんな長年連れ添ってきた仲だ。なにもこんな事をしないでも、話し合えば互いの妥協点が見つかるはずだ。




「お前の事、想って自分でシてたんだよ。お前が脚広げて、アンアン女みたいな甘い声上げて、自分から腰振ってる姿を想像しながら自分でやってたけど、もう限界だから」

「っ………!!」

 全身から、火が吹き出すような感じがした。


 銀時は、それなりに女性の話題には加わったりしていたが、大して興味がないのか、途中で居なくなったり、噂の一つも無い清廉潔白な奴だと思って居たのだが……。




 まさか……俺の事が?

 銀時に、そんな風に思われていただなんて……。





 とか、なぜ俺は赤面しているんだ?
 ここは、この場合は憤慨して嫌悪すべき所だろうが。普段はそうしているし、そうなるし、そのまま嫌悪に任せて相手を叩きのめす事も在る。

 寝る前と目覚めた後とで激変した事態に対処できないままの、よく回らない頭で、色々考えるが………つまり銀時は、俺の事が?


 いや、だが、幼馴染だ。今更……いや、そうじゃなくて、銀時は人妻ではない。以前に、男だろうが。
 欲望の対象として銀時を見たことが一度も無いので……。

 耳が、熱い。

 だから、銀時が……俺を?

 恥ずかしくて銀時の顔が見られないのも初めての経験だ。







 突然、下半身に、手を伸ばされて、我に帰る。



「ちょ……待て、銀時待て!」

 そこは、色々な過程を経た後に来る魅惑の世界だろうが! 中ボスを攻略した後のラスボス的な位置だろうが!


「や……触るなっ……んっ」

「待たねえ」

 銀時は服の上から俺の大事な部分を掴む。が……そんな、男のお前などに触られても………反応するのは、きっとただの生理現象だ。



「それでも待て!」
 男に触られて勃たせたら、俺の男としての面目が丸潰れだろうが! だから待て、とにかく待て!

「限界だ、っつったろ!」
「だが、ここじゃ……」


 外だし………。

 人通りが少ない穴場を選んだのが仇となったか。たぶん、ここに次に来る人物は、再び俺達だろうと思えるほどに誰も来ない穴場だ。
 愚痴を言った所で俺の恥になるような事を誰にも聞かれずに済む場所を選んだのが、失敗だったのか。


「こんな朝っぱらから、わざわざ誰も来ねえよ」
「だが………」

 いや、だが当初の目的はお前に愚痴を聞いてもらう事だから、俺の選択は正しい。間違っていない。はずだ!

 こんな事は予想外だ、想定外だ!


 さて、考えろ。
 チャンスは今しかない。今を逃したら、あとは流されるだけだ! そんな気がする。

 逃げるなら、今をどうにかしないと……。




「今、お前が拒否したら、もう二度とお前の迷惑にはなんないようにすっから」

 急に、銀時が声のトーンを落として………辛そうな顔をした。

「迷惑?」

 今まで、銀時を迷惑だと感じたことはない。今ちょっと俺の貞操の危機に冷や汗を流しているので、少し助けて欲しいと思っているのは事実だが。


「嫌だって言ったら、もうお前の事、見ないようにするし、喋んないようにするから」
「それは……」

 それは、一体どういう意味だ?


「嫌だろ? お前の親友だって思ってた奴が、お前のあんな姿やこんな姿想像して、自慰行為に励んでんだぞ」

「……銀、時」

 銀時がそんなに、俺の事を想って……






 ……って、流されてるぞ! 俺っ!

 赤面している場合ではないから! そこんとこ解っているのか? 俺の貞操を死守するための策を練らなくてはならないのに……つい、顔が赤くなってるのが銀時にばれてるかどうかの方が気になってしまう。

「いや、友達辞めるのは大袈裟だろうが。もうこんな事をしないと言ってくれれば今まで通り……」
「それじゃ、俺だって辛いんだよ。お前が俺を受け入れないんだったら、もう友達になれなくていい」

「それは困る」
「嫌だったら、俺を選べ」

「いや、それとこれとは……」



「同じだって。俺を選ぶのか、俺を拒否するのか」


「………」


 二択か?
 何故だ?

 何故、二択何だ?

 他に、選択肢は?




 あるだろう、お前が今この時を気の迷いだと認めて、また元の関係に戻るとか。


「そんな甘い気持ちで、告白なんかしてねえよ。どんだけ俺が耐えてたか、お前、知ってんの?」




 銀時の手が、俺の頬に添えられた。無骨な大きな男の手の平だった。

 と、いうことは、銀時が俺の顔に触れているのだから、俺の手はすでに放されている。左手は繋がれているままだったが、右手は自由だ。
 抵抗する為に、俺の意志を銀時に伝える為に、銀時の顔面を殴りつけるチャンスが到来している……。

 はずなのに、俺は動けなかった。



「だが………」

 銀時の手が、俺の頬を撫でる。

 銀時から、視線が逸らせない。




「どっち? 俺が要るの? 要らねえの?」

 銀時の顔が、ゆっくり、近づいてくる。

 吐息すら、かかりそうな距離。きっと、あと数ミリで再び唇は衝突するだろう。
 先ほどの口付けの熱が、身体の中に甦る……恍惚となり、脳が溶かされるような感覚が甦る。











「………夜がいい! こんな真昼間っから外でなど論外だ! せめて布団のある場所でないと嫌だ!」






 俺が出せた最大の譲歩案はそれだった。


















20110805
11900





昔、こんなBL小説読んだ気がするので、銀桂で書いてみました。