俺が殴った高杉は地に這いつくばることもなく、瞬時に反撃に出た。
「ってえ、なっ!」
高杉の怒声と同時に左頬に鈍痛が走り、俺は床に叩きつけられた。
「てめっ……!」
殴られたと理解するよりも先に怒りが立った。痛みよりも怒りが勝った。視界が、真っ赤に染まっていた。
高杉がヅラの白い背に……その映像が、俺の目蓋の裏側に張り付いて消えない。高杉なら、ヅラの白い背を慈しむように唇でそこに触れんだろう。その映像が脳裏に生々しく浮かんで、消えない。俺じゃない奴が、ヅラに触れる。俺以外が、ヅラに触れる。その事が許せねえ。それを許容するヅラが許せねえ。
今、高杉をぶちのめすことが、唯一の解消法だと、何故かそう感じた。もう一度、殴らなきゃ気が済まない。そうしなきゃ、忌々しい俺の妄想が消えないような気がした。
俺は起き上がり、高杉の胸ぐら掴み上げて…………。
「何をしている!」
戻って来たヅラが、叫んだ。
叫びに近い怒鳴り声を聞いて……それでも俺は冷静になんかなれなかった。ヅラがそこに居て、俺の行為を咎められるのと、俺が今これから高杉にもう一撃入れようとしているのは、まったく別の次元の話だった。
「るせえっ!」
「銀時っ! やめろ!」
握った右の拳に力を入れて、高杉の顔面に振り下ろそうとした手は、ヅラによって止められた。
「……放せ、邪魔だ」
俺を邪魔したヅラを睨み付けて、低い声で脅したが、俺の拳をヅラは握り、俺と高杉の間に割って入ってくる……高杉を庇うように、背に隠すようにして、俺に威嚇の眼差しを向ける。
「当然だ、邪魔をしている」
「……」
「いい加減にしろ、銀時。何があったんだ」
誰の、せいだと思ってんだ。
「……別に何でもねえよ」
俺が殴って切れた唇の端を手の甲で拭いながら、高杉はつまらなさそうに言った。高杉に、もう戦意は無かったのが、俺を見る視線から解った。
俺が力を抜いて、高杉の袂を離すと、ヅラは大きく溜息を吐いた。誰のせいだと思ってんだ。
忌々しい。
ヅラは、俺から視線を外さなかった。
何だよ。てめえは昔から自分は正しいって顔しやがって、後ろ暗い腹の中なんて微塵も感じさせないように振る舞いやがって。
何だ?
てめえが綺麗な顔してるほど、俺のぐちゃぐちゃになる腹の中を誰にも見せたくなくなる。一人で涼しい顔しやがって。俺が今なんでこんなに頭の中破裂させそうになってんのか、知らねえって……
何だろう?
お前は常に清々しくて?
俺は抱えた腹の中に怒りとか醜い感情溜め込んで我慢してやってんのに、てめえは気付こうともしやがらねえで?
お前は俺がこんな怒り抱えてんだって、どうせ気付きもしねえんだろう。俺の気持ちなんか気づくはずねえんだろ? 俺が、お前をどう思ってんのか、そんなの、どうでもいいんだろ?
許せねえ。
こんな気持ちになったの初めてってわけじゃなかった。ずっと燻ってた。じりじりと心臓焦がしてた。ずっと、ただ、我慢してた。今までは我慢できてただけで、今は我慢できないだけだ。
許せねえって。
それが言葉に、出来なかった。
ただ俺を見た目がムカついた。ヅラが俺を見たその視線に限界だって思った。
俺と高杉とヅラと……。
俺達は、三人だった。最初に崩したのは、誰だろう。
「銀時、何だ?」
ヅラの腕を掴んだ。力を入れて握ったら折れちまいそうな細い腕を絶対に振りほどけねえくらいの力で掴んだ。
「痛い! 放せ」
「いいから来い!」
掴んで、外へ引っ張り出した。こんな強い風の中、身を切るような寒さも気にならなかった。
「銀時っ! 痛い」
ここじゃない場所がいい。高杉が居ない場所がいい。誰にも見られない場所が良い。二人きりになれる場所じゃねえと。
コイツの正義感振りかざしたような顔がムカつく。苛々する。ヅラがそんな顔してんの生まれつきだって知ってるけど、我慢ができなくなった。
何でいつもてめえは正しいって顔しやがって、いつも醜い感情なんか抱えたことねえって顔して、間違った事も生まれてこの方したことねえって顔して……。
「銀時、どこへ行くんだ?」
「るせえ」
「銀時!」
無理矢理ヅラの腕掴んで、引っ張って歩く。殆ど引きずるようにして、ヅラの細い手首握って、歩く。きっと、俺が握った手首は赤くなるんだろう。そのくらいの力で握っていた。放すわけには行かなかったから。逃がすわけにゃいかねえから。
てめえが間違ってねえのは、誰より俺が一番よく知ってる。
お前がいつも一番正しい事を為すために厳しい奴だって、俺が一番認めてやってる。
ああ……ぐちゃぐちゃだ。脳味噌ん中ぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような気がする。
何が許せて何が許せないのかわかんねえ。
正しいことも間違った事も全部どうでも良くて、本当は……そうじゃないことぐらいわかってんだ。
無理矢理理由こじつけて、自分が悪者にならないように自己分析に見せかけた自己擁護してるだけだって事は、気付きたくもないけど、解ってんだ。
俺はただ、自分の感情に名前付けんのが……認めるわけにはいかなかった。
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20110510
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