金銀 09











「先生?」
「………」

「先生、大丈夫ですか?」

「…………」


 で、なにこのヅラ?


 学ラン着たヅラが、俺のこと心配そうにのぞき込んでる……けど、なに? また夢?

 俺、今良いところだったような気がすると思うんだけど。なにが起こったのかよく解んないけど、今から狼になっても良いって状態だったようなはずだった気がすると思うんだけど。



「先生、頭打ったんですか? 大丈夫ですか? 俺が解りますか?」

「………ヅラ?」

 ヅラ……だよな?
 ヅラだと思う。ヅラでしかない。

 のは解るけど……何か、めちゃくちゃ違和感。

 さっきまで、女装してたはずだったのに、早着替え自慢?


「先生?」

 しかも先生って、なに?


「……なにやってんの、ヅラ?」

「何って……先生が放課後、準備室に来いって言ったんじゃないですか?」

「………」


 準備室って何? そしてどこここ?
 やたらと四角い部屋と、机と、ほこりっぽい本がスチールラックに並んでて……。

 ここどこ?


「あんまり良く把握できてないんだけど……」

「先生? やっぱり頭打ったんですか?」

「………そうかもしれない」


 何が、起こってヅラが俺に敬語使ってんのか理解できない。頭痛いのは、さっき空間から生えてきたオッサンの腕に頭を鷲掴みにされたせいじゃなくて、どっかでコケて頭打ったって方が、よっぽど納得のいく事態だ。

「先生は、何でそんな服着てるんですか?」

 何でもクソも、俺はいつもこの服だろうが……てめえだろてめえ。その学ラン何? ぶっちゃけ、あんま似合わない。


「先生?」


 首を傾げちゃうとかやたらと、可愛げを振りまいてるヅラがここにいるのは……やっぱり夢でも見てんのか?

 ヅラに可愛いだなんて使いたくもねえが、可愛いって言うしか他に表現できないような、首を少し傾けて俺を甘えた上目づかいで見たりすると、ちょっとくらっとする……。


 わざと……だよな? じゃなけりゃヅラがこんな態度とったりするはずがない。見た目は女みたいな顔してるけど、女らしさや可愛げの片鱗すらないヅラだ。わざとでなけりゃこんな態度とれるはずがない。なんか企んでんのか? しかも……ちょっと……若い、ような気がするのは、気のせいだろうか?


 とりあえず、起きあがって周囲の様子を見てみる。何だ、ここ? 見たことねえよな? 知らない場所だと思うんだけど……。



「先生、頭打ったんだったら、寝てて下さい。俺の膝で良かったら枕にしますか?」

「………」


 後が怖いです。

 とは思ったけど……後が怖いし何考えてんのかさっぱり解んなかったけど、良いって言うならしてみる。


 さっきも、お借りしましたけど、骨張ってて堅かったから、寝心地は良いとは思えないけど……うわぁ、なんかすげえ照れ臭いってか、恥ずかしいってか、くすぐったいような……とりあえず、今の状態を噛みしめる。



「てか『先生』って、何?」

 そういうプレイですか? たまには趣向変えてみて楽しもうって魂胆か?


「先生は先生です。卒業するまでは……俺が卒業したら、ちゃんと呼びますから……それまで待ってて下さいね」


 とか、顔を赤くされたって………何、この可愛いヅラ。どこの誰の何のヅラ?
 ヅラが俺に敬語使う時って、やたらと突き放した時とか、言い訳してる時とか……それ以外思い出せないけど、なに敬語なんて使ってんの? 普段だったらむかつくはずなのに、すげえ可愛いとか思うの何ででしょうか?


 ヅラが俺の顔を覗き込むように下を向いた。床、堅くて冷たいから、こんなところに座らせちゃってごめんねー。ってか、俺も何でこんなところに寝てるんだ?

 さらりと流れてきた黒い髪に指を絡めてみる。相変わらずこんだけ長くても、まっすぐでさらさらしてて、枝毛とか一つも見つからない……って、俺に対する嫌味か、とか思ったりする。



 真っ黒な髪が流れて、白い首筋がのぞく。





 白い首に、赤、い……。


 ………いや、それ、何?


 キスマークだよな? 虫刺されとかのオチじゃねえよな? キスマークだろ?


 前に、つけたの、一ヶ月くらい前だったと思うから、絶対にもう無いと思うんだけど……肌白いくせに、新陳代謝が活発すぎるヅラは、しっかり痕付けても、三日ぐらいしたら綺麗に元通りになるとかで……。

 何、これ?


 地味にショックなんですが……いや、地味にって言うか、かなり真剣に今目の前真っ暗になってるんですが?

 いや、ヅラが誰とどうなろうと俺の知ったことじゃねえけど、たまには身体の関係もあったりする仲としてじゃなくて、旧知の間柄としては、やっぱり俺の知らない誰かがとか思うと、激しくショックなんですが……いや、ショックって言うか……。


 いや、大丈夫だ、俺。

 別に、その誰だか知らねえけど、ヅラの首にキスマーク付けた相手を殺そうとか思っちゃねえよ? 大丈夫だ。そこん所はちゃんと大人らしい毅然とした態度保てる……はず。



「えと……これ、どしたの?」


 ヅラの首筋についた赤い痕を指摘すると、ヅラは真っ赤に染まった。


「どうしたのって……あんな事したの、先生じゃないですか」


 ……俺か?

 いや、俺は何もしてねえよ?
 一番最近触ったのって、ヅラに銭湯の湯船の中に投げ込まれたときだよな? その前って、一ヶ月前とかだよな?


 しかも、あんな事って何? どんな事しちゃったの? なんで顔赤くしたりしてんの?



「えと……」


 ちょっと、ワケわかんねえですが、さっきから一体何の夢見てるんだ俺? やけにリアリティがある夢で触った感じもあるし、だからつねったら痛そうだし……でもこの意味不明さは夢だとしか思えない。


「先生? 今日はしないんですか?」



 って……何をだ!

 何するんだ?
 して良いならするよ? オッケー出たならいくらでもするよ?

 いくらでも気持ちいいことも何でもしてやるって。
 って思う反面、なんだかやたらと可愛らしいコイツに何かするのって、イタズラとかイケナイ事してるような気分になりそうだ。
 っていうか、悪い事してるような……背徳感が……気のせいか? ヅラ相手に何考えてんの俺?


 俺がワケ解らないままともかくどうして良いやらで、ヅラを見ると、ヅラは俺の視線に気づいてニコリと音がしそうに笑った。


 ………って、何だよお前、可愛いふりしてんじゃねえ! 騙されねえよ? 誰が騙されたって、俺だけは騙されねえからな! 何企んでやがるんだ!

 って思ってんだから、顔の筋肉を引き締めなけりゃなんねのに……今鼻の下延びてる自覚ある。






「先生がしないなら、俺からキスしても良いですか?」



「…………」



 ……良いに決まってんでしょうが!

 いや、キスしたのって、この前いつだったか?

 何となくムラムラしたから、そんなことやってみても、とりあえずすっきりしたら終わりだから、わざわざキスしたりだなんて……いつぶりだろうか……。



 いいです! 当然オッケーです! いくらでも、好きなだけ、思う存分さあどうぞ!

 とは思うが。




「ヅラ。どうしたんだ?」


 オッケーだけど、やっぱり少し頭でも打ったんじゃないのかって心配になる。心配になるけど……もし頭打ってて、病院つれてかなけりゃなんないんだったら、美味しく頂いてからでも良いと思うけど。

 こんなチャンス、二度と来ないような気がするから、やることやってからでいいと思うけど。




「どうしたのって……たまには俺からでも、いいじゃないですか?」

「……まあ」


 別に、いいけど。
 嬉しいけど。

 いつも、どっちからって言うか、そっちがその気になったら襲われることもあるけど……。



「先生。恥ずかしいから、目を閉じて下さいね」


「あ……おう」




 目を閉じて……閉じるふりをして。

 目を閉じたヅラの整った顔がゆっくりと、近づいてくる。




 やべえ、これ、マジで嬉しい。


 ゆっくりと、近づいてきて……あと少しで唇が触れ合いそうになった、時に、




 横に何か不穏な気配を感じた。




 何か……やたらと太い、おっさんの腕が……俺を掴んで……















20111107