「……どうしたんだ、黒崎」
うとうとと、しかけた時に、ドアの向こう側に黒崎の気配がしたから、僕は慌てて飛び起きてしまった。こんな強い霊圧は、僕の安眠にはどうやらダメージが大きい。
寒いけれど、扉を開くと、そこには黒崎がいた。
どうしたの、なんて訊いたけど、それは下手な質問だったかもしれない。
ずぶ濡れ。霊体のまま……ああ、雨が降ってる。夜半から朝にかけて雨が降るって予報は、その通り、今は土砂降りだ……こんなに寒いのに……霊体だと、寒くないのかな。
虚が出たことには、当然気がついていた。でもその霊圧は強くなかった。黒崎ならば本の一瞬で方が付くだろうと、僕もそう思っていた。そして、黒崎の霊圧を感じて……虚は、すぐに消えた。僕の予想通り、たぶん黒崎が駆けつけて、一撃で倒したのだろう。
僕は、動かなかった。
僕の出る幕はないし、明日は学校がある。すぐに黒崎も帰って寝る以外、他に何もないと思ったから。僕も袖を通しかけた服を脱いで、さっきまで着ていたパジャマに着替え直してすぐにベッドに戻った。そして、布団に入ってから……。
おかしなことに気が付いた。
黒崎が、動かない。
虚は、倒したのに。この街程度の範囲ならば、探知できる。僕の家から南に一キロほどの、住宅街だった。そこから、黒崎は動かなかった。魂葬に、手間取っているのだろうか、それとも、他に霊がいて、何か話でもしているのだろうか。
そこまではさすがに解らなかったけれど……でも、虚はもういない。
他に危険な気配もない。
だから、大丈夫だと思って……僕は布団の中で眠りに落ちかけた時に……黒崎が来た。
だからつまり……全然、大丈夫じゃなかったんだ……。
僕はずっと虚を倒すために、虚を殺すことができる滅却師として生きてきた。僕は何も変わらない、僕はどれだけ虚を殺しても、何があっても滅却師のままだ。
でも、黒崎はずっと人間だったんだ。少し霊力が強いだけで、霊が見えることができる程度で、ずっと人間だったんだから、突然手に入れた力に戸惑っても仕方がないと、僕はそう思った。
死神は虚を倒すことはできるが、殺すわけじゃない。
僕は、殺すための力だ。
今までに、何体もの、何百という魂を殺してきたんだ。
だから、黒崎の気持ちはきっと僕は理解してやることができるだろうって、僕はそう考えた。
珍しく元気がないなって、そう思った時に僕は黒崎に言った。
『辛いことがあったら、僕のところにおいで。僕なら君の重さ、半分くらいなら持って上げられるくらい僕は強いから』
そう、言った。
僕はそう言ったことで、黒崎の弱みを握ったようなつもりにでもなったんだろうか。
そして、黒崎は僕に義理立ててくれたんだろうか。
嫌なことがあって、きっと辛いことがあって、それでわざわざ僕のところに来た。それで僕の言葉を思い出してやったとでも思いたかったんだろうか。早く帰って寝ればいいのに。
学校で、喧嘩したばかりなのに。
先日の虚は、今日の虚とは比べ物にならないほど強かった。まだ深夜にはならない程度の夜、最初に気がついた僕がそこに行って、黒崎も遅れて来て……二人で、なんとか勝てた。僕が囮になって、その隙に黒崎が斬った。
その時に作ってしまった怪我は、まだ癒えていない。
そんなにひどい怪我じゃないけれど、一年くらいは、その痕が皮膚に沈着してしまうだろうと、その程度には傷は深かった。血もたくさん出て……その怪我に、黒崎は、すごく怒った。冷静に考えれば、僕が言っていることの方が正しい。どちらかが囮として隙を作り、その瞬間を狙って倒す。作戦としては妥当だった。外皮が硬い虚だったから、僕の攻撃よりも、黒崎の斬撃の方がダメージを与えることができるだろうと、そう思っただけだ。
そして、僕は情けないことに虚の攻撃で怪我をしてしまったけれど、ちゃんと黒崎が虚を倒した。
それで僕は満足していたけれど、黒崎はとても怒った。
怪我はしてしまったけれど、だからといって致命傷になるほどの怪我でもない。痛くないわけでもないけれど、この怪我で死ぬわけじゃない。痛いだけだ。早く虚を倒してしまわないと、怪我じゃすまない人が現れてしまう。黒崎なんか霊体だって死んでしまえば、本当に死んでしまうのに、いつも自分の怪我なんて痛みなんて知らないって、そんな戦い方ばかりしているのに……。
僕は、黒崎に怒鳴られた。
僕は自分が正しいと思った行動しかしていない。
喧嘩なんて、どうせいつものことだ。
それから、黒崎とは口をきいていない。
だから、今日も、小さな霊圧だったけれど、いつもだったらそれでも僕はそこに行っていたけれど……黒崎の力を信頼しているという口実を使って、本当は黒崎に会いたくなかったんだ。教室にいても、喋らなければそこにいるだけのただの他人で済むけれど……死神として、滅却師として、虚を倒す者として、その場で会うことになるのならば……
だから、行きたくなかった。
だから、行かなかった。
「石田……」
「あがりなよ。いくら霊体でも、ずぶ濡れだと本当に幽霊みたいだよ」
「……」
「用があるなら早く上がれ。誰かが見たら、僕が不審者だろ?」
誰かが見たら、死神は見えない。僕は身体があるから、こんな夜中に誰もいない外に向かって話しかけている僕は、可哀想な人に見えてしまうかもしれないから、そう思う誰かが来る前に、早く入ってくれって言って笑ったら、ようやく黒崎は、僕の後を着いて、僕の部屋の中に入った。
扉が締まる。
本当は……帰れって言いたかった。
だって、また怒られると思った。
喧嘩なんて、僕と黒崎なんだ。顔を合わせれば、それが日常だ。
僕は優しい言葉を選べるような性格をしていない。黒崎だって口数は少ないし、それに言葉を選ぶようなこともしない。
喧嘩なら、いいんだ。いつもだから。
でも、一方的に怒鳴られて、怒られて……あれじゃあ、僕が悪いみたいじゃないか。
僕が怪我をして、黒崎に心配をさせてしまった。それは悪いと思ったけれど……でも、僕達がすべきことを考えたら、僕が正しいのに……。
本当に、本気で怒られた。
僕が怪我をして、僕が怒られて……本当は君の顔なんて見たくもないのに。
でも、黒崎が、ここに来たから仕方がない。
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20130209
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