金銀 01











「あー……ったま、いてぇ……」


 何だっけ。ガンガンする気がする。
 二日酔いみたいな痛みだけど、俺酒飲んだんだっけ? てか、そもそもここ何処よ? 見慣れない天井。うちよか少し高いし広い、蛍光灯もそろそろ取り替え時だったはずなのに、明るい。

 って、ことはうちじゃねえ……ってすると、つまり。


「銀時?」

 俺の視界の中、安い蛍光灯との間にヅラの顔が割り込んできた。

「おー……」

 なんかヅラが居た。なら大丈夫か。何が大丈夫かって訊かれてもわかんねえし、実際頭痛くて現時点でろくに大丈夫なわけじゃねえけど、まあ、大丈夫だろう。とか、勝手に信頼押し付けといたけど、まあヅラが居るってつまりそう言う事だから、俺は頭痛いことに専念できる。痛いのも嫌だけど。

 そっか。
 見覚えあるような気がしたけど、やっぱヅラんちか。
 コロコロ住居変えるけど、今の家は気にってるのか最近あんまり危ないことしてないせいか、俺もこれで五回目くらいか?

 まあ、とりあえずヅラがいるんだから大丈夫だとは思ったけど……大丈夫なんだろうけど、俺は全力でそのつもりだけど。



「銀時?」
「あ?」

 ヅラが俺の顔を覗き込んで、らしくもなく目が潤んでる……とか、何?

 って……ちょっと、何?
 一体何?


「良かった……本当に良かった」

 良かったって、言われて寝てる俺の胸に頭を預けてきたヅラに、戸惑いしか覚えらんなくてごめんなさい。ってか、何があったんだ?


「元に戻ったんだな」

 喜びをたくさん突っ込んだ声でそんなこと言って、うっかりヅラの手がぎゅって俺の服握りしめたりしちゃっても、大丈夫だからって慰めるような場合じゃねえけど……。
 何が? 一体何があったの、俺は?

 今頭痛いだけだけど、そのくらいだけど、ろくにいつも物事に動じないヅラがこんなんなってるって、まさかもしかして俺の身に命レベルの危機が訪れたって、事だったわけ? 逆に怖いんだけど、俺の身に何があった?

「悪い。ちょっと混乱してんだけど……」

 とりあえず、俺の胸の上の頭を軽く叩いてみると、ようやく俺の上から頭が退いて、ヅラの顔が俺に向けられた。やっぱ……少し、涙が浮かんでる……とか……いや、ちょっと待て。俺に何があった?

「ほら、銭湯に行って喧嘩しただろ? あれからずっとおかしかったのに……まさか覚えて居ないのか?」


 ああ。


 そうだ。
 自宅の風呂壊れたから銭湯に行くだなんて無茶な事を言いやがったんだ、こいつ。
 俺んちの風呂貸してやるって言ったのに、銭湯にこだわりやがって……馬鹿か?


 昔、でかい風呂のある所で仲間と入った風呂場の勃起率90%を誇るこいつの全裸を野放しにできるほどに良識と正義感がないわけじゃねえ。
 普段は服の下に色んな装備仕込んでるが、本体は華奢に出来てるし、色白で妙な色気があるヅラは、まあ、前から見たら同じもの付いてるけど、性別の見えにくい背中とか、湯船につかった顔だけとか、そんなんだけ見ると間違えて男湯に入ってきた馬鹿な女だと思われるのは、間違いない。

 それを野放しにしたらどうなるかわかってんだろうか、こいつ……。


 死人が出たらどうする気だ?

 うっかり襲われそうになって、返り討ちにした覚えがないとは言わせない。しかも一度や二度じゃない。いや、そんだけ男のハートと股間を鷲掴みにしそうになる罪作りな外見に生まれたヅラも可哀そうなんだろうが、そんなことにいちいち同情してやる気もないけど、そろそろ自覚して大人しくして下さい。


 って、言いたくもねえから、見張りを兼ねて一緒に銭湯に行った。

 いや、別に俺がヅラの裸見たいとか、そういった下心的なものは一切持ってるつもりはないけど、せっかくだったらまあ拝めるもんなら拝もうとか思っちゃったりしてたのは、まあ置いといて、基本的に男には容赦ないヅラが、襲われそうになって誰かを殺しましたとか、そんな寝覚めの悪い事態とか、聞きたくもないんで。



 んで、一緒に銭湯。とか、初めてじゃねえ? 風呂に一緒に入ったことはあるけど、銭湯とか俺も久しぶりだったし……ヅラは結構好きで色々行ってるようだけど……とか、何で俺に一言も相談なくそういうことすんでしょうかこの人。


 とりあえず、番台のオッチャンはヅラの顔馴染みだった。何回来てんだこいつ? んで、オッチャンが言うには、貸切状態だって。
 つまり、ラッキーな事に誰もいなかった。

 二人で、銭湯とか……いや、いい雰囲気になっちゃうんじゃないのか? とか、ヅラに限ってそんな淡い期待持ってないけど、今更、そんなこと考えてませんが、二人きりで裸ってシチュエーションはやっぱりそれなりにこっちもこっちで嬉しいような恥ずかしいような……気がしつつも。

 ヅラは、脱衣所で、盛大に脱ぎ始める。

 喋んなけりゃ、そこらへんの女より綺麗だって自覚あんのか無いのか知らねえが、大盤振る舞いの男らしさは本当どうにかして欲しい。
 今から風呂だから、俺も服を脱ごうとは思うけど、そんなに立派に豪快に全裸になれないのは、俺が男らしくないって意味じゃない。ヅラが恥じらいがなさすぎるだけだ。


「親しき仲にも前隠すとかの恥じらいって多少は必要だと思うんだけど……」


 今更ヅラの裸見て、やっぱり男だったかと悲しむような真似はしませんが……そんなに男らしく脱がなくても良くねえ?

「今更貴様に何を隠す必要がある?」
「いや、いいですけどね」

 そりゃ風呂に来てナニを隠せだなんて言うつもりもねえけど……。誰もいないから別にいいけど。

「そもそも何故、銭湯に行くのにお前の許可が必要なんだ?」


 男はみんなオオカミなんです。


 って、事態を、どうやってこいつに説明すりゃいいんだ? そもそもこいつも男だから、オオカミの意味くらい解ってくれてるだろうけど、昔から自信過剰な奴で、お前の外見がやたらに色気あるからとか、男でも綺麗だから欲情されたらどうする気だ? とか、俺が言ってヅラが付け上がったりしたらウザったいだけだからであって、俺がそう思ってるだなんて思われたくもねえし、そりゃ多少思ってるけど、事実として認識してるだけで、褒めるわけじゃねえから言うべきなんだろうけど、俺が面と向かって、お前は男にあるまじき外見で半端なく綺麗だとかそんなことを説明できるか? いやできない。


「たりまえだろ? んな肋骨浮いた貧弱な身体を他人様に見せる気かよ」

 ……って、言った。



「貴様……気にしてることをっ!」



 で、問答無用で、ヅラに湯船に投げ飛ばされた。







 までは、覚えてる。


 そっからやけにリアルな妙な夢見てたけど、そっから覚えてなくて今目が覚めました。




「今何時?」
「十二時だ」


 ずっと、変な夢見てた気がするけど……そんなに時間経ってない?


「ちなみに、今日は土曜日だ」
「は?」
「つまり、十二時間経ってるってことだ。もう昼間だぞ?」

 ………いや、俺、どんだけ寝てたの?

 というか、ヅラが湯船に俺を投げて、俺の打ち所が悪くてそのまま溺死しそうになったって事じゃねえか? 俺はもしかして、今まで生死の境さまよっちゃってたわけ?


「ずっとおかしかった時の記憶は?」
「は?」

 おかしい? って、何それ? 今まで死にそうになってたってわけじゃねえの? 俺なんかしてた?


「銀時が湯船に落ちて……」

 落ちたんじゃねえ! お前が投げ込んだんだろうが!



「そしたら、オッサン的な女神が現れて……」

 オッサン的な女神って、何?



「落としたのは金の金時か? と訊かれたから違うと言ったら、正直だからと金の金時をオッサンから受け取ったんだが、銀時じゃなかったから返却したら、銀の銀八か? と訊かれて受け取ったら、また銀時ではなかったから返したが……今度はちゃんと銀時か?」








 ……………………。






「解った。電波じゃなくて日本語喋れ」












20111003