土方が、俺を抱きしめて、俺の髪を梳く。その触り方が手馴れていたのが不思議に思えた。指に髪を絡めて、少し引っ張るような仕草は甘えているようにも思えた。
不思議な、気がした。決して俺は嫌悪をしていない。
何故、この場所に甘んじているのだろう、俺は。何故突き放さないのだろう? 斬りかかっても文句をいえない間柄のはずだ。今、懐に脇差がある。刀の間合いではないが、このまま脇差を抜きこの男の胸に短刀を突き刺す事も容易いはずだ。隙ならばある。
だが、俺も同じだ。
この状況に俺は恐怖を感じていない。
「何すれば、思い出してくれるんだ?」
それは、こっちが訊きたい。頭の中に穴が開いてしまったような気分だ。確かに覚えていないので、土方や銀時の言うことの方が正しいのかもしれない。覚えていないのだから、俺は俺が正しいと今は信じるしかないが。
もし、俺はこの男となんやかんやあって、土方を忘れてしまったとするならば、それはとても申し訳ないと思うが……時間が直立に並んでおらずに、自らの頭の中に空白がある事の不安は、俺にしかわからないのだろう。
「思い出す前に、俺とお前が恋仲だなどと、信じられん」
覚えているわけではない。ところどころ、何かパーツが失われている。俺の時系列が並んでいない。俺は自分を信じてはいるが、それを証明する手立てなどない。
俺の人物像を見抜く目は、それほど鈍っては居ないと思う。俺の判断では、土方は嘘など吐くような男ではない。もし嘘を吐いたとしてもそれを看過する自信は俺にはある。
だが、土方の言葉や態度に、嘘は見受けられない。どうにかして土方の中から嘘を見つけようとするが……どこに、あるんだ? 嘘を吐いているとすれば、どこかに綻びはあるはずだ……が、見つけられない。
だが、土方が嘘を吐いてないからというだけで、本当だと信じる事は安直で尚早だ。
「どうすりゃ信じる?」
どうもこうも……あり得ないだろうが。
俺がこいつとどうにかなるだなどと。
俺は、今のこの世を変えたい。土方は今の時勢では俺達が換えようとしたい体勢を護る側にある。逆なんだ。同じ場所にいていいはずがない。
それに………こんな状態では説得力はないかもしれないが……男の身体に興奮する趣味などない。
確かにこうしていると、土方の身体つきはしっかりと鍛えられていて、男として羨みたくなる。もともと太らない体質で、少食というわけでもないはずだが、情けない事に、あまり鍛えられた身体には自分でも見えない。未だに日々の鍛錬を怠っている事はないのだが、それでも相変わらずだ。だから、土方のような体格には多少の憧れはある……が、興奮などはしない。はずだ。
こうしていて、確かに心地良いと思う。居心地は悪くない。温かさは、とても落ち着く。
だが……男だろう?
この年齢で、未だに手を握るだけで満足できるような清い付き合いで甘んじているとは思えない……が、とすると、俺の想像はとんでもない方向に発展する……残念ながら、土方を脱がせて見たいとは、今のところ思わない。
「思い出せよ」
吐息に混ざって吐き出された言葉に、何故か俺の耳は熱くなったような気がした。その熱の中には、苦味も含まれていた。
罪悪感からか? だが、俺は俺を信じている。罪悪感などを感じる余地はないはずだ。土方が苦しそうな顔をするから……きっとその表情が、俺の心に伝染してしまっただけだ。それ以上ではない。
少し、離れた。互いの顔が認識できる距離まで。
黒い、瞳。眼光は鋭い。通った鼻筋も、形の良い唇も、見目が良い。これならば女性は放って置かないだろうとそんな事を暢気にも思った。今、土方が見ているのは俺だというのに。
俺を、見ている。逸らしたくなった。俺の頭の中まで見つめられているような気がしたので、逸らしたくなった。もし、俺の頭の中にお前の記憶があるならば、それを見つけようとしている……。
その、強い眼差しに恐怖を覚えた。
怖くなった。
怖くて、目を逸らしてしまいたくなった。
目を、逸らしたいのに、視線は絡め取られたまま、動かせない。指先も縛られたかのように動かない。身体が微動だにしないのに、心臓だけはやけに激しく動いていた。
じっと俺を見つめる土方の顔が近づく。
何をされるか、解っていたが、拒否をする気にはなれなかった理由が、動けなかったから、というのは言い訳だろうか。
唇が、重なった………。
心地よいと、思う。このまま………このまま?
俺は、自分の心臓の音を土方には悟られたくなくて、手の平を握り締めた。
深く、口付けられる。唾液を混ぜあうようにして、深く口付ける。それに、意識が奪われて、俺は土方の舌の動きを追う事だけしかできなかった。
唇を離すと、互いの口から唾液が糸を引いて切れた。唇から漏れて顎まで濡らしていた事は、土方が指で俺の顔を軽く拭ったことで気が付いた。
「こんな事で目が覚めるのは、おとぎ話の姫だけだぞ」
夢中になってしまっていた事を悟られたくはなかった。いつもと同じ口調で話せたとは思うが、それでもこんな事程度で身体から力が抜けた事は、悟られてしまっただろう。背に回されている土方の腕に体重を預けてしまってある。
「やっぱり思い出さねえか?」
「当たり前だ」
こんな事で思い出すならば苦労はない。心臓がうるさくなったり、身体から力が抜けてしまったという弊害が起こったぐらいの効果しかない。
「もう一度したら思い出す可能性は?」
土方の黒い瞳の中に艶が見えた。その色に俺の神経は麻痺させられてしまったのだろうか……もう一度、などと……。
「……では、受けて立とう」
馬鹿げている。俺は、今間違った事をしている。きっと、これは間違いだ。
常に正しくある自分を矜持する事で、俺は真っ直ぐに前を向いていられた。俺には進む意外の道などないから、後ろなどを見たくなかった。
きっと、間違いだ。
俺の中に空白がある。穴が、ぽっかりと開いている。その穴を覗く事が、怖いと思った……思い出したくない、思い出さない方がいい、きっとそれが正しい。
俺の中の空白に、その中にこの男が居たのだろうか。
俺の空白と土方との形が相互するのであれば、何故俺は忘れたのだろうか。そこだけだ。その、部分だけ、ない。
もしこの男に恋をしているなどと世迷い言が事実だとすれば……。
きっと、辛い。
自分の立場が何であるか、俺は誰よりも自分を理解している。今俺が何をしているのか解っている。それでも進む意外できない。俺は攘夷を棄てる事などはできない。歩んできた全てを棄てて、自分自身さえも棄てて、それでも前を見ることが出来るなどとは思わない。捨てた時、自分を赦せる自信はない。
好きだと、その感情と俺自身が二律背反している。
辛くて。
棄てるなら、その感情だ。
俺は攘夷の志と共に歩んできた。その俺を捨てることなど出来ない。捨てるのであれば、俺は感情などいくらでも捨てられる。殺せる。
それでももし、俺の想いを殺す事も棄てる事もできないならば『忘れたい』と思わなかったか?
温かく、深く、蕩けそうな口付けを受けながら、身体は重心を失い支えきれなくなった。土方の背に腕を回し、縋りついた。
もし、俺がこの男に想いを預けているのなら、それが事実なら、辛い……そう思った。きっと、とても辛い。
その気持ちを伝えたくなって、言葉にうまく乗せられそうになかったので、腕の力に込めた。
甘んじて受けている俺を、俺は理解できない。間違っている。
もし、本当に土方と恋仲だったのであれば、きっと思い出さないほうがいい。このまま……終ればいい。あとは何もなかったと、信じればいい。
土方からのキスを拒否をする気にならなかった。
心地良いと、解っていたからだろうか?
舌を絡める。
ぬるりとした口の中を舐められる感覚に、身体が震えた。
身体の芯に火を灯されたかのように、熱くなってくる。
土方の腕が俺の背に回る。
ゆっくりと気遣うように、俺は畳の上に倒される。
ああ、まずいな、と。
このままでは帰れなくなってしまう……明日も早いのに。
と……。
同じことを、俺は思った事が無かっただろうか。
押し倒され、土方の身体で逃げ場を塞がれ、身体を触られて……。
俺の身体がこの男を受け入れている。
譫言のように、俺はこの男の名を繰り返す。
土方、ではなく、十四郎と……無自覚のうちに口から吐き出された。
中にある、感覚はこの行為が初めてではないと、知っていた。
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20101123
このくらいなら……R指定しなくて良いでしょうか? 駄目でしょうか?
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