金銀 06











「パラレルワールド……」

 ヅラが今言ったセリフをちょっと口の中で言い直してみる……パラレルワールド、ですか。まあ長い人生にそんなこともあるかもしれないけど……やけに妙な夢だけど、戦争してたり宇宙人と一緒に暮らしてるようなぶっとんだ世界に迷い込んだわけじゃなかった事くらいは喜んでいいのかな?

「パラレルワールドとしか考えられん」
「………」

 ともかく、早く目を覚ましたい。
 が、ちょっと今どうやって現実に帰ればいいのか、その方法が思いつかねえ。さっきこのヅラが言った通り、風呂に沈められるのはちょっと最終手段で、できればご遠慮したい。まだ死にたくない。

 から、しばらくこの状況を観察してみるしかない。

 パラレルワールドで、ヅラが着物てことは時代は江戸とかか? 普通に蛍光灯とかあるとか、どんな時代考証だよ。それともヅラが妙な仕事してる特殊部隊の人?

 どちらにしても、俺の知ってるヅラじゃなくても、俺じゃないけど俺を知ってるヅラが居る。


 つまり、この世界に、俺とヅラが居る。




 とすりゃ、気になるのは、やっぱりヅラの事で。

 もし、世界背景違っても、ヅラがヅラならやっぱり俺のもんでいいのか? やっぱり世界違っても俺とヅラって仲良しだったりする? 今ちょっと服脱がせようとして殴られたけど……でもやっぱ、そこんとこ激しく気になります。

 久しぶりにヅラに塾もないし、のんびりできるとか思ってたのにこの仕打ちで、目の前にヅラだけどヅラじゃない可愛くないけど美人なヅラが居て、幼馴染みだって話。


 パラレルワールドとかなら、世界違うけど人間は同じなんだろ? 俺の理解してるパラレルワールドが俺の常識だったらってだけど。
 でも育った環境違っても、きっと本質はヅラのわけだから……。


 生徒でも先生でも年下でも年上でもタメでも上司でも敵でもホストでもどんな世界でも、ヅラが居んなら、ヅラに会ったら俺はこいつに惚れるような気がする。


 だからさ、こいつは俺の事どう思ってんのか、ちょっと気になるわけよ。

「なあ、ヅラ」
「ん?」

「俺ってどういう奴?」



 ちょっと遠回しに訊いてみる。いや、核心に突然触れてもいいけど、この前やったのいつですか? とか訊いて、そんな関係じゃないと言われると、この世界の俺何やってんのって思わずにいられないと思う。
 だからと言って、毎日毎晩時間が許す限りですっていわれたら、逆に出し抜かれたような気がして凹むような気もするけど。


 でも、できれば、どんな世界の俺もヅラもラブラブしてりゃいいなって思うわけで……。


「どう、とは?」
「いやさ、俺パラレルワールドに迷い込んじゃったみたいじゃない。この世界の俺ってどんな奴かなーって、気になるわけよ」
「そんなものか?」

 いや、まあ本音だけどね?
 ちゃんとこの世界の俺もヅラのこと捕まえてんのか気になるからさ。

「銀時は銀時だろう?」
「いや、そうだけどそうじゃなくてね。ヅラはどんな風に思ってんの?」

 好きだとか、愛してるだとか、ないの?

 さっきの反応からすると、もしかしたらもしかするかもしんなさそうな関係かもしれないけど。もしかしたら、本当にただの幼馴染みで、恋人とか夢のまた夢見たいな関係だったらどうしよう。


 でも、どの世界に行っても、俺はヅラのこと好きになってると思うんだけど。


「ぐうたらでだらしなくて、通常稼働が休日のお父さんで、死んだ目をしていて、基本的にやる気がない」
「……」

 何それ?
 いや、ズタボロじゃねえ?
 他になんかねえの? あるだろうが。実はかっこよくて惚れてるとか。幼なじみなんて関係だから言えなかったけど実は好きだとか。やっぱり幼馴染みとかよりも恋人になりたいとか!

「でも、まあ……信頼はしている」



 信頼、ねえ。


 よく、解んないけど。

 俺はヅラが好きだから、逆に信頼なんてできなくて、いつも俺の視界の中に居ねえと落ち着かなくて、誰かと仲良くしてようもんならこっちの機嫌急降下するし、信頼なんて出来ないけど。





 このヅラが言った『信頼』は、愛してるって百回言われるぐらい嬉しかったのが、やけに不思議な気がした。

 すごく、すとんと胸の中に落ちてきた言葉だった。
 その言葉……すごく、なんか嬉しい。



 信頼……ですか。



「俺はさ、俺の世界でヅラが好きなんだけど。んで、ヅラも俺のことが好きで相思相愛」

「……そうか」


 あ、すげえ微妙な顔しやがった。今一瞬だけど、眉間にしわ寄せやがったの見逃してねえぞ。

 ……って事はつまり、この世界の俺はヅラに手を出してないって事か? もし、俺が俺なら、ヅラを放っておくなんてできねえと思うんだけどな。何やってんのこの世界の俺?
 いつか誰かに取られたらとか思って焦ったりしてないわけ?

 どの世界でも俺以外の奴がヅラの相手だったりするの許せねえよ?



「俺が俺なら、お前のこと好きだと思うんだけど」
「それは、初耳だな」


 何やってんの! 俺はっ!!

 いや、本当にこいつのこと狙ってんの結構多いからね! うちのクラスのガキども、けっこうこいつに惚れてんの多いからね! 特に油断ならないのが、ヅラの幼馴染みの高杉! 昔から知ってるからって何が偉いの? 愛に時間は関係ねえんだよ! とか、声を大にして言いたい。




「だが、きっとお前の居る世界であれば、そんな関係も居心地は悪くなさそうだ」



 ヅラは、少しだけ笑った。
 やたらと綺麗な笑顔だった。
 美人なのは誰の目から見ても明らかだけど、それでもやたらに綺麗にヅラは笑った。

 もしかしてさ、

「ヅラは、俺のこと好き?」

「………」

 ヅラは、何も答えなかった。何も答えなくて、俺から視線をはずして俯いた。白くて血液通ってんのか不安になるような白い肌なのに……顔が、少し赤い。




 もしかして、つまり、その頬の赤味は肯定って意味?


 ヅラが俺に惚れてるって……そう、思っていいよな、この態度。




「俺が俺である限り、幼馴染みだって何だって、俺はヅラが好きだって、けっこう核心だけどな」

 どんな世界に行っても、何度生まれ変わっても、お前が桂小太郎なら俺はお前が好きだって、これ真理。


「………っ」

 ヅラは、顔を真っ赤に染めた。
 ……何、これ?

 いや、さっきまで涼しげな感じに表情ほとんど変えてなかったのに……

 真っ赤。
 真っ赤になって俯いた。

 顔が、見えない。長い髪に隠れて、綺麗な顔が見えないけど、耳が赤くなってるから顔も赤いことぐらいは解る。




「ヅラ……」

 どんな表情してんのか、ヅラの顔が見たくて、そっと髪を持ち上げる……。

 ヅラは顔を真っ赤にさせて、目を潤ませて……ほとんど、泣きそうな顔で……。



 あ、まずい、これ、くる。



 耳の後ろあたりに手をかけて、ゆっくり引き寄せる。

 間違いないって。
 どこの世界に行っても、俺はお前のこと好きだってそれは間違いない。

 それで、この世界でも、ヅラも俺が好きだって間違いない。

 だから……いいよな?

 キスぐらい、いいよな?






「恥ずかしいことを言うなぁっ!!!」




 ガン、と。頭が鳴った。
 古典的な表現だが、一面に星が飛び散った。






 頭突き、食らったようで……世界が暗転した。









20111018