早く帰る  






 大学に入って、一人で暮らせと家を追い出された黒崎は、家賃の折半との名目で僕と同居している。
 僕達の関係を考えれば、同棲って言った方がいいのかもしれないけれど、男二人じゃ誰がどう考えてもただの同居だ。僕も実際は同居のつもりでいる。友人には高校時代の友達とルームシェアをしていると言っているし、黒崎には黒崎の生活があるし、僕にだって僕の生活がある。すべてが同じ時間を共有しているわけではないのだし、プライベートは大事にしたいし、相手のプライベートも尊重しているつもりだ。だから、ルームシェアだ。

 家賃が折半になったおかげで、少し広い部屋を借りることができたし、家賃の負担額も減った。
 別の大学に通うけれど進んだ学部は同じだし、受講する講座も大して変わらないから、なかなかこの生活も重宝してる。黒崎のノートを借りて見ると、やはり同じような講義を取っていても、授業内容は大きく違っていて、知らない知識が増えて面白い。テスト前になると黒崎も僕に勉強を教えてくれと頼んでくる。
 家賃ばかりでなくメリットは大きい。

 僕には何の不満もない。


「あ、明日遅くなる」
「夕飯は要らないんだね?」
 食事は、僕が作るけど、片付けは黒崎。風呂を洗うのは黒崎で、ゴミ出しも黒崎。掃除は僕がすることが多くて、洗濯は当番制にしているけど、学生なのでテストが近くなるとどうしても溜まってしまう。食費も生活必需品も光熱費も折半。僕には何の問題も無い。
「残しといてくれたら食べるけど」
「一人分なら、わざわざ作らないよ」
 だから、黒崎がバイトだろうと、実験で泊まり込みだろうと、あまり気にならない。僕だって同じような生活をしている。黒崎は黒崎がしたいようにすればいい。一緒に住んでいても、僕は家事が好きだし、勉強も面白いし、僕も時々バイトをしているし、読みたい本も、作りたい服もある。
 僕は僕なりに充実した生活をしているから、黒崎は黒崎の生活を自由に楽しめばいいと思っている。


「悪い、ゼミの飲みで断れなくて、さ……」
「そうか、残念だな」
「え?」
「ティッシュがもう無いから買ってきてもらおうと思ったのに」
「え、もう無いの?」
「まだあるけど、少なくなったから。今度でいい」
 駅まで歩いて二十分くらいかかるけど、借りている部屋は、僕が使う駅にも行けるし、黒崎が使う駅にも自転車で行ける場所にある。黒崎の使う駅前にあるドラッグストアが安いから、日用品を買ってきてもらう事は多いけれど、飲み会なら、帰ってくるころにはもう店は閉まっているだろう。
「悪いな」
「構わないよ、楽しんできなね」

 別に謝る必要なんかどこにもないのに。黒崎は僕に気を使いすぎなんじゃないだろうか。僕は何も気にしてないのに。

「もしかしたら終電くらいになるかも」
「なら十二時過ぎるね。先に寝てるよ」

 僕は僕のリズムで生活をするから、そんな事をいちいち断る必要もないんだけど。


 ただ、この前一緒に行ったレンタル屋で黒崎が見たいって言って借りた映画の期限が明後日じゃなかったかな。僕は明日は遅くなるような実験も無いしバイトも入ってないから、見るなら明日だけど……僕も黒崎が見るなら一緒に見てもいいけど、自分から進んで見ようと思わないから、結局見ることなく返却で、無駄になったなと思う。

「ゼミの友人がさ、俺が来ると他のゼミの女もたくさん来るから、絶対来いって念押されちまって……」
「そう。ならキャンセルできないね」

 黒崎は、顔は怖いけどやっぱりカッコイイ部類だから、女の子にも人気はあるんだろう。黒崎を餌に女の子を釣りたい奴の気持ちも解らないでもない。


「……いいのか?」

「何が?」

 いいも悪いも、黒崎は黒崎の生活をしている。僕が口出すことじゃない。

「女が、いっぱい来るらしいぜ?」

「そう。華やかでいいね」

「……嫉妬、した?」



 …………ああ、そうか。

 恋人のたしなみとしては、ここは不安に感じる所なのか。

「別に、してないよ。楽しんできてね」

 する必要がない。
 黒崎からの気持ちはちゃんと受け止めている。裏返しの無い好意は、疑う余地もない。

「嫉妬しねえの?」
「しないよ」
「何で? 俺が俺を好きかもしれない女とかと飲みに行くんだぜ?」

 確かに黒崎の気持ちを疑わなくても、黒崎に行為を持つ女の子が黒崎に媚びる姿を見てしまえば不快に思うかもしれないが、残念ながら、僕は君を信じてるからね。だから

「しないよ」

 君は君で好きなようにしていればいい。

「本当に?」

 尚も、黒崎は食い下がってくる……のは、一体何なんだよ。嫉妬なんてわざわざしないから、好きに遊べばいいじゃないか。僕だって面倒だからほとんど断ってるけど、飲み会くらい参加したことあるよ! 女の子だっていたよ!
 何でそんなにしつこいんだ?

「じゃあ、嫉妬してるでいいよ。嫌だから早く切り上げて帰って来てね」

 別に、してないけど。
 なんか、僕に嫉妬させたいみたいだ。



「そっかぁ。石田は嫉妬してんのか……」


 何だ、そのだらしのない顔は……。

 顔の筋肉緩みきってる……。

 嫉妬とかって……もしかしてこの男、束縛されたい欲求でもあったのか? いや、そんな事をする僕の方が想像できないけれど。

 別に、嫉妬なんかしてるつもりはないけど、そんな必要ないことぐらいよく解っているのに……黒崎がやけに嬉しそうなのが、可愛いだなんて思った。


「十二時過ぎるならメールでいいから連絡入れてくれ」
「ああ」
「あんまり飲みすぎないでくれよ。酒臭かったら布団に入れないからな」
「おう」

 ほら、そうやってどうせ僕のところに帰って来るんだろ?

「あんまり僕以外の奴と仲良くしないでくれよ」
「……石田」

 黒崎は僕を苦しいくらいに抱きしめて、顔を僕の頭に擦り付けてくる。なんか本当に大きな動物にじゃれ付かれているみたいで、思わず可愛かったから黒崎の頭を撫でると、僕の身体に回された腕にもっと力が入ってきて、ちょっと苦しかったけど可愛いから許す。

「ん……早く帰る」

 こんなに可愛いなら、たまには嫉妬して我が儘なふりをしてみるのも悪くはない気がした。










 次の日、黒崎が飲み会だって言うから、僕は僕で友人が休んだ授業のノート写してるのを見ながらちょっと解説もして、その後学校近くの安い定食屋でカツ丼をおごらせて、少し話してから帰った時には、既に風呂まで入り終わって借りてたDVD見ながら無茶苦茶機嫌が悪い黒崎が待っていた……。







20130402
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