何で、居るんだろ、コイツ……って、俺は心底からそう思った。
一浪して死ぬ気でガリ勉してなんとか、やっとの思いで第一志望の大学に合格して、青春ていうキャンパスライフを楽しんでいたら、同じゼミに、高校の後輩がいた……。
それって、そりゃ大人になっちまえば一歳ぐらいの差は大したことないんだろうけど、学生の一年って結構絶対的な超えられない壁があって、後輩って言うとつまり俺が先輩なわけで、先輩っていうのは偉くなきゃいけないわけで……んでも、後輩が、居て、けっこう気まずい。
って言っても、あっちはどうせ、こっちの顔なんか知らないだろうけど。後輩って言っても、俺は人学年に四百人単位でいたんだ、学年も部活も委員会も何もかも接点がない俺の事なんか、あっちが覚えてるはずがないから、まあそれはいいことだと思っている。
でも、俺はコイツのことを知っている。
なんだかヤケに目立つ奴だった。一年の時から、目立ってた。溌剌として明るくて活発と、正反対の意味で目立ってた。学年主席で、頭が良くて、いかにもお坊ちゃんって、そんなタイプ。付き合いにくそうで、いつも一人でいた所しか、俺は見たことがない。そんで、ほとんど友達なんか居なさそうなのに、どんな手を使ったか生徒会長とかで。
見るからに、頭が良いですって顔で、馬鹿は嫌いだって、そんな雰囲気でバリア作って、勉強できない奴を見下してるような、そんなイメージだった。
この大学には当然のごとく首席で入学。
万点で合格って新入生はこの広いキャンパス内でもかなりの噂になった。つまり、もっとレベル高い大学だって選び放題だったんじゃないのかって? 何で居るんだろう。
しかも、俺と同じゼミに……。
しかも! せっかくゼミコンで、ちょっと気になる子がいて、チャンスだって思ってたのに、なんで隣に座るんだよ。野郎はお断りだって! 隣は数少ない女のコがいいのに。
今までに何回かあった飲みにも全部来なかったのに、何でわざわざ来るんだよ。
済ました顔して、いかにも頭がいいですって言いふらしてるような顔つきで、取っ付きにくそうなオーラ出力全開で……誰が呼んだんだよ!
この石田雨竜ってやつを!
「石田君が来てくれるなんて思わなかったーっ」
「ね。今まで全然来てくれなかったし」
とか、気になる子は友達と嬉しそうに石田に喋りかけた……声が、違うんだけど……。
俺とも仲良くしてくれてるはずなのに、明らかに石田に向ける声の方が高いんだけど……地味に凹む。
「ああ、ごめんね。今月は比較的金銭的に余裕があったから」
「えー、貧乏なの?」
あ、そう言うこと訊けるんだ、さすがは無礼講。
「貧乏だよ。実家暮らしじゃないからね」
貧乏って……そうなのか?
いや、だって、なんか見るからにお坊ちゃん育ちってイメージだぞ、高校の頃から。何処其処のブランドの服しか着たことありませんて顔してるぞ? 有機栽培野菜じゃないと食べれませんって顔してるぞ?
「男の子の一人暮らしじゃ、ご飯とか大変そうだね。栄養片寄っちゃわない?」
なんだ。この子、石田の事狙ってるのか。きっと、私が今度作りに行ってあげようかって、流れを作ろうとしているに違いない。ちくしょー、いいなー。俺もこの子も可愛いって思ってんのに。
その隣の子も、ずっと石田の事見てる。
まあ……確かに整った顔してるよな。
顔がいいのもモテポイントだけど、でも結局、中味だぞ。喋ってもつまらなそうじゃないか、こいつ。付き合っても、すぐ飽きるぞ!
「高校の時から一人暮らしだから、大丈夫だよ。それに、料理は得意なんだ」
「えっ?」
ムカついてるから話しかけてやんねえって思ってたのに、うっかり隣で驚いちまった。
「ん?」
「あ、いや……へえ。すげえなって思って」
……でも、意外だ。石田雨竜、男子厨房に入らずって家訓が厳守されてるような育ち方してるように見えるぞ。
でも、彼女には悪いとは思うけど、ざまあみろ、だな。料理を作ってあげようか? 的な流れにはならなかったな。その作戦は失敗に終わりました。ほら、男はほかにもいるぞ?
「すごーい! 私は料理あんまり上手じゃないんだ。今度教えてよ!」
すげ、……急遽作戦変更したっ!
顔色変えずに、女ってこれだから……今度教えてもらうために石田君ちに遊びに行ってもいーい? ってな方向に持ってくつもりだろ!?
「いいよ。何が良い? 今度レシピ書いてきてあげるよ」
石田も、一筋縄ではいかない。家に呼ぶ気はさらさらございませんって返しやがった!
……もしや、これは天然なのか?
だって、普通だったら、一人暮らししてるって言うのは、今度君の作ったご飯が食べたいって流れにならないか?
こんな可愛い女子からの熱視線をどうやってスルーできるんだ、こいつ? やっぱり世間慣れしてないから、お坊ちゃん育ちなのか?
「ねえ、今度石田くんが作ったご飯が食べたいな」
うわ、直球来たぞ! 変化球も通じない相手にはこのくらいの直球じゃないと。
ご飯作ってよ、おうちに遊びに行ってもいいでしょ? って、つまりそう言う意味だよな?
これじゃ、いい加減、石田もこれで気づくんだろう。
可愛い女の子の誘いに、この堅物そうな男が、どう答えるか……俺の中で結構な見ものだ。
「いいよ。僕いつもお弁当作ってきてるから、今度少しあげるよ」
それでもスルー……って、おい。
こいつ、どんだけ対女の子スキルが足りないんだ? 高校で見たことがある程度の知り合いの石田は、こんなに空気が読めない奴だったんだ。
でも、大学生男子が手作り弁当持参かよ。これが最近流行りの料理男子か? いや、確かこいつ手芸部だった。調理部じゃないけど……もしかして、趣味は家事なのか? とか、ツッコみたい、色々……あって、他にも聞いてみたいこともあって……神秘のヴェールに包まれてるような石田の化けの皮が、今少し剥がれたような、そんな気がした。
つまり、なんか、石田って意外と、いじり甲斐ありそうって、そう言う意味。
知らなかったけど、なかなか面白そうな奴。
もしかして、話したらなかなか話せる奴なんじゃないのか? 意外と友達になれるかもしんない。
俺、高校で見た時から、ずっと苦手だとか思ってて悪かった! 絶対人種が違うっていうか、むしろ宇宙人じゃねえのとか思ってて悪かった! 意外と面白い奴なんだな!
「ねえ石田くん。今度、遊びにいっていい?」
すげ! 直球も通じない場合は、今度はタックルか? 女子すげ!
いい加減諦めろよ。って言いたいのはきっと俺だけじゃないはず。石田と女子の様子を楽しそうに談笑しながら他の奴らも酒を飲みつつ固唾を飲んで見守ってるのは、気配でわかる。俺の空気読みスキルを馬鹿にしちゃいけねえ。中学時代の俺のあだ名は「ぱしり」だ! ……黒歴史。
「ごめんね。今は友達と同居してるから。誰かを呼ぶわけにはいかないんだ」
「え?」
友達……って……。
友達、いんのか? こいつに??
いや、今隣で話聞いてて、高校の時に思ってたよりも、なんか意外と、話しやすい奴かもしんないって思ったけど……氷みたいなAKフィールド(あっち行ってこっち来ないでフィールド)張ってるような奴と同居、とか無理。胃とか心臓に穴が開きそうだ。
だから、友達……すげえ、って今、思った。友達誰だ? どんだけ気の利くやつなんだ? こんな神経質そうな奴と一緒に暮らせるって……友達ってことは男だろ? それとももう女子連れ込んで同棲してるってことなのか? いや、それにしたって、女子だろうと、この石田と一緒に暮らせる奴って……そう考えると、すげえな。
同居して良いって思えるくらいの友人が石田に居たことがまずびっくりだ。一番最初はそこだ。
って、驚いて、隣の石田の顔を見たら、なんか、赤い。
「あれ? 石田、もう酔ったの?」
「あ、うん。僕あんまりお酒得意じゃないから」
「先に言えよ。ウーロン茶頼むぞ」
「ありがとう、佐藤さん」
あ、こいつ、他人の事一切興味ないって顔してたけど、俺の名前ぐらい知ってんだ。
なんか、少し驚いた。
驚いて、それが顔に出ちまったんだろうか。
「佐藤さん……卓球部の副部長だったよね」
「…………」
こいつ……知ってたのかよ。
やばい、なんか、嬉しいとか今思ったぞ。
「へえ。卓球部だったんだ! あたしもーっ!」
って……やった!
彼女の興味がこっちに向いたぞ! 石田! ナイスプレイだ! さんきゅー! 今度なんか奢る!
彼女との会話はやたらと盛り上がって、彼女も副部長だったりで、もう、話が弾むのなんのって! 部活キツかったー? 顧問は? 上下関係厳しかった? 大会出た? どこまでいった?
有り難う、石田。今まで妙な付き合い悪そうな奴とか思ってて悪かった! 本当に今度なんか奢る! 一番高いやつでもいい! 俺もあんま金ないから、学食でよければ、だけど。
その石田はさっき運ばれてきたウーロン茶を飲みながら、何だかフラフラしてきて……もしかして……やばい、かな? てか、水みたいな酎ハイ一杯で酔えるってなんて経済的な奴なんだ……。
「石田、大丈夫?」
肘で石田をつつくと、トロリとした目を向けられた……っっって、いや、ないないないない!
今、一瞬だけど、俺のセンサーが反応仕掛けたのは、絶対になんかの間違いだ!
男の癖に色っぽいとかありえないだろ? しかも石田のくせに、ありえねえだろうが!
落ち着け、心臓!
「おい、石田? 気持ち悪いなら……」
って、言いかけた時に、俺の肩を掴んで押し退けた奴が居る……
「何だよ!」
結構な力で、けっこう痛かったから、普通にムカついて、怒鳴り付けたら……。
凍った。
「あ、すんません。コイツ持って帰っていい?」
オレンジ色の髪の毛……で、この凶悪な人相……。
黒崎……だ!
間違いない!
この髪の毛の色も目付きの悪さも、ちゃんと覚えてるぞ! 俺は友達とふざけて走ってた時に廊下でこのオレンジ頭とぶつかって、そんで睨まれて、言葉じゃあっちから謝って来たけど、腹の底では、三倍返しにしてやろうかって思ってるような目で睨まれて心臓が凍りそうになったことがある。
俺の高校一帯でその名を轟かせた伝説級の喧嘩番長!
が、何で! ここにっ!
いや、大学同じだけど。石田以上に大学校内で、このオレンジ色の頭を見つけた時は冷や汗かいたけど……。
でも、学部は同じだけど、ゼミは違うのに……何でここに?
「あ、黒崎君」
「よう。この前授業で消しゴム貸してくれた奴だっけ?」
「違うよ。どうしたの?」
彼女は、また俺の時とは違う、石田に向けたような声を出した……いかにも私は女の子ですと主張するような喋り方は、結局限定イケメンなんだろうか。黒崎の顔は怖いけど、それなりにいい顔をしてるくらいの事は、俺だって解ってる。怖いけど。
「あー、いや。ちょっと」
黒崎ははにかんだ笑顔を曖昧に浮かべて、ちょっとって曖昧に返事をした。
んで、石田に向かう。
「石田、酒飲むなって言ったろ?」
「……黒崎?」
「お前、本当に弱いんだから、最初っから酒飲むんじゃねえよ」
「僕は来なくていいって言った」
「弱いんだから無理すんな」
「悪かったな」
「ほら、帰るぞ。歩けるか?」
「……うん」
ふらりと、石田と黒崎が立ち上がる。黒崎が石田の腕を肩にかけて、軽く持ち上げる……のを、俺達は、呆気に取られて見てる。
なんなんだ、コイツら。
え、石田と黒崎だろ?
どこにどんな接点があんの?
確かに黒崎も石田も俺と同じ高校の後輩で、もしかしたら同じクラスだった可能性もあるけど……って、もしかして。
友達と同居してるってまさか黒崎の事か?
どっちも、高校じゃかなりの有名人だったけど、何がどうあっても友達になりそうな奴じゃないだろ、お互い?
石田は、黒崎に支えられて、帰っていった……けど。
あいつら、どんな関係? 仲良かったのか?
とりあえず、今度、石田に話しかけるネタができた。
了
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