【ラジカル】 10 








「石田!」
「あ、黒崎?」

 俺に気付いて顔を上げた石田の顔が、赤い……のか、青いのか。一言では言い表せないような表情をしていた。
 一緒にいた女の子は、居なかった。
 もう、石田しか、居なかった……けど、



「もしかして、今の……見られちゃったかな」

「………」


 気まずそうに、そんな事を言う石田を見て……何て言おうと思ってたのか、すっ飛んだ。
 あんな場面に突然突撃されたって、そりゃ石田だって気まずいんだろう。

 けど、あの子だって、勇気出したんだ。俺だって……。俺は男だけど、彼女は女子だけど、それでも彼女は石田とは無関係の子で、俺は石田の抱えてるもんも全美知ってるつもりだ。同性だってマイナスがあっても、そのくらいはあの子よりも優位に立ってる自信はある。
 言わなきゃ、だって、俺だって……

 だって、俺の方がお前の事、好きだ。他のやつより、どんなやつよりも、俺の方がお前を笑わせてやる自信あるから。

 だから……



「今の子にさ……」

 苦笑しながら、石田は少し顔を赤くした。


 今の女子に、どうせ告白されたんだろ? 好きだって言われたんだろ?
 誰が見たって、会話なんて聞こえてなくたってそのくらい、誰にでもわかる。


 でもそれ、嫌だから。
 俺、絶対嫌だから。

 そりゃ、断ったんだろうけど。オッケーしたら、まだ女子は居ただろうから、石田だってもっと顔を明るくして、もうちょっと上を見てたんだろうから……だから石田は断ったんだろうけど、それでも嫌だった。もう石田しかいないって事は、つまりきっとあの女子は石田に振られたんだろう。うまくいってるんだったら、まだ一緒にいたはずなんだ……だから、良かった……って、相手の不幸なのに、石田が誰のもんでもないなら……俺のもんでないなら、誰のもんでもあって欲しくねえから、良かった。

 他の奴が、俺以外が石田の事好きなの、嫌だった。石田が俺以外のやつの事好きだなんて思うの嫌だった。

 石田が、俺のじゃなきゃ







「黒崎……ウケとセメって何?」


「は?」





 石田が言ったのは、俺の予想外の言葉。

 は? ウケ?


「今の子に、やっぱり僕がウケなのかって訊かれた……かなり真剣だったから、何かと思ったけど……僕は、何て答えれば良かったんだ?」

「……えっと」



 ウケとセメって、アレだろ? ヤル時にウケってのが、女役で、セメってのが男役って事だろ? 知ってるわけじゃねえけど、女ドモの噂話、耳に挟む限り、そんな意味だと思うけど。





「何だろう……もう、疲れた」


 石田は吐き捨てるような、溜め息を盛大に吐いた。
 気持ちは、わかる。石田と同じレベルで、俺も当事者だから、よくわかる。



「なあ、黒崎。知っているか? 毎日僕達は学校のどこかでキスしてるんだってさ。なんだよそれ、七不思議かよ」

 それ、俺も一昨日聞いたわ。

「僕達は保健室と放課後の教室でセックスした事あるんだってさ。僕は縛られたりして興奮する性癖があるらしいよ。黒崎もほとんど毎日僕の尻の穴に入れて中に射精してるらしいね!」

「………石田、ちょっと落ち着けよ」

 それ、本当にしたいけど、ちょっと待てお前落ち着け。
 石田の口から在らぬ言葉が出た気がする。素面じゃ、言わねえだろ、そんな事。てか、シャセイって……いや、言語にはあるけど、お前の口から出る言葉じゃねえだろ!

 にしても、どんな事になってんだ! 俺が聞いた以上のことじゃねえか?


「それに君はかなり束縛癖があって、僕が誰かと話してると怒るんだってね。僕はそれが嬉しくて、色んな奴と浮気してるんだって知っているか? だってそもその君と僕は付き合っても居ないのにだよ?」
「………」

 意外と石田は地獄耳で、クラスの誰とも話してなくても、いっつも本読んでるフリしてても、いや本も読んでるんだろうけど、情報も聞いてたりする。そう言えば、耳に入っちゃうんだって言ってた。
 俺は隣の女子が何話しててもほとんど聞いてねえけど、石田は聞こえちまうらしいから……けっこうな拷問かもしんないけど。



 俺が、言い淀んでる間に、石田は一つ、内蔵まで吐きそうな深い溜め息を吐いた。


「まだ女の子とも付き合った事無いのに、いくら噂だって、何で僕が君以外にも男に突っ込まれなきゃならないんだよっ!」


 …………。



「もう、疲れた。もう嫌だ。もう君は僕に話しかけないでくれないか?」




 ……って、


「おい!」



 話しかけんなって、何だよ!


 何でだよ!

 嫌うなよ! 俺の事、嫌いになんなよ!


 他人のせいで、何で嫌われなきゃなんねえんだよ!




「石田っ!」


 そんなの、嫌だ。



 石田を引き止めたくて、噂なんかじゃなくて……噂だから、どうだっていいって。

「黒崎っ!」
 咄嗟に、石田の肩を掴んで、引き寄せる。

 バランスを崩した石田を抱き止めて、腕の中に閉じ込めた。


 細い、肩を……引き寄せたら、思いの外、力が強かったようで、石田が俺の胸に顔を埋めた……。


 俺は、離せなかった。石田のこと、少しでも遠くになんか行かせたくなかった。



 そのまま、石田の事、両腕で抱き締めた。
 だって、離せなかった。


 もう、話しかけんなって……そんな事……言わないでくれよ。


 俺の胸が潰れちまう。


 避けんなよ。
 関係ねえだろ? 他人なんか関係ねえだろっ!
 誰の目があっても、結局俺とお前だろうが。

 他人が何したって、関係ねえ。




「石田……」

 だから話しかけんななんて、そんな事言うなよ!




「黒崎っ! 離せっ」



 どんと胸を押されて、突き飛ばされた俺は石田の顔を見た。



 石田は真っ赤になってた。

 目が、潤んで赤くなってた。

 んで、俺が何しようとしてたのか、自覚して、愕然とした。

「あ……悪い」

 突き飛ばされた……俺……石田が嫌がること、した……。



 今泣きそうな目で俺を睨んでた………




「………黒崎の、馬鹿」






 一言、呟くようにそう言うと、石田は走って……行ってしまった。追いかけようと思ったけど……きっと、追いつけない。
 それに、情けねえことに、俺の足が震えてて、きっとうまく走れない。







 もしかして………嫌われた、のか?








20121224