【memory】
04











 銀時は俺が先ほどの出来事を一言一句漏らさずに報告している最中、三回は確実に寝た。その都度たたき起こしたが……今もでかいあくびを三連発。幼馴染とも思えないくらいには話し甲斐のない奴だが、こんな意味不明な事態をほかに相談できる相手もいない。

 お前しか頼れる相手が居ないというのに、何だその態度は!
 あと、高杉と坂本……高杉に相談しに行くのはちょっと遠いから嫌だし、坂本はどこに居るのかも解らない。たぶん地球ではないだろう。

「と、言う事だ」

 とりあえず、一時間ほどかけて、じっくりと俺のこのなんとも可哀相な境遇を切に語ってみたが、銀時はこっちまで吸い込まれてしまいそうなあくびをかました。



「だから、お前が一年ちょい前からあのマヨラーと付き合ってるのは間違いないって」
「いや、だからそれ、別の俺だから」

「別のって何だよ、どこに落としてきたよ、記憶。さっさと拾って来い」
「だから、別の俺だ。俺が男と付き合えるわけ無いだろう?」

「ひどい、俺との夜も忘れちゃったの?」
「……っまさか! この世界の俺はお前とも……!」

「いや、悪い。これは冗談」
「…………銀時」

 こんな時に冗談に便乗できるほど俺の心は広く出来ていない。
 パラレルワールドに迷い込んだとしか思えない今の俺の現状を考えると、つまり銀時もこの世界の住人という事か? それにしたって、相談に乗ってくれても良いようなものだが。


「整理しろや。土方が一昨日の夜はお前と一緒に居たってんだろ? んで、お前はそん時の事を覚えてねえ」
「ああ」

 俺の記憶に穴が開いているなど、珍しい。酒を浴びるほどに飲んでも記憶を飛ばした事など殆どないというのに。
 一昨日の夜は、確かに一度家に戻りどこかへ外出したはずだ。明け方に戻ってきた事は覚えている……が、俺はどこへ行ったのだろうか。


「で、あいつんちの間取りは覚えてた」
「……そうだ」

 何故か、解った。トイレの場所もわかったし、台所の上に収納があることも知っている。押入れは見た目よりも中が小さいことも知っている。


「いや、パラレルワールドじゃなくてただの記憶喪失だって。俺じゃなくて素直に病院行って来い。ついでにその石頭直してもらって来い」
「覚えていないからと言って、土方と俺が付き合ってるわけがない」
「おもひでぽろぽろしてもいいけど、いい加減に俺に迷惑かけないで下さい」

 きっとパラレルワールドのこの世界の俺がこの世界ではあの部屋に住んでたこともあるのだろうきっと。その記憶が俺にリンクしてしまったのだ、きっと。パラレルワールドとはいえ、俺が土方と付き合っているなどとありえない。
 メリットがあるとしても、危険の方がでかすぎるし、そもそもこの世界の俺はどうして土方と付き合おうなどと思ったのだろう。

「絶対にありえん」

「ありえんっても、アンタとあのマヨラーは付き合ってんだって。今度はどんな喧嘩したのか知らねえけど、勘弁して。もうノロケ話聞きたくねえ」

 片手で頭を押さえて、片手で俺を追い払うような仕草は、本当に俺が邪魔そうだった。


「……解った。邪魔したな」

「おー。ちゃんと思い出してやれよ」
「自力で元の世界に戻ってやる」

 ……頼りにならん奴だ。





















 あれから、すべては、正常に世界は機能している。
 ここ数日、動いてみたが、所々記憶に穴が開いているだけで、この世界に違和感はない。空は青くて雲は白い。真選組にも追いかけられるし、エリザベスは愛らしい。


 ただ……。



 俺は過激派攘夷志士の情報を掴んで、どうするつもりだったんだ? 表面に出てしまうかもしれない程度には大きなヤマだ。中央に巣食う癌となる天人の一部を地球に来れなくするという作戦だが……過激派の情報を……。
 天人との関わりを押さえ……。

 それから、どうするつもりだった?

 有効な手段は?
 天人に手を出すために、まず過激派の奴等が絡んできてしまう。攘夷志士としての無用な諍いをするつもりはない。もし俺がその天人に手を出すとすれば、確実な裏を押さえた上での作戦となる。天人に手を出す前にそいつらとの争いになると、こちらの戦力も足りないし、大規模なものになる、この町に住む市民の安全も保障できない。
 天人に手を出すのは、もともとこちらは犯罪者だ。天誅を下すのは構わないが、動向やその理由がつかめない。天人というだけで、斬っていいなどとは今は思っていない。

 真選組は天人に手を出すことはできない。俺は過激派攘夷志士と揉め事を起こすのは得策ではない。

 利害は、一致している……?


 だが、真選組と攘夷志士だ。俺達の関係は。



「……小太郎」
 そして、土方の腕の温もりが、落ち着くなどと思うのは、何故だろう。

 正常に機能しているはずのこの世界で、いくつか腑に落ちない事がある。
 確かに、俺の記憶が所々抜けている。時々、深夜に俺はどこかに行っていた記憶はあるが、それがどこかは思い出せない。


「何か、思い出したか?」
「いや。さっぱり」

 この、辛そうな顔を見て、何とかしてやりたい思うのは、何故だろう。
 この男に同情などかける義理すらないのに、土方の悲しそうな顔を見ると、心が痛むのは何故だろう。


「土方、酷い顔だ」
「てめえのせいだ」
「……すまない」

 俺のせいだとすれば……せめて謝罪の言葉くらいしか思いつかないが……


 だからと言って、土方と抱き合っているのは何故でしょうか? いや、俺は腕を回していないが、土方が俺の身体をがっちりとホールドしているので、身動きも取れないから、とりあえず土方の方に顎を乗せて溜息をついた。


「あーもう、殴らせろ! もう一度頭に衝撃を与えたら思い出すかもしれねえ」
「倍返しは覚悟してるんだろうな? 言っておくが俺は強いぞ?」

 ともかく、記憶が無いようなので、その鍵はやはりどうやら土方が握っている事も確かなようなので、もう一度会って落ち着いて話を聞こうと思ってここに来た。

 土方の家にもう一度行かなくては、と思い……箪笥の一番上の引き出しから合鍵を取り出した……これは、いつ渡されたものだろうか。

 鍵が、あの家のものだと知っているのは何故だろう。何故俺が持っていて、それをここにしまってあることを知っていたのだろうか。



 まさか、やはり、本当に土方となんやかんやあった仲なのだろうか。確かに俺が抜けていると思っている記憶の穴に土方を嵌め込めば辻褄が合わなくもないが……。
 だがしかし、別の世界に迷い込んでしまったと思う方が、俺の心としては納得が出来る話だ。

 二択。
 俺が正しいか、土方……と銀時が正しいか。

 俺は俺の間違いを認めたくはないのだが……なにしろ、どちらも男だという以前に、俺は攘夷志士だし、土方は真選組だ。普通に考えれば俺の方が正しいに決まっている。





 覚悟を決めて土方の家を訪ねると、土方は家に居た。
 俺は土方が居ると知っていた。
 今日は非番だと、解っていたから訪ねたのだが……何故俺は土方の非番の日を知っていたのだろうか。特に事件が発生していない場合は、木曜日は七時から非番になると知っていた。俺も今日は家で大人しくしていたので、帰っているはずだと思い、訪ねたら、居た。

 その事に驚きもしなかった。



 とりあえずこの土方は俺を出し抜いて捕まえる気はないようなので、腹を据えて話をしに来た。

 茶を出されたが、毒を入れるような狡い手を使うような奴ではないと知っていたから、飲んだ。玉露が熱湯で、入れ方がなっていないのは相変わらずだ、と思うのは何故だろう。

 何から話していいものかと逡巡するうちに、土方は俺に手を伸ばし、腕を捕まれて引き寄せられた。

 そのまま抱き締められたが、俺は突き放すこともせずに、その状態に甘んじている。











20101115