【memory】
03











 付き合って一年半。
 出会いは、夕方の神社の境内。
 土方が非番の日に、気が向いたから何となく世間話をしたら気が合った。
 そのまま何となくお付き合いを初めて今はラブラブカップル……だと?


 俺は幕府の動向を土方から聞き出し、土方には過激派攘夷志士の情報を俺がリークしているのが、現状……だと??




 何、だ……それは?

 まずくないか? めちゃくちゃ、まずいだろ?

 現状況で、俺の立場を踏まえた上でも、誰がどう見たって、それ、まずくないか?

 土方は勿論、現政情で犯罪者に部類する俺に、政府に属する天人の情報を漏らすなど以ての外だし、俺は俺で、一応俺の信念に障害となる輩なのかもしれないが、一応同士を真選組に売る真似などをしているわけになるが……まずくね?



 そもそも何となくお付き合いって何だ?
 気が合っただけで俺は男と付き合えるほどの勇気は無いぞ!

 悪いが、確かにその辺の女よりも美しい自信はある。別に自慢したいわけでもないが、俺の美貌は並大抵じゃない事ぐらい知ってる。
 老若男女俺の美しさを賛嘆する気持ちは良くわかるが……

 どこのどんな誰が俺を好きであれ、俺は女性が好きなはずだ! どちらかといえば、年上。




「土方……その……」

 どこまでが冗談で、どこまでが嘘で、どこまでが妄想だ?



「……小太郎、俺の事、ちゃんと名前で呼んでくれ」

 名前だと? いや、土方は土方だろうが。

「十四郎って呼べよ」

 ……トウシロウ、ですか。いや、名前は知っているが。トウシロウですか。俺が?

「すまない」

 十四郎……とな? いや、名前は知っているが、呼べと言われても、俺は土方を土方としてしか認識していないはずだが。


「……小太郎」

 土方が、俺の両頬を手で包み込み、目付きの悪い目に涙を溜め始めた……って、何だ。何の真似だ?

 似合わない……とか、思うより、なんだ?

 いや、昔から、女性の涙ほど強力な武器はないと思っていたが、オッパイがミサイルのお母さんに匹敵する威力を持つとは思っているが、まさか俺は、男の涙にも耐性がなかったか?




 土方が泣きそうな顔をしていると、俺までなにやら心が痛くなる……。



 ……演技、か?

 こいつ、俺に演技を仕掛けるほどの技量がある奴だったか? 何のために?


「……土方」

「小太郎、」



 ………。



「トイレを貸してくれ」



 ちょっと、逃げたい。一応、逃げの小太郎とも、名誉か不名誉かの通り名はある。逃げよう。ちょっと、この空気に俺の胃袋が耐えられない。ここにあと数分でも居たら穴が開きそうだ。




 ともかく、泣きそうな表情の土方から、なんとか逃れるために、俺は逃げ込んだ先のトイレで、便座に座り、考える。




 よく、思い出せ。

 一昨日を訊かれた。そこで俺はここに来て、土方に会ったらしいが……

 一昨日は俺は何をしていた?

 昼は思い出せる。夕方も覚えている。




 で……。



 そういえば今、浴室とトイレの扉が並んでいて、俺は迷うことなくこちらを選んだ。扉を間違えなかった。電気のスイッチも探さなかった。トイレットペーパーがどこに収納されているのか、解る……。

 天井の染みを見て、知っていると思ったのは、確かだ。あの形は、どことなく猫に似ている。





 ……ああ。





 そうか。
























「銀時っ! 助けてくれ! 俺はどこかのパラレルワールドに迷い込んでしまったようだ!」
「てめえ! 今何時だ! 寝言は寝て言え! 寝かせろ!」

「だから、パラレルワールドだ!」
「てめえ今度は何の漫画読んだんだっ! 没収だ!」

「助けてくれ! 困っているんだ! こんなことお前にしか頼めん」
「何なの? 今何時だかわかる? 四時だぜ? あと六時間後に依頼金と大福持って来い」

「緊急事態だ! 俺を元の世界に戻してくれ!」
「寝言はおたくの有能な彼氏殿に聞かせてやれよ。俺は勘弁して。寝かせて」

「彼氏って何だ? 何語だ! いいから聞け、銀時っ! ここはどこだ?」
「俺んちで俺の寝室で、今深夜!」


 銀時の布団を剥ぎ取り、それを銀時が奪い返そうとの押し問答の末……銀時は諦めたように手を離した……勝った。




「いいから落ち着け」

 大袈裟な溜め息が、なにやらわざとらしいが、確かにこんな時間に鍵を勝手に開けて、寝室に忍び込み、布団を剥ぎ取ってしまい、悪いとは思うが、こっちも緊急事態だ。


「……これが落ち着いていられるか」


 緊急事態だ。
 備えあれば憂い無し。不測の事態にも動揺せぬように、いつも最悪の状態をシミュレーションする事ぐらいはしている。〜かもしれない、と、常に思うことで、事故を未然に防ぐのは教習所でも習った。

 が、これは予想のはるか斜め上を行く展開だ。流石の俺にも付いて行けない。


「銀時、助けてくれ」


 銀時は、俺の顔を見て俺がどれだけ真剣かを少しは理解してくれたようだ。そして、再び内臓まで吐き出すような巨大な溜息をついた。



「まあ、茶の一杯くらいは飲んでけよ。痴話喧嘩の内容くらいは聞いてやるから、今度大福持って来い」















101112