「……」
「…………」
「……あ、なあ」
「ん?」
俺達、付き合ってんだよな?
って、言葉を、それでも頑張って飲み込んだ。
そんなこと訊いて変な答えが返ってきたら凹むし、怪訝な顔されても凹むし……第一どういう顔してそんなこと訊きゃいいのかも解んねえ。
いや、うん。大丈夫だって、付き合ってる。付き合ってるはずだ、たぶん間違いない。
そう、付き合ってる……たぶん。
俺が、好きだって言ったら石田はひどく驚いた顔をした。
そのまま、勢いで付き合ってくれって言ったら、困った顔をしてから、何でって訊かれた。
何でって言われたって、好きだからに決まってんだろうが! 好きだったら、独占欲も生まれちまうんだから、付き合って俺のにしたいって、当たり前だろうが! って怒鳴らずに、お前のこともっと知りたいって言った。そばに居たら、もっと良く解るって思ったから。
石田は、君がそうしたいならって……そう言って、少し笑った。
そっから、一ヶ月……一ヶ月も経った。
前よりは、若干距離は縮んだような気がするけど、具体的な進展はない。所謂、手を繋いだり、ハグをしたり、キスをしたり、……っていう所まではまだまだ遠い道のりだ。
いや、具体的に距離は近くなった。前まで半径一メートルだったのが、三十センチくらいまでにはなった、たぶん! 今だって、学校の帰りに石田んちによって、石田が作った飯俺ももらって、食べ終わって少しのんびりしてるところだし……。それが付き合う前までは、一メートルくらいだったのが、今じゃ三十センチぐらいまで近寄れるようになった! すげえ近くなった! と、思う。
「石田、あのさ」
「ん?」
「明日、休みだろ」
「? ああ。今日は金曜日だな」
「……明日、休みだな」
解らない。
付き合ってる。事でいいはずだけど、二人っきりだってのに、あまりにも石田に隙がなくて、手を出すどころか、会話すらねえのが、現状。
今日一番続いた会話が、多分これだと思う。別に、話すのが苦手なわけじゃない。俺だって話題があれば話をするし……いや、あんまり人を楽しませるような会話ができる方じゃねえが。あんまり必要じゃないことをいちいち喋るの得意じゃないから……だから、俺も、こうやって無言に耐える。
石田が居心地悪いって思ってなきゃいいけど、石田も石田でその優秀そうな頭ん中に溜め込んだ薀蓄とかになりゃ長広舌を振るうくせに、自分のことやどうでもいい話題は口数が明らかに減る。
全然似てない俺達の共通点が、こんな所とか……
いや、好きだって、思う。
無条件にこいつのこと信じてやりたくなる。一緒に居たら笑ってくんないかなって……。
本当は、まだ引きずってんだ。
最初にこいつと戦ったときの、石田の泣きそうな顔、見たくなくて、あの顔見て、思い出すだけで俺の方が泣きそうで……。
あんな顔二度とさせたくねえって、だから見張ってないと、またあんな顔してるかもしんないから……俺は……
そばに居たいって思った。
石田のそばに居たいって。
「黒崎?」
「そろそろ、帰るわ」
「そう。明日休みだしね。ゆっくりするといいよ」
俺達本当に、付き合ってんのかな……。
好きだって言われたことなんかない。付き合ってくれって頼んだのは俺の方だ。
気持ちは強要したって手に入んないのは知ってる。押し付けがましいもんじゃなくて、ただ俺がここに居るって知ってほしいだけなんだ。
だから、今はまだ、好きじゃなくてもいい。
付き合ってくれって言ったら、俺がそうしたいならって言った。その言葉は、つまり俺が付き合いたいって思うから、付き合ってもいいって事なんだと思う……んだけど。
そう。
そもそも、俺は一ヶ月も付き合ってて、まだ石田が俺を好きだとか、聞いたことがない。
一緒に居るのが嫌だったら、そういわれて追い出されてんだろうから、ここに居るのは最低嫌がられてないことだけはわかってるけど……。
「石田って、泣くことあんの?」
「は?」
「いや……別に」
「さあ。泣いたのは覚えてないけど。どうしたんだ? 帰るんだろう?」
「あ、おう」
帰れってさ。
「近くまで送るよ。消しゴムをなくしたようだから、買いに行くついでだけど」
「あ、俺、消しゴム二つあるから、一つやるよ」
外、雨降りそうだし。天気予報だって夜から降るって言ってたし、わざわざ外に出なくてもいいだろ?
「……ありがとう」
「んじゃ、また学校でな」
「ああ」
学校で……なんて、もっと俺達、ろくな会話なんかできねえのに。
石田は、何で俺と付き合ってんだろ。
付き合ってんでいいのかって聞いたことないけど、それはいいだろう。ただ恋人なのかは解んない。石田は、そんな自覚ないかもしんねえ。
石田が俺をどう思ってんのかは、本気で謎だ。
今はまだ、俺も大層な関係望んでるわけじゃなくて、そりゃ考えないわけじゃねえけど、でも今は、こいつが俺のもんに収まっててくれりゃいいなって……。
■
石田が放課後生徒会の定例会だって、俺もバイトを兼ねたバスケ部終わったら一緒に帰ろうって言ったら、先に帰ってても良いよって言われた。駄目だって言われたわけじゃねえ。暗に断られたのかもしんないけど……でも、石田のことだから、嫌なら嫌だってはっきり言うだろう。だから待ってる。部活が長引いたけど、下駄箱見る限り石田はまだ校内にいるらしい。靴がある。先に帰っててもいいなら、帰らなくて石田を待って一緒に帰ってもいいんだ。途中までだけど、一緒に帰って本屋くらいには寄れるはずだと思う。
石田は少し用があるからって、俺は人気のない昇降口で石田を待ってた。
こっから見えた生徒会室は、今明かりが消えたから、たぶんそろそろ、ここまで降りてくるだろう。
「黒崎先輩」
後ろから突然、俺に声をかけたのは、女子だった。上履きの色が違うし、先輩って言われたから、後輩なんだろう。
「何?」
「あの、すこしだけ、時間ありますか?」
「ん?」
なんだろうって、思ったけど、何度か身に覚えがある緊迫感が、あった。別にマズイわけじゃないけど、なんとなく、気まずくて、石田に見られたくないから……。
「あー……っと、外で、なら、聞くけど」
たぶん、告白されるんだろうなって、思った。
今までに無かった訳じゃないし、何度か好きだって言ってもらったことはある。嬉しかったけど、俺には知らない相手と付き合ってみたいって余裕もなかったし、今は好きな奴が居る。
だから、外に出て、校舎の影で、その後輩から案の定言われた俺を好きだって台詞は嬉しかったけど、ちゃんと断った。
それで、慌てて戻ってみたけど、石田の下駄箱にはもう靴がなくて、追いかけてみたけど、石田は足が早いからもう見えなくて……。
変な場面、見られなかったのは良かったけど……って、思ったけど、見られてたって、多分石田のことだ。何も変化ないだろう。
好きだって……。
俺の、一方的な感情なんだろう。
俺がそうしたいからって、それだけで、石田は俺を別に好きじゃない……。
解ってるけど、俺は石田を離したくない。
我が儘だけどさ。
■
「石田?」
廊下ですれ違った石田を呼び止めたのは、放課後一緒に帰れなくて、それから一週間後。
「何?」
「いや、具合悪い?」
「なんで?」
「……顔色、悪そう」
「そう? 普通だけど」
そっか? いつもあんまり顔色よくねえし、もともと色白だからそう言われるとそんな気もするけど……いや、でもあんまり顔色が良くないような気もする。
「石田? なあ、今日って……」
「用がある」
「明日は?」
「ごめん」
「……そっか」
「悪いな」
「いや」
最近は、石田は忙しいらしい。
ここんところ一週間、会話が続いたのは今が最長。廊下ですれ違う時の挨拶は目線だけで、学校じゃ特に用事なんかねえし……だから、本当に接点がない。付き合ってるって不明瞭な口約束だけで、クラスメイトって授業中に同じ教室にいるだけの関係が今の俺達の現状だ。
生徒会は、忙しい時期じゃないはずだ。部活も、それなりに賞を取ってて予算も回されてるけど、この時期になんかあるって聞いてないし……。
おかしいって、さすがに気付き始めた。一週間もしてからだけど……いつもがいつもだったんで、それほど気にしてなかった……ってか、気にしたくなかった。
もしかして、俺、避けられてんのか?
だって、いくらなんでもおかしいだろ? もう一週間もろくに会話もさせてくんねえし、それどころか視線すらよけられてるような気がする。もともと石田は相手の目を見て話すんじゃなくて、ちょっと逸らして相手の感情の機微を伺うようにして話してるけど……それにしたって……。
何でだ?
俺、なんかしたか? 付き合ってみて、俺と居るのが嫌だったからとか……じゃ、ないだろうな? 別に嫌がる素振りはなかった。嬉しそうだったり、楽しそうだったりは見たことねえけど。
用があるって言ってた。手芸部の部室である被服室の方はとっくに明かりが消えてた。生徒会室の方は、まだ明かりが付いてた。用があるって言ってたから、雑用でも押し付けられたのかなって思ったら……。
机は片付いていて、手元にいつも石田が読んでる小難しそうな本を伏せたまま、
生徒会室で寝てた。机に突っ伏して。
顔色悪いなって思ったのは、本当だったかもしれない。何でもないって言われたから、うっかり信じそうになったけど、大丈夫じゃないほど何でもないって言うような奴だって、知ってたはずなのに……最近、あんま寝てないんじゃないのかな。忙しいって言ってた。でも今は……何かしてたようには見えない。
付き合ってくれてたって、俺、全然石田のことを知らねえ。好きだって思ってたって、こいつが何考えてどう思ってんのか、俺、全然わかってあげられてねえ。
だって、コイツが家じゃない場所で居眠りなんて……もしかしたら、最近あんまり寝れてないのかもしんない。俺が居るのに気がつかないなんて……。
……流石に眼鏡は外してあった。
眼鏡はずした石田の寝顔、見たの初めて。
音を立てないように近づいて、そっと石田の髪の毛を持ち上げた。さらりとした手触りで、気持ちがいい……ことを、初めて知った。
髪の毛に触ったのも初めてだった。付き合ったっても、触ったことなんてない。隣にいる俺に居心地がいいって思ってくれれば、それが嬉しいから……そうやって言い訳作って触るのに怖気づいてた。嫌われたら嫌だし、触っていいって雰囲気になった事も無いし、こいつを前にしてそんな勇気無かった。
………あ、笑った。
「………くろ、さき」
夢、見てんのか? 今石田が俺のこと呼んだよな? 夢の中でも俺が居んのかな、だったら嬉しいけど……
こいつの寝顔なんて見たことなかったけど……夢の中の俺は、どうにも不甲斐ないようで、石田は嫌な顔して寝てた。笑顔を浮かべて……でも、泣きそうな顔をしてるなんて……そう思ったのは何でだろう。
お前の夢の中の俺、お前のこと笑わせてやれてないのかな。
「……石田、」
ごめん。
まだ、俺お前のことよく解ってない。そんな顔して欲しくないから、俺がそばにいて見張ってたいって、そう思ってんだけど……なんでそんな顔させちまうんだろう。
「……あ、黒崎」
もう一度頭に触れた時に、石田がうっすらと目を開けた。だから俺は慌てて手を引っ込める。
「あ、悪い。起こしたか」
起き上がって、石田は寝てたのを見られたのが恥ずかしいのか、少し気まずそうに笑ってから、置いてあった眼鏡をかけた。
「いや、ありがとう。そろそろ帰らないと。君は何でここに居るんだ?」
何でって……待ってちゃいけないのかよ……。
「帰らなかったのか? こんなに遅くまで」
「待ってたんだよ、お前を」
ずっと、お前と話ができなかったから、少しでも会いたいから、お前が終わるの待ってたんだって……そう言ったら怪訝な顔をされるんだろうか。
「彼女は、どうしたんだ?」
「は?」
石田が、なにか不思議な単語を言った……気が。
「彼女って、誰?」
俺達の共通の知り合いの女子は井上ぐらいだし、別に俺達の間で最近話題にすることもない。何の話をしてんだ、こいつ?
「付き合ったんじゃなかったのか? 先日、下級生に好きだって言われていただろう?」
「へ?」
「先週」
先週って……
「……ああ!! って、何で知って……あ」
そこまで言ってから、こいつのGPSよりも性能のいい霊圧感知の能力があったことを思い出した。俺がどこにいるのかなんて、多分半径1キロ程度だったらお見通しなんだろう。
もしかして、俺が待ってた事も知ってて、それで帰らずに校内に居た事も気づいてて、見られないようにって場所移したけど、ばっちり見られてた……のか?
「見てたのかよ」
「………」
石田は無言で立ち上がったから、どうやら見ていたらしい……なんで、見たって言わねえんだ? そんなに俺のこと、どうでもいいって思ってたのか?
「遅くなってしまったね。僕は帰るよ」
読んでいた本を鞄の中に入れて、石田は立ち上がった。ほっといたらこいつは、俺を置いて一人でも帰るんだろう。
「待てよ石田!」
腕、捕まえてこっち向かせた……思ってたよりも細い腕で驚いた。
「何?」
こっちを向かせたけど、石田は顔を伏せたままで……どんな顔をしてんのかはいまいちよく見えなかったけど、でも……なんか、イライラしてる
「何でだよ」
「何が?」
「俺がなんで、付き合ったなんて思ったんだ?」
「可愛い子だったね。いいと思うよ」
何で、好きな奴からそんな言葉聞かなきゃなんねえの?
「ちゃんと、俺には好きな奴が居て、付き合ってるからって断った」
「……そう」
「俺、お前と付き合ってるんじゃねえのか?」
俺の勘違いだったのか? 俺がそうしたいならって、そんな返事だったけど、浮かれてたの俺だけかよ!
「黒崎……僕は……」
石田が、ようやく顔を上げた。顔を上げて、俺を見た。
俺を見て……
「石田?」
ずっと、その顔させたくねえって思ってたのに。
泣きそうな顔、してた。
俺、石田の済ました顔と、ちょっと上からの嘲笑的な顔と、この顔くらいしか知らない気がする……その中で、一番嫌いな顔。
見たくねえって思って、泣きそうな顔してて、泣きたいのに泣き方が解んなくて困惑しているような、そんな顔が見たくなくて……だから石田が、気になって
なのに……
「石田……ごめん」
嬉しいとか、思ってごめん。
だって俺の事で、こうなってくれたってことだろ? 見たくないって思ってたはずの顔なのに、今、すげえ嬉しい。俺が他のやつと付き合ったかもって思って不安になってたってことだろ? 俺の事どうでもいいってわけじゃなくて、不安になってくれたんだろ?
それって、俺の事、好きだって事で、いいんだろ?
「だって、僕だって……」
「……」
泣きそうな顔、でも泣けなくて困ったような顔してる。
石田の手が伸びて……俺に、触れてくれんのかと思った。石田から蹴られたりどつかれたりすることはよくあるけど、手で触ってもらうのは、多分今までで一度もないから……石田の白い手を見てたんだけど、その手は俺に伸びてきて、そのまま俺のシャツを握った。
握られてんのはシャツだったけど、掴まれてるように痛いって、そう思った。
「君が……君のことが、」
「…………」
「僕も、君が……」
「石田……何?」
言えよ。
聞きたい。
俺の事、どう思ってんのか、聞きたい。
俺は、石田が好きだって思う。だから一緒にいたいって思って、お前が俺のもんになったらいいなって思って、だから付き合ってほしいって思った。
でも、それだけじゃなくて、石田も俺のこと好きになってくれたらいいなって……好きだって……聞きたい。
だって、好きだってことだよな。
俺の事、考えて不安になったからそんな顔してくれたんだろ?
泣かせたいなんて思ったことない。でも、その顔が、嬉しくて……
聞きたい。
石田が俺の事どう思ってんのか、お前の口から聞きたい。
「僕だって、君と付き合ってると思ってたけど、あれ以来特になにも無いし、待ってるって言ったのに可愛い子に告白されてるし……あの時は変な物でも食べておかしかったのかなって、そう納得しようとしてたんだ!」
あ、好きだって聞けると思ったのに。なんだよ。肩透かし食らった。てか、
「なんだよそれ!」
なんで変なもん食って、お前に告白するんだよ。一世一代の勇気振り絞って、心臓潰れそうになりながら言ったのに、なんでそんな程度の出来事になってんだよ。
「好きだって言ったくせに、付き合ってるって言っても、今までと何にも変わらなかったじゃないか。友達として好意を持っているって意味だったんだってそう思ってもおかしくないだろう?」
確かに、触れなかったし、触ったら壊れそうだし、壊れたら怒られそうで……そんな気がした。脆くて、触ったらすぐに壊れそうな雰囲気がして……そんな気がしてたけど、実際生身で勝負したら、俺よりも強い石田が壊れるわけないんだけど。
「それは、お前が近寄るなってオーラ出してるからじゃねえか」
「なんだよそれ! 僕がいつ」
「いつも! 今も!」
「出してないよ。少しは二人になると緊張してるかもしれないけど、近寄るななんて思ってない!」
「緊張……って」
「悪いか?」
「いや……」
悪くない。むしろ……なんだよそれ。石田に睨まれて、普通だったらなんでこいつこんな怖い顔すんだろうって思ってるけど……すげえ可愛いとか……。
「それに、僕と一緒にいても、楽しそうじゃないだろ、いつも」
「は?」
楽しくないって、そう言ったか? そういった事あるか? ねえよな? 今日だって誘おうとしたの、断ったのそっちだろう?
「楽しくないって、何でだよ!」
「僕の家に来ても、雑誌読んでたり音楽聴いていたり、勉強してたりしてて、だったらわざわざ僕と一緒にいなくてもいいじゃないか」
「楽しいとかじゃなくて、お前と一緒にいたいんだって! 」
だから、付き合いたいって、そう思ったんだってことぐらい、何で解ってねえんだよ!
「君、解りにくい」
「どっちがだっ!」
あー、くそ。
すげえ、嬉しい。
嬉しくて、おかしくなりそう。
好きだって、その言葉じゃなくても、こいつが俺のこと考えて、そんなふうに思って、だから俺の事好きだって言ってんのとほとんど同義語だよな?
好きだった。
泣きそうな顔が嫌だった。
泣きたくても泣き方がわかんなくて困った顔が嫌だった。
そんな顔させないためには、俺がずっとそばにいてやればいいって結論は、俺が石田のこと気になってて、石田のことが好きだって、そう言う意味だった。俺がお前のこと好きで、俺の中ではそれだけで結構限界だったのに……
そっか。
嬉しい。
好きな奴に、同じ気持ち向けられると、こんなに嬉しい。
石田が俺の事想ってくれてるよりも、俺がこいつのこと大事にしたいって気持ちばっか先行してて、大事なこと見失ってた気がした。石田が俺のこと好きだったら嬉しいって思ったけど、その程度で、好きになって貰おうって努力したことなかったし、俺が一方的に好きだって気持ち押し付けてるだけだった。
ごめん。
大事にするって、そうじゃねえよな。泣かせたくないって思って、ただそれだけだったのに、情けないけどようやく、今気がついた。
おかしくなっちまったのは、俺だけじゃなくて俺の涙腺もだったようで、鼻の奥がツンとして目頭が熱くなった。
情けない顔、してる、絶対、俺。
見られたくないから、俺は石田の肩に俺の顔面押し付けた。
涙って、熱いもんだったらしい。石田の薄い肩に押し付けた目から零れた涙が、じわりとシャツに滲んで、それが俺の体温よりもだいぶ熱かったから……石田に、向けた気持ちがこんな温度なんだろうか……いや、きっともっと熱い。
「黒崎? 何で、泣いているんだ?」
石田が泣きそうな顔で、泣けないの、知ってた。感情の起伏は、たぶん、人一倍強くて、でも外に出し方解んない奴だって、だから……。
「るせ……」
「黒崎……泣くな」
俺のシャツを握っていた手が、少し離れて、でも俺の肩に躊躇いがちに置かれた。
俺が泣いてんのかと思って、オタオタしてんじゃねえ! 泣いてんだから、どうにかしろよ! さっさと慰めるなりなんなりすりゃいいだろうが!
「困ってねえで、てめえも泣けよ!」
「何でだよ! 僕のシャツで拭くなよ!」
いい加減に石田が俺の事慰めようともあやそうともしないから、自分からそうすることにした。
「黒崎……!」
石田のこと、抱きしめた。
石田の身体抱きしめて、ギュウギュウに抱きしめて、細い身体、折れそうだなって思ったけど……それよりも先に伝えたい。あんまり気持ちを言葉にの線の得意じゃねえから、こうやって伝わればいいなって思ったから、俺の気持ちのまま石田のことを抱きしめた。
「黒崎、苦しい」
「我慢しろ」
「だから苦しいって! 背骨を折る気か、君は!」
だから、そういう態度だからいつも触れないんじゃねえか!
「石田……お前が好きなの。言っただろ?」
「………聞いた」
ようやく、大人しくなった。さすがに苦しいって言われて、実際本気で全力で離さねえって力込めてたから、少しだけ腕の力は抜いたけど……離さねえって気持ちはそのまま腕に篭ってる。
こうやったら、こうやって石田に触れたら、ようやく俺の言葉、ちゃんと石田の耳に入るような気がした。
「ごめんな。不安にさせた?」
「……うるさい」
うるさいって、言われたけど、こんなに密着してるから心臓の音が聞こえる。すげえドキドキしてる。俺と同じくらいの早さで石田の心臓が動いてる。
「石田……」
俺の方が泣いてたのに、石田が慰めようとしてくんないから、俺が石田のこと抱きしめて、石田の頭撫でてたら、落ち着いてきた。
付き合ってくれって、そうやって俺の隣にいて欲しいって、俺の心が届く距離にいて欲しいってそう思ってたけど……俺、もっと欲張っていいかな。
「石田、俺、お前のこと好きだ」
「……っ」
石田は、声を詰まらせた。
声を詰まらせて、肩を震わせて……さっき俺のシャツ握ってた手は、俺の背中に回されて、石田は俺にしがみつくようにして……肩に押し付けられた顔から、じわりと熱いのが沁みた。
手が、震えてた。
石田が、泣いてた。
覚えてたんだ、泣き方。俺が、泣き方思い出させてやったんだって、そう思ったら嬉しい。
「だから、お前にも俺の事好きになってくれ」
「っ……うっ……」
涙、俺のシャツで拭いてんじゃねえよ。
「石田……」
泣きそうな顔見たくねえって思ってたのに。
こうやって、泣いてくれたのが、嬉しくてどうしようもない。
「返事は?」
「……君が、そう、思ったら……それでいい」
本当に、可愛くねえやつ。
俺が好きになってほしいって言ったら好きになってくれるってさ。
「じゃなくて。お前がどうしたいんだ?」
そうじゃなくて、石田は? お前は俺の事好きになりたいの? それは嫌なの? 俺が、じゃなくて、お前がどう思ってんのか、知りたい。
「好きじゃなかったら、付き合わない」
「それ、返事じゃねえ」
返事だけど、そうじゃなくて、
「僕はとっくに……ずっと前からだよ! 君なんかよりももっと前からだ! 悪かったな!」
………嘘、だろ?
「気がついた時には君が好きだった。君が好きだって言ってくれて、すごく嬉しくて、僕ひとりで浮かれてたよ! 君といると意識して、変な態度にならないように緊張して、僕ばっかりが君を好きで……それなのに、君は好きだって言ってからも、態度は何も変わらないし、可愛い子から告白されてるし」
いや、ちょっと待て。
どういうことだ? 俺の事、好きになってくれりゃ嬉しいって思ってただけだけど……まさか、俺の妄想のさらに上を行く石田の告白に、俺がついていかない。
「僕はきっと最初から君のことが好きだったんだ。気持ち悪いって思われたくないから、ずっと隠していたのに、それなのに、君が僕が好きだなんて言うから……何で僕に好きだなんて言ったんだろうって、思うの当然だろう? 付き合うって言っても、君はいつも通りだし、僕だって付き合うなんてどうしていいかわからないし、僕ばっかりこんなになってて、情けなくて……」
石田が、俺が気がつけなかっただけで、俺のこと好きだったって、ことだよな。しかもずっと前って、最初からって……全然、知らなかった。
いや、あの態度のどこをどうやったら俺が好きってことになるんだ? なんねえよな? 無理だよな。冷たい視線で、いっそ侮蔑を込めたような視線だし、近寄るなって雰囲気はいつもどおりだし……何でこいつ、こんなに解りにくいんだ?
「言えよ!」
「言えるかよ、そんな事!」
「言わねえと解んねえだろうが!」
「君だって何考えてるのか、僕には解らないから同じだろ!」
同じだって……お前だって解ってんじゃねえか。俺たちの共通点。
解りにくいって。
俺もあんまり言葉にすんの得意じゃねえほうだし、石田だって自分の気持ちを外に出すの苦手みたいだし。
でも、俺がお前に向けた好きだって気持ちも、お前が俺の事想っててくれる気持ちも共通してんだ。
だったらさ。
「なあ、これから話せよ」
「何をだよ」
「何でもいいや」
「例えば?」
「昨日何時に寝たかとか」
「必要ないだろ」
「必要なくてもだよ」
「………」
「少しずつ、好きなものとか、嫌いなものとか、少しずつでいいから、お前のこと知りたい」
■
石田んちで作ってもらった飯が、旨かった。いや、こいつ料理うまいからなんだってすげえ旨いけど、じゃがいもホクホクだったし、薄味だけどしっかり味が沁みてて、腹ん中が落ち着くような味してたから、言った。
「あ、これ。うまい」
「……そ」
そう言って石田は自分の食事に戻ろうとして……そして、石田が思い出したように慌てて付け加える。
「これ、安かったんだ」
「いくら?」
「320円」
「……へえ」
それが高いのか安いのかわかんねえ。そうか、安いのかって、けど、俺も慌てて付け加える。
「普通にいくらなの」
「昨日の夜遅くに行ったら半額になってたんだ。いつもは、この値段のを買うんだけど、だいたい百g110円くらいの」
そもそもこの煮物の材料のどれが? って、訊くの忘れた。けど、安かったんだ。そっか。
「いつもよりも美味しいだろ?」
いや、いつも旨いって思うし、味覚はそんなに敏感な方じゃない。
「旨い。お代わりある」
「ない」
「……そっか」
そろそろ食べ終わるから残念って思った。ないなら仕方ねえ。いつもこうやって飯タカってるから今日は米五キロ買ってきた。こんなに多いって言われたけど、最近コメの減りが早いってぼやいてたの知ってるし、原因は俺だって俺も解ってる。今度その320円を買ってきたら喜んでくれるかな。またこれ作ってくれるかな。
「……あ、今度は、もっと作るよ」
「今度……」
今度も、また作ってくれるらしい。
少しずつだけど、会話が増えてきた。
まだ、ぎこちないけど。
こうやって、少しずつだけど石田のことが解ってきた。まだまだ、難解でやっぱ解りにくいやつだって思うけど。
必要な事以外言うのが得意じゃない俺だったけど、自分の事を外に出すのが苦手な石田とは、こうやってどうでもいいところから、お互いを見つけていくしかないって思う。
「美味しい」
「……よかった」
あと、気付いたんだけど、俺、石田の泣きそうな顔が見たくないから気になってたんだけど、最近は、石田が笑った顔がもっと見たくて、だからこいつのこと好きだって思う。
笑った顔、時々見せてくれるようになった。
上から目線の馬鹿にしたような、こっちの神経逆撫でてくれるような笑顔は今までに何度も見たことあるけど、こうやって腹の中で感じた温かい温度が思わず表情に溢れちまったような、そんな笑顔、ようやく見せてくれるようになってきた。
その笑顔が、俺は好きで、もっと見たいって思うから……
「好き」
「そう。鶏肉、好きなんだ」
あ、そっか。320円は鶏肉か。
じゃ、なくて。
「石田が」
そう言ったら、表情はそのままで、石田は持ってた茶碗落とした……大事には至らなかったけど。
最近は、少しずつだけど、石田がこうやって感情を外に出すようになってきた。
今とか、顔が真っ赤。
少しずつでいいから、もっとお前のこと知りたい。
「君は……なんで、そう……食事中じゃないか」
食事中って、どう関係があるんだよ。
「必要だって思ったから」
今言いたいって思った。今俺の気持ち知ってほしいって思ったから言ってみた。
ただでさえ解りにくいんだから、少しずつでも伝えていかなきゃなんないって思う。石田も少しずつでいいから、教えてくれ。
今はまだほとんどが謎だけど、ずっとこうやって隣にいることができたら、少しずつお前のこと解っていけるって思う。
いつかは何も言わないでも、言葉も気持ちも、全部通じればいいなって。
今はまだ、だから俺の気持ちは言葉に置き換える努力を継続しようと思う。
今はまだ、石田の事よく解んないから、一緒に居なけりゃなんないけど、こいつが理解できる頃には、俺達が一緒に居るの当然だって思えるようになってりゃいいな。
お前と、同じ気持だったらいいなって思う。
「何があったって、俺がお前の横に居たいって、俺、そう思ってるから」
了
20130522
11500
一護を泣かせてみようって思ったらこうなった。確かに、一護もけっこうメンタル豆腐だよな。
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