……落ち着け。
落ち着け。呼吸を整える……今、俺の肺がどうやって酸素入れてたのかわかんないくらい、上ずった息をしてた事に気が付いた。高杉に気取られないように、静かに息を吸って、吐く。心臓は、何故か妙に忙しく鼓動をしていた。
俺は今、何考えた?
今、一瞬俺は何しようとした?
握り締めた、拳にようやく痛みを覚えた。
そんな事あるはずない。
こんなの、違う。
高杉に嫉妬とかありえねえ。
高杉とヅラがこんな事してんのいつもだろうが。いつもだ。昔からだ。こいつらは、こういう関係が普通なんだ。
別に、それを見たからって、特に何の感慨もねえ。
その、はずだ。
そのはずなのに……。
「高杉、いい加減どけ。足か痺れた」
突然ヅラが立ち上がって、その拍子に高杉の頭がごとりと落ちた。
「ってえ」
「便所に行ってくる。お前が寝ていた間だけでも動かないでやったんだ。有り難く思え」
足崩して座る事なんか滅多になくて、いつも背筋のばして正座してんのに、今は本当に痺れてるみたいで、立ち上がってから少しよろけてたのが、ザマみろって少し思った。ヅラの事だから、頭ん中に意識持って来すぎて、自分の足が痺れてる事なんて、どうせ今の今まで気付かなかったんだろう。
高杉なんかに膝提供してるからだ。ザマぁみろって。
ヅラが出ていったの確認してから、苛立ちを隠すように高杉の顔目掛けて、座布団を投げつけた。
見事に直撃したが、高杉は無反応で座布団に埋まったまま。
「高杉、枕なら座布団でも使えよ」
何でヅラの足かてめえの枕になってんだよ。しかもいつも! 別に俺は何にも思ってませんが、風紀的にあまり良くないんじゃないの? 高杉もヅラも目立つし。
「なあ、銀時……」
「あ?」
座布団を俺に投げ返された。ぶつかることなく、その辺に落ちた。
「…………」
声は聞こえなかった。外の風の音の方がうるさい。
もともと、声を発しなかったのかもしれない。
高杉が、唇の動きだけで、言葉を告げた。
「………………」
高杉が笑った。
声には出さなかったが、唇だけで呟いた言葉は、聞こえた。
錯覚、とは思わなかった。
『俺のにする』
「……へえ」
間違い、ないはずだ、それで。
声は出してなかったが、ちゃんと聞こえた。
…………俺の耳に、ちゃんと届いた。
「……勝手にやってろ」
絞り出した声は、震えていなかったか?
高杉は、少し驚いたように目を開いた。その反応に、高杉が何を言いたかったのか解ったが、解りたくもない。俺は、ヅラを自分のものにしたいとかてめえみたいに考えてるわけじゃねえよ。
「いいのかよ?」
声を上げて笑う高杉に俺は他に、なんて言えると思ってんだ? 俺に、他にどんな答えが用意されてんだ?
俺達は、ずっと俺達だった。俺は他の何にもなるつもりもない。俺達の均衡を崩したくねえ。いつか崩れるなら、それは俺の努力でなんとかなるなら、少しでも後で落盤してくれと願う。一秒でも、長く存続させていたい、生ぬるい温度から、俺は出たくない。
アイツはモノじゃねえ。
誰かの所有に収まるような奴じゃねえ。
てめえが俺にわざわざ主張して来るほど切羽詰まってたのは素直に驚いてやるよ。
ずっと、高杉は、ヅラの横を陣取っていた。三人でつるんでいる時も、ヅラが俺にばっか目を向けてるのにも気付いていながら、それでも高杉は少しでもヅラの近い位置を維持しようと努力してた。
そんな事知ってる。ずっと前からさ。俺はヅラだって腐れ縁だし、高杉だって出来の悪い弟みたいには大事な腐れ縁だと思ってる。だから、ここにいる。
だがな、ヅラは、モノじゃねえ。
誰の、とか、そんな範疇に収まるような奴じゃねえ。
「……勝手にやってろ」
高杉だけが勝手に盛り上がって居ればいい話で、俺を巻き込むんじゃねえ。ヅラもヅラで、俺を巻き込むなって。てめえらがどうなろうと、俺達の関係が崩れるはずはない。崩してやるつもりもない。
勝手にやってろよ。
高杉が念願叶ってヅラの心を射止めようと、ヅラがどこの誰とも知らない馬の骨に口説き落とされようと、俺は関係ない。
それでも俺達は俺達のままで居ると、そう思ってる。そう思っていたい。
「なあ、知ってるか、銀時」
こんな会話したい訳じゃねえ。別に会話をしたいわけじゃねえ。
高杉もヅラもガキの頃から近くに居た。
妙な均衡でも、ずっとそこに在った。近くにあるのが、高杉もヅラも当然で、俺達っつえば、三人でくくられた。
二人と居ても、どちらと居ても、俺は俺で、ヅラはヅラで、高杉は高杉で、各個独立しながらも近くにいた。それが当たり前だった。
なんで、こんなに喉が乾く?
「あ?」
イライラする。
「アイツの肩甲骨の下に二つホクロあんだけど」
「……」
見たこと在る。
さすがにこの戦乱だ、無傷で帰って来れるのが減った。
手当されるし、手当した事もある。何度もある。
背中は俺が守ってやってるはずなのに、背中にでかい傷作って、まるで俺が情けないからヅラが傷ついたような気がして、誰にも触らせずに俺が手当てした。その傷は俺の恥だ。誰にも見せたくなかった。
そん時、確認した。
白い肌に、二つ……。
黒子があった。だから知ってる。
白い肌に浮かんだ生々しい傷口から目をそらして見つけた。
高杉の笑みに、何故か喉が焦げ付くように乾く。
「あそこも、俺のにするから」
なんで、
てめえが知ってんだ?
「……っ!」
一瞬、目の前が赤くなった。
気がつくと、高杉を殴ってた。
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20110520
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