金曜日は久しぶりにバイトだった。
バイトといっても浦原さんちの倉庫の整理のお手伝いだけれど。
忌々しいことに僕を扶養している親族……父親からバイトを禁止されている身としては、バイト代は小遣い程度で大したことが無くても、浦原さんなら親にはばれないし、バレたところでただの手伝いだと言い張ればいいので、とても助かる。それに、放課後の場合は夕食付きだし、この前は貰い物だという梨を貰った。
「石田サン、今日も夕食食べて行かれます?」
「良いんですか?」
今日もまだ米を切らしたままだったし、この後買い物に言こうと思ってもタイムセールは終わってしまっているから、とても助かる。ここでの夕飯が望めなかった場合、あと三時間すれば半額になる生鮮食品を待つしかない……が、僕も成長期の高校生男子だ。すでにお腹が空いていた。
「良いですよ。それに国産和牛もたくさん貰っちゃったんで、あとでお土産、持ってって下さいね」
「有り難う御座います。助かります」
思わず唾液が溢れそうになる食材の名前に、自然と声が弾んでしまった。この人の交友関係は謎に満ちていて、そんなものをどこから貰うのかはわからないけれど、そんなに高いものでもなくて良いけど、食材は頂けるととても助かる。
「じゃ、あと少し何で、お願いしますね」
「はい」
今日、頼まれているのはあとこの棚。
物が多いので、なかなか時間がかかる。しかも、一年や二年のつもり方じゃない埃がなかなか厄介だ。取り扱いに霊圧の加減があるものはあらかじめ教えて貰ってあるが、狭い店内に何でこんなに商品があるのかは謎だし、ほとんど市販はされていないだろう物ばかりで、取り扱いに困る。触ると動き出すものとか、割ると実体化する物とか、基本的に危険なものばかりで、ほとんどが何のために何に使われるのか、それが食品なのか薬なのか玩具なのか、さっぱりわからない物ばかりだけれど……。
「あの……浦原さん、これ何ですか?」
いちいち興味を持っていては、ここの掃除は終わらないのはわかっているけれど……。
試験管のような容器に入った綺麗な液体。
そんなものはゴロゴロしているけれど……パッケージが。
犬……だった。なんだ、これ?
「ああ、それ、そんな所にあったんですねえ。懐かしい」
「薬ですか?」
可愛い子供の落書きのような犬が描かれたパッケージ。犬なのは解るけど、可愛い犬が死神の服を着ているのが少しアンバランスだったけれど。犬の何かなのかな?
「ええ。薬です。一時的に霊力を回復するための薬ですね」
一時的に……霊力が回復する……?
「石田さんとかにとったら、一時的ではありますが、霊力を増強する事もできますが、なにしろ……」
浦原さんは作り方のあれこれを僕に説明している。詳細に聞いてみたいことも多いけれど、それ以上に……今、僕は手の中の試験管に意識を奪われてしまった。一時的にでも……僕は、試験管を握りしめた。中から確かに強い霊力を感じる。これなら……
「ほら、朽木サンとか、以前同じ種類のをお買い求めになりましたねえ。死神だけじゃなくて、人間にも幽霊を見てみたい人とかにも有効かと思いますよ」
黒崎が、霊力を無くした。あの戦いで、命を落とさずに済んだんだ。
別に仕方がないことだ。僕だって死にかけた……黒崎が正気を失った時にやられた傷が一番深いけれど。でも、黒崎がいなかったら今、僕はいない。僕どころか、この町すらないんだ。
だから黒崎が力を失ったのは、今の証明だから……仕方がないんだけど。
でも、僕が虚を滅却しに行くと、少し寂しそうな顔をする。
霊力をすべて無くしてしまったから、いつも話しかけていた、公園にいる交通事故でなくなった少女の霊も見えなくなってしまった。少女はいつも黒崎に話しかけているけれど、黒崎は聞こえない。僕も見えないふりをするしか、それしか、できない。
僕が時々視線を向ける霊達すら、黒崎はもう見えなくなってしまった。
僕は滅却することしかできず、魂葬する事はできない。それでも時々、病院のそばにいる病気で亡くなった少年とか、公園の少女とかに話しかけていると、寂しそうな目で僕の見ている少女がいるだろう空間に目を向けている。
一時的に、霊力を回復……今、浦原さんはそう言った。
「ただ一時的な回復といっても、霊力には色々あるんで、朽木サンの時は……」
「これ、いくらですか?」
一時的にでも、それでも黒崎に霊力が戻るかもしれない。
「……はい?」
「買います、高くても、買います、欲しいです!」
今財布の中にいくらあっただろうか。今月分の食費が入っている。これがなくなると思うと少し厳しいが、足りればいいけれど……足りなかったら、分割払いとか可能だろうか。
「いえ、石田サンならお代は結構ですよ。いつもお手伝いして頂いているんで」
「良いんですか?」
「はい。別にもうサンプルはあるんで。でもそれは……」
「有り難う御座います! で、これは何ですか?」
浦原さんは、しばらく僕が握りしめた薬品を見ていたけれど……。
「……まあ、誰が飲んでも毒じゃないですし、それも面白そうですねェ」
袖を口に当てて、浦原さんは……笑ってる? 何だ? 何か、面白いことでもあるのか?
「浦原、さん?」
もしかして、何か裏があるんじゃ……何しろ、この人のことだ。
「じゃ、終わったら声かけて下さい。終わらなくても七時半になったらご飯ですよ」
浦原さんは、とても面白そうに笑いながら扇子をばさりと開いて、暑くもないのに仰ぎながら店を出て行ってしまった。
一度、不思議な機械のような物があって、気になったので説明を求めたら、永遠と一時間。結局不思議な形をして不思議な理論で動く浦原さんの力作のマッサージ機だった事があった。
これに付き合ってしまっていては一時間、浦原さんの趣味の話題に付き合わなくてはならないと思ってしまったのがいけなかったんだと思う。
ちゃんと、無理やりにでも説明を聞いておけば良かったと次の日にひたすら後悔をした。
金曜日は久しぶりにバイトだった。
バイトといっても浦原さんちの倉庫の整理のお手伝いだけれど。
忌々しいことに僕を扶養している親族……父親からバイトを禁止されている身としては、バイト代は小遣い程度で大したことが無くても、浦原さんなら親にはばれないし、バレたところでただの手伝いだと言い張ればいいので、とても助かる。それに、放課後の場合は夕食付きだし、この前は貰い物だという梨を貰った。
「石田サン、今日も夕食食べて行かれます?」
「良いんですか?」
今日もまだ米を切らしたままだったし、この後買い物に言こうと思ってもタイムセールは終わってしまっているから、とても助かる。ここでの夕飯が望めなかった場合、あと三時間すれば半額になる生鮮食品を待つしかない……が、僕も成長期の高校生男子だ。すでにお腹が空いていた。
「良いですよ。それに国産和牛もたくさん貰っちゃったんで、あとでお土産、持ってって下さいね」
「有り難う御座います。助かります」
思わず唾液が溢れそうになる食材の名前に、自然と声が弾んでしまった。この人の交友関係は謎に満ちていて、そんなものをどこから貰うのかはわからないけれど、そんなに高いものでもなくて良いけど、食材は頂けるととても助かる。
「じゃ、あと少し何で、お願いしますね」
「はい」
今日、頼まれているのはあとこの棚。
物が多いので、なかなか時間がかかる。しかも、一年や二年のつもり方じゃない埃がなかなか厄介だ。取り扱いに霊圧の加減があるものはあらかじめ教えて貰ってあるが、狭い店内に何でこんなに商品があるのかは謎だし、ほとんど市販はされていないだろう物ばかりで、取り扱いに困る。触ると動き出すものとか、割ると実体化する物とか、基本的に危険なものばかりで、ほとんどが何のために何に使われるのか、それが食品なのか薬なのか玩具なのか、さっぱりわからない物ばかりだけれど……。
「あの……浦原さん、これ何ですか?」
いちいち興味を持っていては、ここの掃除は終わらないのはわかっているけれど……。
試験管のような容器に入った綺麗な液体。
そんなものはゴロゴロしているけれど……パッケージが。
犬……だった。なんだ、これ?
「ああ、それ、そんな所にあったんですねえ。懐かしい」
「薬ですか?」
可愛い子供の落書きのような犬が描かれたパッケージ。犬なのは解るけど、可愛い犬が死神の服を着ているのが少しアンバランスだったけれど。犬の何かなのかな?
「ええ。薬です。一時的に霊力を回復するための薬ですね」
一時的に……霊力が回復する……?
「石田さんとかにとったら、一時的ではありますが、霊力を増強する事もできますが、なにしろ……」
浦原さんは作り方のあれこれを僕に説明している。詳細に聞いてみたいことも多いけれど、それ以上に……今、僕は手の中の試験管に意識を奪われてしまった。一時的にでも……僕は、試験管を握りしめた。中から確かに強い霊力を感じる。これなら……
「ほら、朽木サンとか、以前同じ種類のをお買い求めになりましたねえ。死神だけじゃなくて、人間にも幽霊を見てみたい人とかにも有効かと思いますよ」
黒崎が、霊力を無くした。あの戦いで、命を落とさずに済んだんだ。
別に仕方がないことだ。僕だって死にかけた……黒崎が正気を失った時にやられた傷が一番深いけれど。でも、黒崎がいなかったら今、僕はいない。僕どころか、この町すらないんだ。
だから黒崎が力を失ったのは、今の証明だから……仕方がないんだけど。
でも、僕が虚を滅却しに行くと、少し寂しそうな顔をする。
霊力をすべて無くしてしまったから、いつも話しかけていた、公園にいる交通事故でなくなった少女の霊も見えなくなってしまった。少女はいつも黒崎に話しかけているけれど、黒崎は聞こえない。僕も見えないふりをするしか、それしか、できない。
僕が時々視線を向ける霊達すら、黒崎はもう見えなくなってしまった。
僕は滅却することしかできず、魂葬する事はできない。それでも時々、病院のそばにいる病気で亡くなった少年とか、公園の少女とかに話しかけていると、寂しそうな目で僕の見ている少女がいるだろう空間に目を向けている。
一時的に、霊力を回復……今、浦原さんはそう言った。
「ただ一時的な回復といっても、霊力には色々あるんで、朽木サンの時は……」
「これ、いくらですか?」
一時的にでも、それでも黒崎に霊力が戻るかもしれない。
「……はい?」
「買います、高くても、買います、欲しいです!」
今財布の中にいくらあっただろうか。今月分の食費が入っている。これがなくなると思うと少し厳しいが、足りればいいけれど……足りなかったら、分割払いとか可能だろうか。
「いえ、石田サンならお代は結構ですよ。いつもお手伝いして頂いているんで」
「良いんですか?」
「はい。別にもうサンプルはあるんで。でもそれは……」
「有り難う御座います! で、これは何ですか?」
浦原さんは、しばらく僕が握りしめた薬品を見ていたけれど……。
「……まあ、誰が飲んでも毒じゃないですし、それも面白そうですねェ」
袖を口に当てて、浦原さんは……笑ってる? 何だ? 何か、面白いことでもあるのか?
「浦原、さん?」
もしかして、何か裏があるんじゃ……何しろ、この人のことだ。
「じゃ、終わったら声かけて下さい。終わらなくても七時半になったらご飯ですよ」
浦原さんは、とても面白そうに笑いながら扇子をばさりと開いて、暑くもないのに仰ぎながら店を出て行ってしまった。
一度、不思議な機械のような物があって、気になったので説明を求めたら、永遠と一時間。結局不思議な形をして不思議な理論で動く浦原さんの力作のマッサージ機だった事があった。
これに付き合ってしまっていては一時間、浦原さんの趣味の話題に付き合わなくてはならないと思ってしまったのがいけなかったんだと思う。
ちゃんと、無理やりにでも説明を聞いておけば良かったと次の日にひたすら後悔をした。
→
20131002
|