うららかな午後の陽気の中、仕事を一件終わらせて、懐も暖かくなったことだし、馴染みのラーメン屋で味噌でも食べようかと思って歩いてた時、
「銀時!」
遠くから、大声で、呼ばれた。
振り返らなくても声の主ぐらいわかるけど。今日は、待ち人でも居たのか何なのか、袈裟着て突っ立ってる坊主が大声出すんじゃねえ!
ずしりと疲労とかそう言うのが肩にのしかかるのは、全てこいつのせいだと言い張れる。
「あのさあ……」
頭抱えたくなるのは仕方ない。
いや、そんな遠くからでかい声で呼ぶんじゃねえっつの! 往来の誰しもが振り替えるだろうが。案の定、俺と声のした方を通行人は取り敢えず確認する。
てめえは誰だ! この似非テロリストめ! 変装って僧侶の格好で何が変装だ。どうみたって顔でばれるだろうが。っと普通の顔立ちならまだしも……。
その辺のこと、理解してんのか? さすがにしてんだろ?
「銀時、奇遇だな。仕事中か?」
仕事中だったら尚更声かけないでもらえませんか? その辺の空気くらい読めるよね? てめえだって張り込みの最中俺が無神経にも声かけたらどうする? そっちの方が顔売れてる分まずいだろうな。とか、思ってみてもそんな場面に出くわした事は未だない。こいつだって今の職業柄、張り込み捜査だなんて、いつものことなんだろうけど。
「違うけど」
「やはりな。雰囲気がだらけていたから、声をかけてみてよかった」
だらけてるって……言われた。一応気にはしてくれてるみたいだけど……隣並んで歩かねえでいいっつの。隣に並んで歩いていいだなんて許可した覚えありませんから。
「そうだ銀時、昼飯はまだか? 何か食わないか?」
「どうせてめえ蕎麦しか食わねえだろ? 今日はラーメンな気分なの」
「じゃあラーメンを食おう」
俺は別に一緒に行くなんて言ってねえって、思ったけど、なんだかとても機嫌の良さそうなヅラの顔見て言えなくなる。まあ、別にいいけど。
銀時と、事あるごとに呼ぶヅラ。は、まあ、ムカつくけど、美人だ。こうやって機嫌よく良く喋ってても、一応それなりに気配殺してるみ体で、目立つわけじゃねえが、この顔だ。二度見されることもしょっちゅうあるってのに、その視線を一向に気にしない。気付いてんのかもしんねえし、気付いてないのかもしれない。
それでそのその二度見の価値のある顔と、その視線は全力で俺に向けられてる。
こいつの崇拝者だって数えたくないほどいるってのに、こいつが見てんのは俺だけ。昔から、ヅラは俺ばっかみてた。
誰がヅラの事本気出して愛の告白してても、その場面に遭遇した事だってあるけど、ヅラの視線はずっと俺だけを見てた。昔から、ヅラは俺のことばっか見てた。
って、なんか優越感でもあんのか、俺は。
「ん? 茶を変えたか?」
新八が居ねえから、勝手に入れた茶をすすりながら訊かれたけど、その辺は新八君のお仕事で、ちょっと解りかねます。
俺んちに来て、ヅラがさっきから何とはなしに上機嫌だ。表情をそれほど動かさないこいつのその辺を簡単に理解できる俺も、長い付き合いだから仕方がない。
たぶん理由もわかってる。ヅラが買ってきた饅頭を俺がうまいってったからだと思う。実際、甘くて甘すぎずに、それでも甘くて美味かった。それは別に饅頭を褒めたわけであって、ヅラを褒めたつもりなんてねえのに、なんだかヅラは上機嫌だ。
何、のんきにうちで茶を飲んでんだか。うち、別に休憩所ってワケじゃねえんだけど。饅頭持って来たからいいけど。こいつだってそれなりに忙しいことぐらい俺にだって解ってるけどさ。派手な破壊工作しなくなった代わりに、色々と水面下で忙しい事ぐらいは解ってる。最近は至って江戸の町は平穏無事だから、そんなに忙しくないのかもしれねえけど。
それにしたって俺への訪問は日課ですか?
って、思うくらい毎日。昨日も来たし、一昨日も来たし。先週は三日ぐらい来てないけど、それでも殆ど毎日。そっちだってそれなりに忙しいだろうけど、殆ど毎日。
俺って、どれだけ愛されてるわけ?
目の前でニュース見ながら茶をすすってるヅラの横顔を見る。相変わらず、綺麗な顔。昔から老若男女にモテまくってた。深く付き合えば、性格がどうしようもない事はすぐにわかるけど、上辺だけなら見た目も性格も能力もパーフェクトなコイツが、ずっと誰とも特定の相手がいなかった。離れてた間は知らねえけど、特定の誰とも仲良くならずに、ずっと俺の一番近い場所を陣取っていた。
見た目だけなら、そこらの女じゃ叶わない美貌で、昔から男どもに人気が高かった。古今東西女は綺麗なものが好きだから、ヅラがもてないはずがない。そんなんで、昔からコイツの周囲には浮いた話が取りざたされて居たのにも拘らず、当のヅラだけはそんな事はどこ吹く風で俺の隣に居た。
「お前って俺の事好きだよなぁ」
とか、しみじみ。
思う、わけで。
「そうか?」
ただ、予想外だったのは帰ってきた返事の間の抜けた声。
「へ?」
その声にヅラ以上に間抜けな声が出る。
「何だ突然?」
ひどく意外そうな顔をされたけど……。
「あ、好きだよな?」
好きなんじゃねえの? ずっと俺の事ばっか見てて……。
「改めて言われると。そうだな……友として、信頼しているとは思うが、お前を好きか嫌いかで考えた事はないが……」
腕組みして熟考の体勢に入りやがった。え……考えるような事なの? 俺の事好きだったわけじゃねえの?
「そうだな……好きか」
「……へ」
あ、もしかして、今まで違ったわけ? 俺のことばっかり見てて、忙しいってのに俺んちに来るのは日課だったり、無駄に近況報告とかしてきたり。腐れ縁て言えば腐れ縁だけど、お前が忙しいって言って俺ン所に来なけりゃ、所在がいくつもある上にコロコロ変わるお前の居場所なんてわかんないんだし、嫌になったらお前が来なくなりゃ切れる縁だから。
忙しいくせに、いつも俺に会いに来たりするし……。
えっと、好きじゃなかった?
ヅラはこの通り、この美貌だから、女だけでなく、トチ狂った男からの愛の告白は指じゃ足りない。数多の交際の申し込みを蹴って、ずっと俺の近くに居たってことはそうだと思ってたけど……俺の勘違いだった?
ヅラは腕組みを解いて、顔を上げた。
「考えてみたがもしかしたら、俺はお前に対して恋愛感情でも抱いているのかもしれん」
え、今?
なんか俺告白された?
「そうか。確かにこの年になって、今まで特定の誰かと交際をした事がないのは、別に知らない奴と遊んでいる余裕がないからというのも大きかったが、他の誰かと居るよりも、銀時と居た方が楽しいからだと思ったこともあった。……そうか、言われてみれば確かに」
「おい、いや、違うでいいから」
今思いついたように告白しないで下さい、そんな長年の蓄積。
それとも、今気づきましたってやつか? こいつの鈍さは類を見ない。今気づきましたってか?
「さすがだな、銀時」
何がだよ、何が!
いや、違うから! 今更どのツラ下げて俺の事考えてたりすんだ。
「好きだぞ、銀時」
にこりと微笑まれて、心拍数跳ねるはずがねえだから違う。今さらこいつの笑顔ごときによろめくはずがない。こいつの笑顔が破壊力あるなんて昔からじゃねえか。
だから、別に何か顔が暑いのは、急に部屋が暑くなったからだって、きっと。
「ああ……そ」
「今まで考えた事もなかったが。簡単な事だな。俺はお前が好きだったようだ。そう考えると、昔からか?」
「いや、ちょっと待て」
「気付いたという事は既存の感情であるわけで、銀時に対して向けている熱量には変換がないとすると、やはり昔からか?」
再び、ヅラは腕組みを始めて、考える人のポーズを作った。こうなると、俺が何言っても自分の世界に没頭して、しばらく帰って来ねえ。何でこういう無駄な事にその優秀な脳細胞が使われるんだか。
いや、別にいいって。
お前が俺の事どう思ってたって、今更コイツとお付き合いしましょう的な流れになるだなんて考えも出来ない。
だから、ヅラがそこんとこ気付こうと気づくまいと、まあ別に俺達が何か変わるわけじゃねえ……。
「そうか……やはりどう考えてみても昔から俺は銀時が好きだという結論に帰結するな」
「……あ、そ」
もう一度、綺麗な顔で微笑まれて、好きだと言われた。
顔が熱くなったのがむかついて殴ったら、殴り返された。
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