絶対、絶対必ず今回は私が一番になるっ!
そう決意したのは、試験開始三日前の石田のノートを見てから。
授業中、指名されて黒板に解答を書いて戻って来る時に石田の脇を通り過ぎた。
気になったほどじゃないけど……神経質そうな真面目君だから、どんな几帳面なノート作ってるのかって、ちょっとだけ……チラ見したんだけど……。
確かに英語の授業中だったはずなのに……、何故かアイツのノートには数式が書いてあって、英語は余裕だから数学の問題でも生意気にやってんのかと思ったら……。
………何やってんの、この男は!
家賃、食費、光熱費、ガス、水道……母親の家計簿で見たことあるような文字を目にしてしまった………。
今、英語の授業中だったはずで、教科書は今、天文の話で、別に光熱費とかの単語訳してないはずで……
斜め後ろから見る石田の表情は、固く、いかにも先生の話を真面目に聞いて真剣にノート取ってますと言った感じで……真剣な目付きで、数字を睨み付けていた。
つまり、今度こそ負ける要素がないっ!
こんな、授業中に家計簿つけてるような奴に私が負けるはずない!
って、力んで挑んだ試験は奮闘の末、3位と10点以上の差をつけて、それでも1位同位の3位なし………しかも五十音順だから、「い」と「く」じゃ、私が下……石田の上に行くためには少なくとも同位じゃ勝てない。
満点取っても、石田に勝たなきゃ意味がないのっ!
……だから私はまだコイツの上に行けない。
何で私がこんな奴に勝てないのかしら。私は一番じゃないと嫌なのに。目立ちたい訳じゃなくて、一番上から見下ろしてやるのが気分がいいのに。
「今回も勝てなかったな、残念」
後ろから声をかけられて、振り替えると石田。
残念とか少しも思って無さそうな余裕の顔でそんな事言われた。
残念とか思ってるなら、そういう顔見せなさいよ! 私がどんだけ悔しいのかアンタわかってるっ? 歯軋りする所だったのに。
「次は負かせてあげるわ」
次こそ、石田に勝つから。
「それは……お手柔らかにね」
順位表に興味はないのか、石田は張り出された順位表の側を通りかかっただけらしい。さっさと背中を向けて歩き出した。
別にモヤシとか思わなくなったけど、嫌える程に嫌な奴じゃ無いこと解ったし、なかなか有能な奴だけど、その辺は認めてるけど、やっぱり目の上のタンコブには変わりない。
モヤシとか思わなくなったけど、やっぱり見た目だけで言ったら、ひょろっと白いメガネモヤシ。
………しかもホモ。
別に偏見を持ってるつもりはないけど、素で引く。
昔、付き合おうと思ったそこそこカッコいい男の人の家に遊びに行ったら、棚にフィギュア並んでた時も、やっぱり引いたし。別に、他人の趣味や性癖に口出しする権利も、それほどの興味もないけど……引くのは確か。
しかも相手が解ってるのが余計にリアルで少し……やっぱり引く。
現場を目撃してしまったし。自分の目で見たことまで否定しないけど……忘れられるなら忘れたい。本気で。
うちのクラスで見た目一番素行の悪そうなオレンジの頭と、見た目一番お坊ちゃんの顔したガリ勉眼鏡のホモのカップルって、一体どうなの?
黒崎が石田を好きだって理解できないより、石田が黒崎を好きだってのも半端なく解らない。どっちも完全に理解の外。私は黒崎もタイプじゃないし、石田は完全に範疇外。自分よか色白の男に魅力なんか感じない。筋肉質が好きなわけではないけど、石田に男らしさなんて感じられないし。
それでも例えば女なら、黒崎が怖い顔でも素は悪くないって所とか、黒崎が医者の息子らしい所って肩書きだけにも本気になれる生き物だけど、だって女なら最終的に結婚て墓場に入るために、少しでも相手には付加価値を付けるものでしょう?
だから、男同士なんか結局、結婚するわけじゃないし、子供作れない非生産的な関係で、未来ないのに。何で、石田と黒崎が……と思わずにはいられない。
石田だって、顔の作りは地味だけどまともだし、成績が良い、つまり頭が良いって所だけで告白できちゃう女の子の気持ちを理解できないわけじゃない。
女は打算にすら本気になれる。私だって今付き合ってる彼氏、バカだけど顔がいいお金持ちだし。今は付き合い始めたばかりだから、今のところは意外と本気で好きだとは思ってるけど。
石田と黒崎はお互い、どこが良いんだかさっぱりわからない。
教室に居る時は本にしか目を向けてないような石田と、喧嘩番長の見た目も怖くて、そこに居るだけでガラが悪い黒崎。
休憩時間に本を読んでる石田と、織姫となんか話してる黒崎……。織姫がなんだか楽しそうに黒崎に話しかけてる。
ああ、織姫も何故か黒崎が好きなんだけ?
こんなに可愛いのに。この天然記念物に好きだって言われて落ちない男なんか居ないと思ってたのに……黒崎、中学の頃、喧嘩ばっかりしてて、頭打って、頭の配線いかれちゃったんじゃないの?
織姫に、こんなホモやめときなさい。ってどう言えばいいの? 織姫は、私から見ても可愛くて仕方無いから、絶対に幸せになって貰わないと困る。
事情が解ってしまっている私は、黒崎と織姫を引き離したくなって……。
「ねえ織姫、この前貸すって言った本だけど……」
「あ、鈴ちゃん」
アンタはいい子だから幸せにしてやりたいの。微力でもアンタの幸せの手伝いをしてやりたいの。
急に私が声をかけたから、黒崎が私を見た……けど、ただこっちに視線を向けただけってのわかるけど、なんか睨まれてるような気がしてしまうのは、黒崎が果てしなく目付きが悪いからなんだけど……。そのくらいは、もうこのクラスで半年も一緒に過ごせばわかるようになった。
「他の人に貸してたの。すぐに返してもらうから、もうちょっと待ってくれる?」
「いいよー。ありがとう」
やっぱり織姫は和むわ。つい頭を撫でたくなってしまって……手を伸ばそうとした時。
「石田あぁっ! ノート! ノート見せてくれ」
浅野の声が教室に響いて、そっちを見ると、浅野が石田に飛び付いてた。なんか大型犬が飛び付くような勢いで石田に浅野が貼り付いてる……のを見た瞬間。
「ケイゴ! てめ、また忘れたのかよ。昨日俺の見せただろ!」
突然、怒鳴り声に私は驚いた。
黒崎がいきなり狭い教室で駆け出す勢いで、動いて石田と浅野の間に入って、浅野を引き剥がしてた……黒崎が。
「だって一護に頼んだら怒るだろ?」
「だからって石田に頼むなよ」
「僕は別にかまわないけど」
「さすが、石田大明神っ!」
「てめ……俺が構うんだよ! いいから石田から離れろ!」
「……二人とも別の場所でやってくれないか?」
まさか……今の黒崎、嫉妬とか、じゃないわよね?
なんか、いつも以上に迫力を感じるのは気のせい?。
このくらいで?
浅野の感情表現は大袈裟で、誰彼構わず飛び付く習性があるの、私だって知ってる。多分浅野のことを知ってる人はみんな知ってる。
浅野が石田にへばりついて、黒崎が浅野をはがしてる。
何、やってんのかしら……思わず溜め息をついたら、
「黒崎君と石田君て、仲良いよねー」
織姫が、へらりと笑っていた。
まさか……とは思うけど、この子知ってんのかしら。石田と黒崎がって……
まさか、ね。
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20111115 |