陽のあたる場所 10 



 





 あれから桂との距離がうまくとれない。
 どうしていいのかわからない。
 誰かの隣にいられるのが気に入らない。誰かと話しているのが気に入らない。
 それでも俺が桂と話をしたいわけでもない。隣にいても、何を話せばいいのかわからなくなっちまった。


 今までは隣にいるだけでよかった。同じ空間にいることで落ち着いた。同じ場所にいるだけでよかった。喋る必要性も感じかなったし、喋りたくなったらそうすればいいだけだった。

 隣にいることが落ち着かない。
 それでも、どこか見えない場所にいられると、それも嫌だった。






 三日後、最後の戦がある。
 これに勝利すれば帰れる。

 全部に勝ったわけじゃねえけど、それでもこの地方の天人からの侵略を防げたことになる。

 一度、帰れる。
 きっとまたすぐに戦いに従事することになるだろうが。

 もうすぐ帰れる。
 ようやく。



 疲弊した戦力。

 消耗しきった体力も。

 全てが俺達の限界だった。


 部隊の隊長格を集めてヅラと俺とあと五、六人で作戦会議をするのももうそろそろ終わる。

 あと少しで帰れるってことで、士気は高くなっているが……。
 どんだけ、生き残ることができんだろう。既に半数以上を失ってる。生き残るよりも勝利を選んだ戦略は士気を高め、期間を早め、成果を上げたが…。

 限界なんだ。それでも、もう限界なんだ。戦力も、何もない。
 誰もがもう、俺だって……ヅラだって。



 静かに襖が動き、部屋の中に桂が入ってくると、机を囲っていた俺達の無駄な雑談が止まる。俺も、付いていた頬杖を辞めて胡座を組み直した。

 俺の前の席が空いていた。空いてるってほどでもねえが、そこが一番隙間があった。この部屋では一番上座に当たる。

 そこを陣取ってヅラの席として隙間を作っていたのは、俺があんまり好きじゃねえ奴。

 最近、桂に付きまとっている。今までの桂ならすぐに部屋に誘っていただろうが……ヅラははそいつの存在その物を蔑ろにしていた。

 この前のお気に入り君が死んでから、桂は誰の相手もしていないようだった。向けられる好意に過敏になって、話しかけられることすら嫌がる素振りを見せていた。俺にだけは態度を変えなかったが、俺は桂に何をしていいのかわからなくなっちまったから。俺は変わるつもりはないけど。




 今までも軽口をきけないようなオーラを出していたが、最近はそれがやけに目立つ。少し痩せたようで、きつめの風貌が際立ち桂の美貌を引き立たせていた。
 戦闘能力は下がっていないようだったから、気にしてねえが。気にしないようにしているが。




 こいつのお気に入り君が死んでから………死んだ時………。


 俺は何であんなこと言っちまったのか、わからない。


『お前のこと、好きだったんだけどな……』


 ヅラを好きとか嫌いとかでは判断していない、今でも。こいつはこいつだ。ただそれだけだ。俺の中のヅラの位置は何があっても変わらない。他の誰が入り込んでも、ヅラの位置は変わらない、俺が変わらない限りは。
 ……お前が変わらない限りは。

 そう言いたかったのに。
 何であんなこと言っちまったんだろう。



 ヅラは、理解したんだろうか、俺が言いたいことを。




 部屋に入って来たヅラは迷わずに俺の横に来て、俺に二三言話しかけて、俺も軽く相槌を打って、ヅラは無理矢理俺の横に割り込んだ。そんな不自然な動作を自然にやってのけた。
 その違和感がその場にいた奴らの注目を引いた。

 その中でもヅラの正面にいた、最近ヅラにてを出したがってる厳つい男が、ヅラでなく俺を睨み付けていたことが気になった。俺は関係ねえって。


 机の上に地図を広げて、ヅラが淡々と話し始める。


 これが、この地方は最後になる。これで帰れるって、それだけが希望。帰ってもまたすぐに戦いに赴くことになるとわかってはいるが、でも帰るとこができる。
 ヅラの立てる作戦は決して優しくない。それどころか、誰もが死の可能性を背負うことになる。リスクは高いが効果的な作戦ばかりだ。こういう作戦は高杉がよく立てていた。桂はどっちかって言えば保守的な物が多かったが。変わったのは最近。それが効率的なことは重々承知しているが……らしくねえ。

 ヅラが作戦指示を終えると地図を畳んだ。

 無言でもう終わりだと告げた桂は、それ以上言うことはないと言うように立ち上がった。

 明日は昼頃からここを出る。
 それまで、時間はある。
 誰が決めたのか、会議の後は酒を飲む。酒はある。酒を飲む相手さえいれば。


「ヅラ、てめえもたまには混ざったら? もうこのメンツで飲むことなんか無くなるんだし」

 本拠地に戻れば、この部隊は解散する。このメンツで顔を合わせることはなくなる。

 いや、あるかもしれないが……生きていれば。生きてさえいれば。






 次はどんだけいなくなるんだろう。

 最後まで生きていられる奴はどんだけいんだろう。

 このうちの誰がいなくなるんだろう。

 自分が死ぬなんざ思っちゃねえ。そう思ったら恐怖で剣なんか握れなくなる。
 誰もがそれを知っているから、敢えて口にする。生きて帰るのを当然とするために、わざわざ軽く言う。


「……そうだな」


 久しぶりにヅラの笑顔を見たような気がした。















071001