幼馴染 前












 銀時は、昔は俺よか背が低かったし、俺より痩せ細っていた。
 もともと色白と言うよりもほとんど色素がないと表現した方が適切なくらいに白かったし、俺と初めて出会った頃はなんだか酷く頼りなく、こいつはこのまま成人できるのだろうかとこっちが不安になるような子供だった。

 俺はそれなりに裕福な育ちをしていたし、その当時は発育も良い子供で身長も高い方だった。喧嘩も強かったし、剣の腕は負け知らずで、勉学に関して首席を譲た事はなかった。子供なりに周囲から慕われていたし、ほとんど子分と呼べる友人も数多くいた。

 だから、初めて銀時に会った時は、不思議な色をした白いひ弱そうな子供だと……そのくらいの感慨しか持たなかったが……。




 先生が………。

 銀時を宜しくと、わざわざ仰ったから………。



 銀時は、ひ弱そうなと思った通りにひ弱な子供だった。無理をすればすぐ風邪をひくし。性格はアレだから友達を作ろうとする根性も無かった。
 俺は頼まれたら、全力で期待に答えるタイプだから、先生の期待に答える為に、仕方なく………と、言うのが初めのうちの銀時への印象だった。

 銀時は自分から誰かと仲良くしようともしなかったので、俺が銀時を外へ連れ出した。性格はアレだが、不思議と誰からも嫌われる事もなく、皆の輪ににはすぐに溶け込んだ。
 子供の頃、俺達はよく遊んだ。
 俺はきっと誰よりも多く、銀時と幼少の時期を過ごした。

 銀時と遊ぶ事はとても楽しかった。銀時もそう感じてくれていると信じていた。だから、俺達は親友なんだと、そう俺は一方的にだが確信していた。



 そのままが続くと、俺は信じていた。

 思い出は常にキラキラと輝いているものだ。



 俺の最盛期はあの時分だったのではないだろうかと、思い出す度に溜め息が出てしまう。




「桂さんの事が、好きなんです」

「……そうか」

 俺は、できる限りの深い溜め息で、この腹に突然蓄積した重い気分すらも吐き出してしまいたかった。勿論そんな事も出来るはずもなく、溜め息を吐いた後はそれ以上の重さに鉛のような気分が胃に居座る。

 子供の頃は、何も気にしていなかった自分の外見だが、年を負う毎に……鏡を見る度に……。

 子供の頃から、そこそこ気にしては、いた。それなりにコンプレックスは、あった。

 だが、子供社会だ。
 金持ちの子が偉いわけではない。少しでも発育のいい体格、楽しい遊びを見つける能力や周囲を引っ張っていける明るい性格などが、個人に対しての判断基準だ。俺の性格や、その頃の背の高さとかで、俺は子供ながらに男としての人望を集めている事は、誰の目から見ても明らかだった。昔気質のガキ大将だと、今でも胸を張れる。

 だが、人は成長し、外見や家柄、その他によっても判断されるようになる。


 俺は、外見で判断されている事が多い。ように思う。特に、最近。




 男から、アイノコクハクを受けたのは、これで何度目だろう……もう、数えたくもない。特に最近。


 俺は年上の落ち着きのある女性が好みだと言うのに、何故寄って来るのはむさ苦しい男ばかりなのだろうか。

 確かに、認めよう。

 俺は、町一番と噂に名高い豆腐屋小町のオキヌ殿より、美人だ。

 それは認めよう。
 別に、不細工に生まれるよりは有り難い。俺もこの顔を嫌いではないし、自分でもそれなりに自信を持ってはいるが。

 何故、女顔なのだろう。

 綺麗だとか美人だとかの形容詞はよく言われるが、カッコいいとか、男らしいとか、そんな事を言われた試しは今だかつて無い、気がする。
 性格は、俺以上に男らしい男などそうそう見つからないと思うが……情にも厚いし、人望もあるし、剣の腕は立つし、性格は真面目だし!

 だが、何故それでも男ばかりに好かれるのか?



「それで……俺のどこに惚れたんだ?」

 男として惚れたと、言われるならまだいいが……。身長も、低い方ではないと思うのだが。俺は男なのだから、やはり好かれるならば女性の方が嬉しい。

「……そりゃ、桂さんみたいな綺麗な人、いないから」

「……………どうも」


 どうにも、嬉しくもない!






 それを丁重にお断りして、帰ったのが昨日の夕方。


「って感じだった。田中の奴……友人だと思っていたのに、裏切られた気分だ」

 銀時に、泣き言を言うのは、いつもの事だ。
 川原に呼び出して、愚痴を言う。散歩がてらに立ち寄るこの場所は、俺達が子供の頃からよく遊んだ場所だ。夏は素っ裸で皆で遊んだ。俺は誰よりも高い岩から川に飛び込む事が出来た。

 まだ、水に入りたいほどには暑くはないが、そろそろ陽気は暖かくなってきている。


 銀時は、子供の頃はあんなにひ弱そうで病弱そうな外見を呈し、頼まれた手前、俺がなんとかしてやらねばと思っていたというのに。事実あまり丈夫な子供ではなかったはずなのだが……


 身長はすくすく伸びて、終には俺を越し、鍛えれば鍛えるだけ体格も良くなり、剣の腕は俺の勝率が六割。俺の方が持久力が少ない分、長期戦になれば、もしかしたら俺の方が……と思うので、あまり深くは考えずに、俺の方が少し強い事になっている。

 銀時は人付き合いが不得手そうにしているが、何故か嫌われることもない。周囲には俺と同じように誰かしら居ることが多い。

 銀時は不思議と人の目を集めた。

 出会った頃の遠い昔の銀時は、俺の子分その一、みたいな奴だったのに。相変わらず死んだ魚のような目をしているが、精悍な顔立ちになり、男として隣にあまり並びたくないような成長を遂げた。男の俺から見ても、いい男に成長しやがったと思う。立派な成長を遂げて親友の俺としては嬉しいやら少し妬ましいやらで、多少は複雑だ。

 俺も、こうなる予定だったのだが……顔は悪くないのだし、相変わらず剣は、俺が誰よりも強い。


 川に、石を投げる。石が三度跳ねて沈む。
 銀時は以外と器用なので、俺に続いて投げた石は四度跳ねた。
 負けるまいと気負って投げた石は二度しか跳ねなかった。


「……田中、ね」
「田中だ。ほら、最近よく俺に飯をおごってくれた奴」
「バカじゃねえの?」

 田中が? と、訊こうとしたが、やめた。確かにあの男の下心を見抜けなかった俺にも非はあるだろうが……いや、そもそも男同士なのだし、下心など感じる必要性などないはずなのだが……。
 今はこの心の傷を癒したいから、今は甘やかせて欲しい。



「俺が信じられるのはお前だけだ、銀時」

 もう、人間不審になってしまいそうだ。俺がその手の趣味を持つ男であれば、俺のこの麗しい外見は喜ばしい事態なのだろうが、生憎、俺は落ち着きのある、年上の美女が好みなんだ。
 もう一度言う。

 落ち着きの無くとも、美女でなくとも、年上でなくとも、第一に女性が好みなんだ!

 友人だと思っていたのに。いい奴だと思っていたと言うのに!

 アイツの頭の中で、俺がどんな風に扱われて居たのかと思うと……悪いが、考えたくもない。もう毛も生え揃った思春期なので、恋心には下半身の欲求も伴う事は理解している。手を繋いだだけで充足できるような関係を望まれているわけではない事は、俺もそうだから解る。妙齢の美しい奥方を口説き落とせたとして、奥方に微笑んでもらうことで満足することもない。この見た目のおかげで可愛がってもらえるのは嬉しいが、せっかく俺も男なので手やら色々出させて頂きたく存じます。



「ばーか」
「何がバカだ! お前も俺から突然好きだと言われたら、どうする?」

 困るだろうが。
 友人だと思っていた奴に、好きだの抱きたいだの言われたら……今までお前は俺をそんな目で見ていたのか。だからお前は俺と仲良くしていたのか。

 裏切られた気分だと言うのが、適切な表現だと思う。相手と自分の感情が拮抗せず、同じ形や温度をしていなかった事が、悔しい。誠意をもって友情を築いていたつもりだったのに、相手は友情ではなく下心で俺と接していた事は、やはり裏切られたという思いが何より強い。


「………なあ、ヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ。何だ?」

「…………悪い」
「何が?」

 銀時は、何も答えなかった。俺は何を今謝られたのだろうか?

 銀時は、もう一番、石を投げた。
 銀時には珍しく、一度も跳ねなかった。石選びに失敗したのだろうか。弾ませるためには、薄く楕円をしているのがいいんだ。


「銀時?」
「………」

 銀時が、何かしらに苛ついていたのはわかった。

 銀時はあまり感情を表に出さない奴だが、長年の付き合いのおかげで、いつもと同じヘラヘラした無表情でも、発している喜怒哀楽のオーラを感じとることぐらいは出来るようになった。


「銀時、何か……」
「何でもねえよ」

 今何を俺に謝罪したのかくらいは訊きたかったが……言い方は、少し荒い口調だった。
 触らぬ神には祟られないらしい。


 手近な場所に、手ごろな形の石は落ちていなかったので、石を投げるのはやめた。
 銀時は、丸い大きめな石を弾ませる目的ではなく、ただ遠くに投げた。





「銀時………いつも、有り難う」

 背に、その言葉を投げる。
 もし聞こえていなくとも、それは構わないと思った。

 銀時に、いつもこんなどうしようもない愚痴を言ってばかりで、申し訳ないと思う。本当にどうしようもない。まだ片想いの女性についてとかであれば相談にも乗って貰えるのだろうが。生憎俺が一方的に想いを寄せるような相手はいない。俺好みの奥方ともそれなりに努力すればすぐに仲良く出来る。
 こんな事を話せるのは銀時ぐらいしか思い付かない。高杉は……アイツには弱点を知られたくないので、できれば弱音を吐きたくないから言わない。

 銀時には、いつも聞いてもらってばかりだから。



「お前は、俺に何か話とかは無いのか?」

 いつも聞いてもらってばかりだ。銀時はあまり自分の事を話したがらない。だが、長年の付き合いだ。お前の話を聞く度量ぐらいあるつもりだ。
 そう、思っている。




「………別に」
「そうか」

 それは、少し、寂しく思う……。

 俺は銀時を信頼し、親友だと思っている。俺は銀時に何でも話すことは出来るが、銀時はそうではないという事実は、少し寂しい。












20110728

以前に書いた【幼馴染】と設定同じで立場逆転させました。どっちで書こうか迷ったので両方書いてみました話。