阿散井の手を見て……いる事しかできない。視線を上げたら、きっと阿散井は僕を見ている、から、阿散井の大きな手から視線が逸らせなかった。
「……困るよ、僕は……」
だって、阿散井が僕を好きでも、僕は黒崎が……。
「一護が好きなんだろ?」
そう、言われたからつい僕は視線を上げてしまった。やっぱり阿散井が、じっと、僕を見ていた。その視線は真っ直ぐすぎて……僕は自分の顔を隠すように俯くしかなくなる。
「……」
言え、ない。僕が好きだって言ってくれる阿散井に、本当のことなんて言うのは、怖かった。もし僕が好きな人に、好きな人ができたらって、そう思うと怖かった。から、言えない……でも阿散井は、知ってる。
阿散井の気持ちを断る時に、阿散井は僕を真っ直ぐに見ていたから、誤魔化すなんて卑怯な真似はしたくなくて……だから、誰にも言うつもりが無かった絶対に秘密の僕の心を暴露した。
もともと叶わない、初めっから失恋だって解ってる恋心だけど、それでも僕の本当の気持ちを阿散井には伝えた。黒崎が、好きだって、言った。
別に応援されたいわけじゃないけど。
「石田が一護を好きなのは、全力で阻止するから」
「……は?」
応援されるとは思わないけど、まさか……邪魔されるとは思わなかった! さすがにそれは考えてもみなかった!
「悪いけど、諦めは悪い方なんでね。俺にはいくらでも時間はあんだ」
そうだろうね。君が生きてきた時間に比べれば僕の一生なんか何分の一か解らないぐらいだろうけど!
だからこそだよ! なんでそもそも君は僕なんかに目をつけたんだ! 僕は滅却師かもしれないけど、その前に人間だ。生きる世界が違いすぎる。ロミオとジュリエットの対立すら笑えるくらい、あまりにも僕と阿散井が違う。何よりも生態系から違うと思うんだけど……それでも、なんでよりによって僕なんだ?
「だって僕は先に死ぬよ」
僕がしわくちゃになって、君はずっとその姿で……それでも、君は僕が好きだなんて言えるのか? 今はまだいいけど、きっと阿散井にしたら僕の一生なんてあっと言う間なんだ。そんな事くらい、考えなくても分かりそうなものなのに……それでも、僕が好きだなんて、言うのか?
「石田がじいさんになって死んだら俺が魂葬してやる。んで探し出して、絶対お前見つけて、死神にさせる」
阿散井は、僕の肩を両手で掴んで、僕を真っ直ぐに見つめる。
「……そんな」
そんな光源氏もびっくりな長期計画語られたって!
僕はまず大学の進路ぐらいで精一杯だよ。そんなに遠くまで人生の計画設計出来てないからっ!
「だから、石田は俺を好きになればいいんだ」
阿散井は僕の両脇に手を差し込んで、軽々しく持ち上げると、僕を膝の上に座らせた。
阿散井との体格差は理解してるけど、自分がそれほどにしっかりした体つきじゃないってことも解っているけど、だからと言って、こうも軽々と僕を扱われると、それなりに男としてのプライドとかなんとかがアレなんだけど……地味に、傷つく。
こんなに近くで、密着してしまって……本当に溜め息を吐き出したい。あと、こんなにくっついたら、僕の心拍数が上がっているのがバレないか、少し気になるから、せめて阿散井の膝の上から降りたいけど……背中に回されてしまった手は、シートベルト以上に固定されてしまっている。
この温度で、安心する僕は、嫌なんだ。
「駄目だよ」
だって、僕は結局黒崎が好きなんだ。
だから、阿散井を好きになんてなれない……。
「阿散井……ごめん。僕は……」
きちんと、言おう。ちゃんと理解して欲しい。
いや、今までだってきちんとお断りをしていたと思うけれど、でも更にちゃんとはっきりと僕の好きな人が黒崎だって言って断ろう。
「んじゃ、二番目でいいや」
……なんで、食い下がってくるんだ、ここで。
「阿散井……だからさ」
僕は、そんなに器用じゃないんだ。好きだって感情を分割できるような器用な真似なんてできない。
「石田……」
顔近づけられて……阿散井の顔が近付いてきて……。
「石田……俺、お前が好きだ」
苦しそうな声。
阿散井の手がそっと僕の頬に添えられた。
「二番目でいいや。俺の事も好きになってくれれば、いいから」
「……阿散井……」
近付いて来る阿散井を、拒絶出来なくて……
そっと、唇が重なった。
柔らかい感触に思わず身震いする。
何度も柔らかく重ねられて、その優しさに、力が入らなくなって……。
流された自覚を持ちつつも、まさかの二回目を体験してしまった……。
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20121012
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