「石田!」
「あ、黒崎?」
俺に気付いて顔を上げた石田の顔が、赤い……のか、青いのか。一言では言い表せないような表情をしていた。
一緒にいた女の子は、居なかった。
もう、石田しか、居なかった……けど、
「もしかして、今の……見られちゃったかな」
「………」
気まずそうに、そんな事を言う石田を見て……何て言おうと思ってたのか、すっ飛んだ。
あんな場面に突然突撃されたって、そりゃ石田だって気まずいんだろう。
けど、あの子だって、勇気出したんだ。俺だって……。俺は男だけど、彼女は女子だけど、それでも彼女は石田とは無関係の子で、俺は石田の抱えてるもんも全美知ってるつもりだ。同性だってマイナスがあっても、そのくらいはあの子よりも優位に立ってる自信はある。
言わなきゃ、だって、俺だって……
だって、俺の方がお前の事、好きだ。他のやつより、どんなやつよりも、俺の方がお前を笑わせてやる自信あるから。
だから……
「今の子にさ……」
苦笑しながら、石田は少し顔を赤くした。
今の女子に、どうせ告白されたんだろ? 好きだって言われたんだろ?
誰が見たって、会話なんて聞こえてなくたってそのくらい、誰にでもわかる。
でもそれ、嫌だから。
俺、絶対嫌だから。
そりゃ、断ったんだろうけど。オッケーしたら、まだ女子は居ただろうから、石田だってもっと顔を明るくして、もうちょっと上を見てたんだろうから……だから石田は断ったんだろうけど、それでも嫌だった。もう石田しかいないって事は、つまりきっとあの女子は石田に振られたんだろう。うまくいってるんだったら、まだ一緒にいたはずなんだ……だから、良かった……って、相手の不幸なのに、石田が誰のもんでもないなら……俺のもんでないなら、誰のもんでもあって欲しくねえから、良かった。
他の奴が、俺以外が石田の事好きなの、嫌だった。石田が俺以外のやつの事好きだなんて思うの嫌だった。
石田が、俺のじゃなきゃ
「黒崎……ウケとセメって何?」
「は?」
石田が言ったのは、俺の予想外の言葉。
は? ウケ?
「今の子に、やっぱり僕がウケなのかって訊かれた……かなり真剣だったから、何かと思ったけど……僕は、何て答えれば良かったんだ?」
「……えっと」
ウケとセメって、アレだろ? ヤル時にウケってのが、女役で、セメってのが男役って事だろ? 知ってるわけじゃねえけど、女ドモの噂話、耳に挟む限り、そんな意味だと思うけど。
「何だろう……もう、疲れた」
石田は吐き捨てるような、溜め息を盛大に吐いた。
気持ちは、わかる。石田と同じレベルで、俺も当事者だから、よくわかる。
「なあ、黒崎。知っているか? 毎日僕達は学校のどこかでキスしてるんだってさ。なんだよそれ、七不思議かよ」
それ、俺も一昨日聞いたわ。
「僕達は保健室と放課後の教室でセックスした事あるんだってさ。僕は縛られたりして興奮する性癖があるらしいよ。黒崎もほとんど毎日僕の尻の穴に入れて中に射精してるらしいね!」
「………石田、ちょっと落ち着けよ」
それ、本当にしたいけど、ちょっと待てお前落ち着け。
石田の口から在らぬ言葉が出た気がする。素面じゃ、言わねえだろ、そんな事。てか、シャセイって……いや、言語にはあるけど、お前の口から出る言葉じゃねえだろ!
にしても、どんな事になってんだ! 俺が聞いた以上のことじゃねえか?
「それに君はかなり束縛癖があって、僕が誰かと話してると怒るんだってね。僕はそれが嬉しくて、色んな奴と浮気してるんだって知っているか? だってそもその君と僕は付き合っても居ないのにだよ?」
「………」
意外と石田は地獄耳で、クラスの誰とも話してなくても、いっつも本読んでるフリしてても、いや本も読んでるんだろうけど、情報も聞いてたりする。そう言えば、耳に入っちゃうんだって言ってた。
俺は隣の女子が何話しててもほとんど聞いてねえけど、石田は聞こえちまうらしいから……けっこうな拷問かもしんないけど。
俺が、言い淀んでる間に、石田は一つ、内蔵まで吐きそうな深い溜め息を吐いた。
「まだ女の子とも付き合った事無いのに、いくら噂だって、何で僕が君以外にも男に突っ込まれなきゃならないんだよっ!」
…………。
「もう、疲れた。もう嫌だ。もう君は僕に話しかけないでくれないか?」
……って、
「おい!」
話しかけんなって、何だよ!
何でだよ!
嫌うなよ! 俺の事、嫌いになんなよ!
他人のせいで、何で嫌われなきゃなんねえんだよ!
「石田っ!」
そんなの、嫌だ。
石田を引き止めたくて、噂なんかじゃなくて……噂だから、どうだっていいって。
「黒崎っ!」
咄嗟に、石田の肩を掴んで、引き寄せる。
バランスを崩した石田を抱き止めて、腕の中に閉じ込めた。
細い、肩を……引き寄せたら、思いの外、力が強かったようで、石田が俺の胸に顔を埋めた……。
俺は、離せなかった。石田のこと、少しでも遠くになんか行かせたくなかった。
そのまま、石田の事、両腕で抱き締めた。
だって、離せなかった。
もう、話しかけんなって……そんな事……言わないでくれよ。
俺の胸が潰れちまう。
避けんなよ。
関係ねえだろ? 他人なんか関係ねえだろっ!
誰の目があっても、結局俺とお前だろうが。
他人が何したって、関係ねえ。
「石田……」
だから話しかけんななんて、そんな事言うなよ!
「黒崎っ! 離せっ」
どんと胸を押されて、突き飛ばされた俺は石田の顔を見た。
石田は真っ赤になってた。
目が、潤んで赤くなってた。
んで、俺が何しようとしてたのか、自覚して、愕然とした。
「あ……悪い」
突き飛ばされた……俺……石田が嫌がること、した……。
今泣きそうな目で俺を睨んでた………
「………黒崎の、馬鹿」
一言、呟くようにそう言うと、石田は走って……行ってしまった。追いかけようと思ったけど……きっと、追いつけない。
それに、情けねえことに、俺の足が震えてて、きっとうまく走れない。
もしかして………嫌われた、のか?
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20121224
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