「今日、行けねえ……から」
目は合わせらんなかった。
休み時間の教室のざわめきの中で、明らかに石田の顔色は悪かった。
普段から健康的な見た目とは程遠い外見してるだけに、誰がどう見たって具合が悪そうだったし、本当に今にも死にそう。
今日は満月。
今日は晴れてるから、夜になればぽかりと丸い月が浮かぶんだろう。月齢なんかをいちいち気にするのは小学生の頃に授業で天体観察をやって以来だ。
今日が満月。
だから、石田が今辛いのは解ってた。
理由が解んなくても、授業中もほとんど顔を上げず、休み時間もどこにも行かないで、席に座ったままじっと机見てるだけで、動かない石田の具合が悪いことなんか、誰が見ても明らかだ。
せめて保健室、連れてった方が良いのかなって、そう思うくらいには、石田の具合は悪そうだった。
「そう……解った」
石田が、机の上の手を握った。
いつもは文庫本が収まっている手は、今日は何も持っていない。本を読む気力すら湧かないらしい。石田の視線は何もない机に向けられているままだった。
苦しそうだった。
握っていた手は、すごく冷たそうに青白かった。
石田を楽にしてやるのは簡単だ。
満足させてやるまでは、それなりに時間がかかるけど、少しだけでもだいぶ回復する。少し血をやればいいだけで、そうすればすぐに石田の体調も戻る。
それでも……。
だって、どうせ誰のだっていいんだろ?
石田にとって、俺が必要なのは、血をあげられるからってだけなんだろう。
それ以上でも以下でもない。
どうせ俺の価値、石田にはその程度だって解ってる。
俺は、その弱味につけ込んでるだけで。
本当は好きになって欲しいんだって……。
なんか俺の中がぐちゃぐちゃで、全然、整理が出来なくて……これは、きっとただの八つ当たりなんだ。
今日、行かないって、お前に血をやらないって、そう言ってんのは、ただ俺の八つ当たりでしかない。
感情が上手に配置できなくて、ぐちゃぐちゃに絡んじまって、苛々してて、最終的に一番優しくしたい相手に気持ちが届かなくて八つ当たりとか、俺はなんなんだろう。
でも今日お前に血を飲まれたら、そのままお前に感情ぶつけて、壊しちまいそうな気がした。
だから、今日は無理だって言った。
石田の事も、俺達の関係も全部壊しそう。
こんなに苛々するなんて思わなかった。お前が俺を好きじゃないのがこんなに悔しいだなんて思わなかった。
最初は、チャンスだって思った。石田に近づけるチャンスだった。それは成功した。
その日だけは石田を手に入れることだってできた。でも、それだけじゃ嫌なんだ。
せっかく、仲良くなったんだ。
こんな事があって、石田は石田で変わらねえけど、少しずつ会話もするようになった。
始めのうちは、挨拶くらいだったけど、最近じゃ会話も少しずつ続くようになってきた。
友達だって、いいのに。
それすら、壊しそうで怖くなった。
交換条件だなんて。条件なくしたら、俺の一方的な押し付けでしかない。
もともと感情表現すんの得意じゃねえし、特にこんな気持ちをどんな言葉に乗せりゃいいのかなんてさっぱりわかんねえ。
ただぐちゃぐちゃなんだ。
……石田が、俺を好きじゃないから。だ、なんて石田のせいにして責任逃れたいくらい、俺がただぐちゃぐちゃなんだ。
20111213
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