ある日突然、なんか大変な事になってた……本当に、ある日突然だ。なんの前触れもなく、唐突に。
日曜日に家に帰って、月曜日になって、朝、学校に行って教室に入ろうとしたら……なんだか女子がすげえ、たまってる。廊下にも……見たことねえから他のクラスなんだろうけど……何かあったのかと思いながら席に着いた。
何やら視線がブスブスと俺の顔に突き刺さる。教室中の女子がこっち見てる気がする。もちろん廊下の奴らも全員揃って俺を見てる気がする……けど。
何だ、これ?
明らかに女子の群れは俺を見てるよな? 俺だよな?
俺が何かしたか?
何だ? 何があったんだ? 別にいつも通りで、特に何もしてねえ。
気になって、廊下に群れてる奴等見たら視線を逸らされた。俺……何かしたか? 入学当初はこの頭の色がどうのこうのでちょっと面倒な目にあったけど……それに関しても女子は関係なかった。
俺、何した? 女子に何かしてねえよな? てか、女子は俺を見て怖がってるわけじゃなくて、逆にすごく楽しそうだ。けど……。
「黒崎、お早う」
石田が、いつも通りの時間に来て、席に向かう途中に俺に気付いて軽く挨拶した。いつも通りの朝。別に、何が変わったわけでもない。
「あ、おう。はよ」
「具合はもう良いのか?」
「あ、ああ」
……土曜日の夜、キスした事、思い出した。
軽く触れただけだけど、時間にして一秒未満だったけど……感触まだ残ってる。
昨日は、テンパって散々だった。
明け方にようやく寝付けたせいで、起きたのは寝起きの悪い石田よりもさらに遅かったし、せっかく朝食に作ってくれた味噌汁こぼすわ、石田意識しすぎてちょっとぶつかりそうになったら、慌てて避けてタンスに頭ぶつけるわ、タンスの角に足の小指ぶつけるわ……おかげで石田に具合が悪いって勘違いされて、昼過ぎに帰された。
石田の顔がまともに見れなくて……。
だって、キスしちまった……。
めちゃくちゃ柔らかかった………。
ちょっと、やっぱり罪悪感。
石田、ファーストキスだったかもしんねえし……いや俺もだけど。
もし、石田のファーストキスだったりしたら、俺が寝込み襲って奪っちまったってのは、絶対に何があっても誰にも言えない。これは窃盗に当たるんだろうか。
「そう言えば、昨日、Tシャツ忘れていっただろ」
「あ、忘れた」
ってのは嘘で、マーキングのつもりでわざと忘れたんだけど。ちょっとずつ、邪魔にならない程度に俺の私物を置いていく。ちょっとずつ俺がいる空間に慣れてもらいたくて、少しずつでいいから、いつも俺のこと思い出せるように、ちょっとずつ忘れ物を増やしている最中だ。この前は、俺のマグカップを置いていった。
「んじゃ、置いといてくれ。次持って帰るからさ」
暗に、またすぐに行くって臭わせてみた。すぐに取りに行くついでにまた、お前んちに行くって。
「うち狭いんだから、次はちゃんと持って帰れよ」
そう言った石田は、怒ってる感じじゃなくて、苦笑してた。
つまり次、行くのは今ので約束してわけだ。次に行く口実がこれでできた。また次もなんか忘れて行かなきゃな。
「選択干してたら僕のじゃないのが混ざっててさ。もう洗濯してあるから」
「おう、悪い。あ、あと、今度箸置いて行っていいか? 毎回割り箸ってなんか、さ」
「へえ、君ってエコロジーとか気にするタイプだったか?」
「そういうわけじゃねえけど」
「そうだね。安いのでよければ買っておくけど」
「わざわざ買わなくていいって。今度家に余ってんの持ってくわ」
「うん、わかった。……じゃあ」
軽く言い置いてから、石田が席に行こうとして、ちょっと横を向いた石田の髪に、小さなゴミがついてたのを見つけた。
「あ、石田、ゴミついてる」
「え? どこ?」
「耳の辺り」
ゴミって言ってもそんなにでかいものじゃない。小さな枯れ葉だろうか。学校に来るまでに並木道を通るから、今ちょうど枯葉が降る季節だから。
……ついてた石田がそのあたり払ってるけど、取れない。俺が取ってやろうとして手のばした。時に、
キャーッ!
て廊下から黄色い悲鳴が……
廊下に群れてる女子が、俺達を見てざわめいている。
教室の女子も明らかに俺を見てる。気がする。明らかに、俺達に視線が集中している気がする。
何、だ?
石田もびっくりして廊下見てる。
「な……何」
「さあ?」
俺が朝来たらこうなってた。
え? 俺か? 俺、何かやったか? 今、石田の髪についたゴミ取ろうとしただけで、別に悲鳴上げられるような事じゃないよな? 別に金曜日はいつも通りだったし、昨日も石田の家から大人しく家に帰って、おとなしく部屋で勉強してただけだし……。
「黒崎、君、何かしたの?」
「さっぱり」
さっぱり、意味分かんねえ。
「お早う、一護、石田君」
呆然としてる俺達に、爽やかな笑顔振り撒きながらやってきたのは、水色。
「はよ」
「お早う小島君、浅野君。土曜日映画楽しかった?」
「うん。けっこう話の作りが凝ってて、内容も楽しかったよ。次は石田君も一緒に行こうね」
ニコニコと天使の微笑み称える水色と……その後ろでいつもウザいほどテンション高いケイゴが、朝の挨拶もせずに、青ざめてる……。
何?
水色がちらりと廊下を見た。
「なんだか、大変な事になっちゃったね」
そう言って、笑ってた。
……コイツ、まさか。
石田はさっぱりわけわかんねえ顔してるけど。
まさか……?
前に水色が、ルキアと俺の仲をでっち上げて吹聴して回った事はわかってんだ。
まさか……水色?
睨み付けると、水色は俺の視線に気付いて、にこりと音がしそうな顔で笑った。
……水色さん?
「あ、石田君、髪の毛にゴミが着いてる」
「まだついてる?」
「一護、とってあげなよ」
「……え、ああ」
指名された俺は恐る恐る石田の髪に触る。
さらりとした柔らかな手触りがして……
キャーッてまた、廊下から……。
やっぱり……。
石田はまた驚いて廊下を見ていた。
俺は、もう、怖くて顔を上げられなかった。石田も周囲も見れなかった。
きっとまた俺の何か噂話でも流したに違いない。
それが一体どんな話なんだかは、さっぱりわからねえが。
水色は、そんな外の反応は一切気にせずに……ケイゴはひきつった笑顔浮かべてる……。
「水色……お前」
「今日は天気がいいねー」
「そうだね……?」
石田は、何やら不穏な気配だけは感じたらしくて、少しだけ首を斜めに傾けていた。
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20121204
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