あれから桂との距離がうまくとれない。
どうしていいのかわからない。
誰かの隣にいられるのが気に入らない。誰かと話しているのが気に入らない。
それでも俺が桂と話をしたいわけでもない。隣にいても、何を話せばいいのかわからなくなっちまった。
今までは隣にいるだけでよかった。同じ空間にいることで落ち着いた。同じ場所にいるだけでよかった。喋る必要性も感じかなったし、喋りたくなったらそうすればいいだけだった。
隣にいることが落ち着かない。
それでも、どこか見えない場所にいられると、それも嫌だった。
三日後、最後の戦がある。
これに勝利すれば帰れる。
全部に勝ったわけじゃねえけど、それでもこの地方の天人からの侵略を防げたことになる。
一度、帰れる。
きっとまたすぐに戦いに従事することになるだろうが。
もうすぐ帰れる。
ようやく。
疲弊した戦力。
消耗しきった体力も。
全てが俺達の限界だった。
部隊の隊長格を集めてヅラと俺とあと五、六人で作戦会議をするのももうそろそろ終わる。
あと少しで帰れるってことで、士気は高くなっているが……。
どんだけ、生き残ることができんだろう。既に半数以上を失ってる。生き残るよりも勝利を選んだ戦略は士気を高め、期間を早め、成果を上げたが…。
限界なんだ。それでも、もう限界なんだ。戦力も、何もない。
誰もがもう、俺だって……ヅラだって。
静かに襖が動き、部屋の中に桂が入ってくると、机を囲っていた俺達の無駄な雑談が止まる。俺も、付いていた頬杖を辞めて胡座を組み直した。
俺の前の席が空いていた。空いてるってほどでもねえが、そこが一番隙間があった。この部屋では一番上座に当たる。
そこを陣取ってヅラの席として隙間を作っていたのは、俺があんまり好きじゃねえ奴。
最近、桂に付きまとっている。今までの桂ならすぐに部屋に誘っていただろうが……ヅラははそいつの存在その物を蔑ろにしていた。
この前のお気に入り君が死んでから、桂は誰の相手もしていないようだった。向けられる好意に過敏になって、話しかけられることすら嫌がる素振りを見せていた。俺にだけは態度を変えなかったが、俺は桂に何をしていいのかわからなくなっちまったから。俺は変わるつもりはないけど。
今までも軽口をきけないようなオーラを出していたが、最近はそれがやけに目立つ。少し痩せたようで、きつめの風貌が際立ち桂の美貌を引き立たせていた。
戦闘能力は下がっていないようだったから、気にしてねえが。気にしないようにしているが。
こいつのお気に入り君が死んでから………死んだ時………。
俺は何であんなこと言っちまったのか、わからない。
『お前のこと、好きだったんだけどな……』
ヅラを好きとか嫌いとかでは判断していない、今でも。こいつはこいつだ。ただそれだけだ。俺の中のヅラの位置は何があっても変わらない。他の誰が入り込んでも、ヅラの位置は変わらない、俺が変わらない限りは。
……お前が変わらない限りは。
そう言いたかったのに。
何であんなこと言っちまったんだろう。
ヅラは、理解したんだろうか、俺が言いたいことを。
部屋に入って来たヅラは迷わずに俺の横に来て、俺に二三言話しかけて、俺も軽く相槌を打って、ヅラは無理矢理俺の横に割り込んだ。そんな不自然な動作を自然にやってのけた。
その違和感がその場にいた奴らの注目を引いた。
その中でもヅラの正面にいた、最近ヅラにてを出したがってる厳つい男が、ヅラでなく俺を睨み付けていたことが気になった。俺は関係ねえって。
机の上に地図を広げて、ヅラが淡々と話し始める。
これが、この地方は最後になる。これで帰れるって、それだけが希望。帰ってもまたすぐに戦いに赴くことになるとわかってはいるが、でも帰るとこができる。
ヅラの立てる作戦は決して優しくない。それどころか、誰もが死の可能性を背負うことになる。リスクは高いが効果的な作戦ばかりだ。こういう作戦は高杉がよく立てていた。桂はどっちかって言えば保守的な物が多かったが。変わったのは最近。それが効率的なことは重々承知しているが……らしくねえ。
ヅラが作戦指示を終えると地図を畳んだ。
無言でもう終わりだと告げた桂は、それ以上言うことはないと言うように立ち上がった。
明日は昼頃からここを出る。
それまで、時間はある。
誰が決めたのか、会議の後は酒を飲む。酒はある。酒を飲む相手さえいれば。
「ヅラ、てめえもたまには混ざったら? もうこのメンツで飲むことなんか無くなるんだし」
本拠地に戻れば、この部隊は解散する。このメンツで顔を合わせることはなくなる。
いや、あるかもしれないが……生きていれば。生きてさえいれば。
次はどんだけいなくなるんだろう。
最後まで生きていられる奴はどんだけいんだろう。
このうちの誰がいなくなるんだろう。
自分が死ぬなんざ思っちゃねえ。そう思ったら恐怖で剣なんか握れなくなる。
誰もがそれを知っているから、敢えて口にする。生きて帰るのを当然とするために、わざわざ軽く言う。
「……そうだな」
久しぶりにヅラの笑顔を見たような気がした。
071001
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