火偏 04











 高杉がヅラのいかにも寝心地の悪そうな膝枕で寝っ転がってて、ヅラの髪の毛引っ張って遊んでる。何が面白いのか器用に三つ編みしてみたり、結んでみたりしながら、そんな風に甘えてる。

 ヅラはヅラで時々思い出したように煩げに払い除けながら、それでも大した拒絶はしてない。もともと光沢のある綺麗な髪を自慢げに伸ばしているからといって、髪に意識を向けているほど髪が長い事を自覚しているような奴でもない。

 昔から、そうだった。

 ガキの頃、馬の尻尾のように高い位置で揺れていたヅラの髪を俺が引っ張ると、ヅラは俺に口で反撃をして、俺がしつこくするとよく殴られたが、高杉が同じ事をしてもヅラは邪魔そうに顔をしかめるものの、大して気にしていないようだった。
 そんな関係は昔から。
 きっと、俺がこいつらと会って俺達って括りになる前からきっとそんな関係だったんだろう。






 ……何なの、コイツら?

 いや、どうせいつもの事だけど。それは昔から見てた光景なんだけど。俺も、それに慣れているはずなんだ。





 高杉はガキの頃から無愛想で可愛げがないくせに、ヅラに甘える事だけは上手くて、未だにこうやってヅラの膝枕独占してる。気兼ねなくヅラに触れるのは高杉ぐらいなもんだろう。逆も言えることだが。
 ヅラは、煩そうにする割りには、高杉を拒否しようともしない。拒否するなら、まず膝に頭を乗せるところからだろうが……、





 で、お前は、俺の事好きなんだってな?





 高杉が、ヅラの後ばっか追いかけてんのには気付いてた。

 ガキの頃から高杉がヅラの事ばっか見てた視線の重さの意味は理解してた。独占欲って誰もがわかる視線で周囲に警戒を向けていた事も、きっと皆知ってる。







 俺の事好きだって公言しながら、てめえはそれなんだ?

 俺の前で、そうやって……








 ヅラは、相変わらず、このまま火事になろうと気がつかねえだろうってくらい目の前に広げた地図を食い入るように見ていた。さっき俺が戻ってきた事は、知っているだろうが、事実を時系列として識別しているだけで、俺が帰ってきたって事実は心にはきっと届いてない。
 普段俺が数日程度でも部隊を離れて、戻ってきたら、鬱陶しいぐらい状況を聞かれ、報告を求められ、それ以外の雑談を要求されるんだが、今はヅラは高杉を膝に乗せたまま、人形みたいに息してんのかも疑いたくなるくらい、自分の中に入り込んでいる。精巧に作られた人形みたいに綺麗な顔をしたこいつの頭ん中で、どんなえげつない作戦が展開されてるのかは、期待しつつもあまり知りたくない。

 ヅラは、ただじっと地図を見ていた。




 俺を、見てない。




 高杉が、ヅラの流れる髪に触れる。


 俺も……昔はよくヅラの髪を引っ張ったりして触った。柔らかく光沢を持つその手触りが、俺は無条件に好きだった。昔は高い位置で結わいた髪が動く度に揺れるのが好きで、怒鳴られながらも、その髪に猫のようにじゃれ付いた。

 昔の事だ。



 高杉は、その髪に指先を絡めて遊んでいる。

 俺はもうずっと触れていない。

 高杉が、ヅラの髪の一房を摘んで、唇を近づけた。
 ただ、それすらヅラの意識には届かなかったようで、払い除ける事すらしなかった。







 俺の報告は終わった。

 俺はここに居る必要がない。俺は俺の部隊に用意された場所がある。俺は俺で優遇されている待遇だが、こいつらと幼馴染みだからって四六時中一緒にいる必要なんかない。出ていっても問題ない。

 俺は、ここに居なくていい。






 早く、出て行きてえ……ここに居たくない。こんなの、何で見てなきゃなんねえの? 勝手にやってろよ。人目を気にして少しは自重しろよ。俺は俺の場所に戻る。





 ただ、まだ外寒いから。





 今、炭を足したばかりだから……温まるまで、もう少し。






 ふと、高杉と目があった。


 ヅラの膝に頭を乗せていた高杉がなんか……笑った。

 俺を、見て笑った。




 …………笑った。








「……!」




 座っていた腰が、浮きかけた。


 握った汗ばんだ手に力が入って、爪が手のひらに食い込んだのを、自覚しなかった。痛みは覚えなかった。そんな余裕なかった。















20110414