金銀 08












 ヅラは、さっきのように俺の頭をそっと撫でてる。
 もしヅラが頭撫でてくれたとしても、俺の自慢のキューティクルをだらしない顔で楽しんでるはずであって、こんな優しく撫でてくれたりなんてしないと思う、だってヅラだし。

 本当……何なんだ?


「心配した」

 マジでか?

「……すんません」
「でも、よかった」 


 良かった? 心配したうえで、安心してくれたってわけ?
 いや、ヅラが心配するはずがない。もし、万が一心の奥底の深い部分で少しだけしてたとしても、まかり間違ってもそんなことを俺に言うはずがない。だってヅラだし。


「あまり、心配をかけるな」
「……ごめんなさい」

 ヅラの目は……馬鹿にした感じじゃなくて、ちゃんと俺をまっすぐに見てて、嘘とか馬鹿にした感じとかそういうの無かったから、俺のこと心配しててくれたって、本気でそう信じそうになる……信じていいのか? 俺、心配されてた?
 少し、目が潤んでる……とか、やっぱり何の演技? って思うけど……。


 どうやら、心配してくれた、らしい。




 が!!!
 銭湯の湯船に投げ込んだの、てめえだろうが!




「金時……」

 いや、俺、銀時なんですけど。

「………ヅラ」

 えっと……これって、いいの? 珍しくチャンス到来しちゃってるって思っていいの?
 ヅラとなんで、そんな空気になることも滅多になく、そんなチャンスはだいたいヅラの気が向いた時。
 しかも甘い空気もなく突然、時間もあるしムラムラしたからさてやるか的に、服を脱いでいきなり始まり、だいたい一時間程度、ヅラの気が済んだら終わるような身体の関係だったから……この前は、どのくらい前だっけ。
 こっちも健康なんで、ヅラが怒んないんだったらほとんど毎日やりたいんだけどね……気が乗ってない時は触ると怒られるし。
 ヅラの機嫌損ねて面倒なことになっても面倒だし、やっぱり拒否されりゃそれなりに傷つくし、俺も一応男の子なんで。それに、ヅラがそんなんだからってせいもあるけど、こっちからもあんまりそんな感じの空気作るの得意じゃねえし。

 だから……ようやく、滅多にない、久しぶりの、チャンス到来?




 せっかくの空気壊さないように、なるべく静かに、手をのばして、ヅラの頬に触れた。
 こうやって、触っても払いのけられたりしないって事は、今、いいって事?

 このまま引き寄せちゃって、キスとかしても、大丈夫ってこと?






「金時……俺は、お前の気持ちを受け入れようと思う」
「……ん?」


 何のこと? 銀時ですが、俺、なんか言ったっけ?


「こうやって、心配をかけさせて……お前が、もし居なくなってしまったらと思うと……だったら」

「………えと」

 それってさ、こっちの台詞じゃねえの?
 真選組に日課のように追いかけられてて、江戸の風物詩とかになってんじゃねえよ。捕まったらとか怪我したらとか、毎日こっちの心臓潰れそうになってこっちの心配して欲しいって思う毎日どうにかして欲しいんだけど。毎回寿命縮んでんだけど知ってんのアンタ?

 いや、その前に、これってどんな流れ?
 俺は確かに幼馴染のヅラが好きだとか思ったりもするけど、好きだとか惚れたとかの感情以前に、基本的にヅラはヅラだし、その辺は今更そのままでいいと思ってるから、俺から特にヅラに何かを言った事はないんだけど……俺、お前のこと好きだって言ったっけ? 酔った時にでもそうなった? 今の流れってなんかそんな感じなんだけど気のせいか?


「金時……」

 何かやけに甘ったるい雰囲気なんだけど、普通に男としてエアリーディングが出来れば、このままチュウしてくれって流れだろ? 
 いいのか? せっかくなんで、御馳走になりますが、御無沙汰なんだしキスなんかしたら止まらねえよ? 止めるつもりもねえよ?
 ぶちゅーってしたら最後まで止まんねえよ? せっかくなんでヅラの足腰立たなくなるまで御馳走になるつもりですが。










「俺は、お前の気持ちを受け入れる覚悟はできた。俺も……お前が、好きだ」







 どかーん。


 って、した、今。
 頭が、どかーんって、一瞬で沸騰したんだけど……沸騰した蒸気で爆発してねえよな?


 今……なんつったこいつ?


 好きだって? 俺を好きだって?




 何ソレ、ていうか、誰これ? ちゃんとヅラなの? ヅラですか? いや、どう見たってヅラには間違いないんだけど……。
 生まれてこの方、ヅラからその言葉を一度も聞いたことはありませんが……勿論、俺も言ったこともないけど……。

 ナニコレ、心臓破けそう。好きだって……今、ヅラが言ったよな? 俺のこと好きだって、そう言ったよな? 夢じゃねえよな?

 言って欲しいとか思ったこともなかったけど、言わなくてもまあヅラはヅラだし俺は俺なんだから、その辺はどうでもいいって思ってたけど……やべえ……


 涙、出そ。

 嬉しいっていうか……そっか。俺は嬉しいのか。




「ヅラ……もっかい言って」

 もう一度くらい聞いてもいいよな? ヅラの頬に手を当てると、ヅラは俺の手に頬を擦り付けるようにして微笑んだ。相変わらず白い肌は、少し赤くなってた。やっぱ、ヅラでも照れることなんてあるのか? 今の台詞、言って照れちゃったりした?

 なあ……もう一度、聞かせて。




「もう駄目だ」
「なあ……お願い」
「駄目だ」
「お願いします。もう一度!」

 それでもゴリ押ししてみる。ヅラの本心なんて訊かなくても、別にいいって思ってた。言葉なんて概念のある感情じゃなくても、ヅラはヅラなんだし俺は俺だからそれでいいって思ってた。それにもし俺のことを大事に想っててくれたって、ヅラには譲れない自分の道あるし、それ邪魔してまで俺が横に居るべきじゃない。ヅラにとっては、感情じゃなくて使命感の方がよっぽど強いのなんて、昔っから知ってるからさ。ンなこと俺が一番よく解ってるから、今更聞きたくもねえから。


 けど……。

 ヅラが、俺のこと好きだって言った。

 もう一度、聞きたい。どうしても。絶対、もう墓に入るまで二度とない気がする。




 真っ直ぐ、ヅラの目を見ると、ヅラは少しだけ目を伏せて……少しだけ微笑んだ。

 昔から綺麗な奴だった。そんなのお天道様が東から登るってくらい常識として知ってるけど、なんで、こんなに綺麗なんだろうな、お前。


 ヅラが、俺に微笑んだ。
 少し口を開いて息を吸った。






「……好きだぞ、金時」







 惜しいっ!!!!!


 どうしたっ! もしかして黒モジャのウィルスか!? あいつのウイルスは俺の名前を間違えるって、そういうウイルスにでも感染してるのか?



「金時? 言ったぞ」

「……有り難う御座います」


 いや、まあ。でも、言ったし。嘘じゃないって、ちゃんとヅラが俺の目を見て言ったから、なんか変な感じはするけど……まあ……


 せっかくだし。



 ゆっくりと……ヅラの唇に……










 って、ところで、ヅラの右肩あたりの空間から、やけに太いおっさんのような厳つい腕が伸びてきて……












20111028