地面に弾かれ跳ね上がった雨は、服の裾を濡らす。水溜りは平穏を保たずに激しく揺れる。
帰ったら本を読むどころではなく、まず着替えなくてはならない。それよりもいっその事シャワーを浴びてしまった方が早いのだろうか。
「雨、嫌だね」
「……そうか?」
「鬱陶しいよね」
溜め息が零れてしまう。
暑くもないのに、湿度ばかり。除湿をかけないと、部屋がカビ臭くなるような気がする。雨竜にとって雨とは、ただ憂鬱になる事しか思い当たらない。恵みの雨とは言えども、普段の生活の中では邪魔になるだけだ。
「俺、雨、けっこう好きだけどな」
「へえ。意外」
「まあ……最近まで嫌いだったけど」
「何で好きになったの?」
少しでも好きになれる方法があるなら、教えてもらいたい、と思う。寒いのも暑いのも得意ではないが、雨の多いこの時期が一番過ごしにくい。
「笑わないか?」
「面白い話なの?」
雨を好きになるような笑い話なら聞いてみたい気もするが。
「……いや、最近気になる奴の名前に「雨」って字、入ってるから……」
「………っぷ」
凡そ、一護らしからぬ話に、雨竜はつい、吹き出した。
「ってめ、笑うなよ!」
「ごめん、つい……」
笑うなと、言われたが……。
雨竜は隣を歩く一護の横顔を見た。
一つの傘の下、二人は近い距離で歩き、時々肩がぶつかる。
少しだけ雨竜よりも一護の方が背が高いため、少しだけ見上げる事になってしまう。目線は少しだけ高い位置に向けられる。
相変わらず、目付きの悪い顔をしていた。
恋愛をするような顔ではない、などと思っているわけではないが……。
笑うなと言われた。
笑うのは失礼だろうとは思うが、それでも堪えようとしても雨竜の肩は震えてしまう。笑ってもいいと許可が下りれば、身体中を使って笑ってしまいたいところだ。
「君がね……」
「笑うなって! あー…言うんじゃなかった」
心底、悔しそうな顔が、また雨竜には面白かった。
こんな風に、友人と話をしたことが無かった。そもそも雨竜には、友人と呼べるだけの相手を作ったのも初めてだ。
一護は、真剣な問題なのだろうが、他愛のない話をして、笑う事ができる。そんな人としての距離に、安定感を覚えるのも、初めてだ。
素直に、一護の存在を受け入れた事を、良かったと思う。
「雨って事は、隣のクラスの雨宮さん?」
「…………違う」
隣のクラスに雨宮と名の女生徒は居たはずだが、それ以外には思い当たらない。全クラスの名前を把握しているわけではないのだし。
ただ、一護が不機嫌そうな顔をしたので、この話題には触れない方が良さそうだと判断をする。
別に相談を持ちかけられたわけではない。あまり触れられたくない話題だってあるだろう。
「大きな傘だね」
傘を持つ一護が雨竜の方に傾けていることには気づいていたが、それでも外側の肩は少し濡れてしまっている。一護の肩はもっと濡れているのだろう。
「ああ。大きいの持ってきた」
わざと、話題の転換を量ってみたが、一護はその話題には乗って来なかったので、無言になってしまう。
雨竜は、他に話題を探したが、特に思い当たらず、口を閉ざした。
「雨、明日まで降るんだって」
「……そっか」
「傘重くないか? 僕が持とうか?」
「いい。重くないし」
笑ってしまったのが、やはり機嫌を損ねたのだろうか。そもそもそれほど共通する話題があるわけでもない。会話が続かないのは仕方がないが。
それでもさっきから一護はあからさまとも思えるほどに口数が減った。
無言が、苦しいと、そう思うわけではないが、もし機嫌を損ねてしまったのであれば申し訳ないと思う。
もし今度があるならば、次は真剣に話を聞こうと、雨竜は思った。
「なあ、石田……」
「ん?」
「あ……いや。何でもねえ」
「あ、そこ右に曲がるよ」
「おう」
「それで、あのコンビニを左に曲がった所が僕の家」
「よし、覚えた! これで一人でも来れる」
一護はそう言って笑う。どうやら機嫌を悪くしていたわけではなかったようだ。
雨竜もあまり会話を続けることが得意なわけではない。一護も同じようにあまり饒舌なタイプでもない。その二人でいたのだから、口数が減ってしまっていたとしてもそれはおかしいことではなかったのだろう。
「また、来るの?」
「駄目か?」
急に……一護が、覇気を無くしたように肩を落とした。
「あ、いや、駄目じゃないよ」
一護は演技をするような性格では無いはずだ。とすれば、来るなと言ったら傷つけてしまうのだろうか。見た目とは違い、もしかしたら一護にはなかなか繊細な部分があるのかもしれない。
「何もないけど、黒崎だったら、いつでも遊びに来てくれて、構わないから」
「………」
家の前に着いて傘を閉じる。
「………雨竜」
突然、名前を呼ばれて驚いた。
「……何?」
いつもは石田と名字で呼んでいたのに、名前の方で呼ばれたのは初めてだ。
「黒崎?」
「雨竜って……いい名前だよな」
了
20120205
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あ、この話、書いたの梅雨の時期だったようです。6月辺りに読んで下さると有難いです。
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