20091106  02










 有ご飯は、鶏肉のホイル蒸しとサラダとスープ。食器が少ないから見栄えはしないけれど、味はそれなりに出来たと思う。
「このスープ美味いな」
「そう? ベーコンとモヤシのコンソメだよ?」
「俺、これ好きだわ。お代わりある?」
「あるよ」
 空になった器を渡される時に、黒崎の指に、シルバーのリングが見えた。
 黒崎はシルバーアクセが好きみたいで、時々ネックレスやウォレットチェーンやバングルなんかをしている時もあるけれど、指輪をしているのを見たのは初めてだった。学校にいた時は気が付かなかったけど……思い出す限り学校じゃつけてなかったと、思うけど。

「指輪してるの珍しいね」
「あ、まあ……そうだな」
 シンプルだけど、ちょっと幅の広いスモークシルバーのリングは、黒崎の指によく似合っていた。

「うん、似合ってるよ」
「石田もこういうの好き?」
「僕はあまりアクセサリーとか付けないからわからないけど、君は良いんじゃない?」
「…………そっか」
 滅却師のブレスは外したこと無いけど、これは飾る為に身に付けているわけではなく、すでに身体の一部だし、滅却師としての修行を始めてから外した事なんて無いから解らないけど、黒崎みたいにアクセントに飾るのは、嫌いじゃない。僕が身に着けようと思ったことは無いし似合うとも思わないけど、黒崎はそういった装飾品をさりげなく使っていて、そういう所とかちょっとカッコいいとか密かに思ったりする。

 ………でも、なんで薬指?






 付き合ってしばらく経つけど、黒崎は二人きりになると、僕を好きだって平気で言ってくるし、どこで仕入れたのか聞いてるだけで赤面してしまうような臭い台詞なんかも言うし……そんな黒崎だから、僕の誕生日はきっと何かある……って思ってたんだけど。
 たぶん、僕の誕生日を忘れているわけではないけど、今日だって勘違いしているのだとは思うから、夕食後は二人でゆっくりするんだと思ってたんだけど……一応、恋人というわけだし……。

 でもご飯を食べ終わって。片付けも終わって。

 そろそろ……かな、とか、思った。
 いつもだったら、そろそろ……黒崎が、甘えてきたりする時間帯になってきた。この前は、僕の膝に頭すり付けてきたりしたから、膝枕したいのかと思ってそのままにさせてたら、ファスナー下ろされるし……そのまま、ベッドに行ったけど。その前も、同じ感じ。
 だから、時間帯的に……そろそろかと、思ったけど。

 黒崎は今日出れなかった英語の授業のノートを写しながら、テレビを見ている……のって、何だよそれ。
 毎週見ている好きな番組だからって言われて、TVつけたけど。
 僕も他の教科の参考書とか見ながら、一緒にテレビを見ている。面白いけど、見なくてもいいような、そんなバラエティ。勉強をする気が無くて、部屋も片付いていて、読みかけの本もなくて、仕上げ途中の作品にも手をつける気が無い時には僕も見るかもしれないけど……。

 黒崎は教科書とノートを広げながら、時々馬鹿騒ぎしてるテレビ見て笑ったりしてる。平日の木曜日に黒崎がこの時間までいたことなんて無いから、僕はこの番組を見たのは初めてだ。次見る機会は無いと思うけど。黒崎はいつも家では見ているんだろう。こういう番組が好きなんだ。

「英語、解らないところ無い?」
「ん、大丈夫」
 黒崎は、そっけない……と、思うのはさっきから、まともに会話が続かないからだ。

 ……僕の誕生日のために来たんじゃないのかな?
 平日だし、わざわざ今日来るってことは僕の誕生日だからだって思ったんだけど……いや、本当は明日だけどさ。

 もしかして……さっき、食費を払ってくれたのが、誕生日プレゼントで、それで終わりってこと? おめでとうって言ってくれるつもりはないんだ?

 ……別に、それでも良いんだけど。
 やっぱり、今日来る事の本題は英語のノートだった、とか……!? 僕は英語に負けたのか?

 別に誕生日なんて、祝ってくれって催促するようなものでもないし、さっきの会計が誕生日プレゼントだって言うのなら、一応祝ってもらった事になるし……良いんだけど……。


 何だろう。
 拍子抜けしたというか……。
 期待、していた、から……。

「じゃあ、僕お風呂入ってくるから」
 何となく、不機嫌になってきてしまう。から、一緒に居ると嫌味を言ってしまいそうになったから、僕は風呂に逃げようと思った。
「おー。ちゃんとあったまれよ」
 シャーペンを指先で器用に回しながら、後頭部で答えていた黒崎の視線は完全に教科書に注がれていた。



 期待、してたから、やっぱりちょっと気に食わない。確かに期待したのはこっちの勝手だし、それに応えてくれるから黒崎が好きなわけじゃなくて、僕が黒崎を好きだから付き合ってるんだけど。でも、やっぱり期待していたから……なんとなく、機嫌が低迷する。ひどく。

 黒崎は、いつも二人きりの時間は本当に大切にしてくれるから。
 二人きりの時は、黒崎はいつも僕を見てたから……今日に限って、なんでテレビなんだよ。とか、思う僕が我が侭なのは解るけど……解るから、お風呂に逃げる。確かに黒崎とテレビをまったく見ないわけじゃないけど、ニュースが付いているぐらいだったり、一緒に借りてきた映画を一緒見たりとか……そういうテレビの使い方をしていたから。

 今日ぐらいは僕を見てくれても良いんじゃないか? とか、思うわけで。今日ぐらい、というか、実際いつもテレビよりも二人で恋人らしいことしているほうが多いのだけど。それでも、今日に限って、君はテレビなんだ? 今日、誕生日だって思われてるなら、その日なのに、僕よりテレビに向けられた黒崎の視線が気に入らない。別に誕生日がいつだって別に困らないけど、間違われてた事には腹を立てるつもりも無いけど。

 ノートなら貸してあげたのに。予習はもう次の所まで終わっているし、一日や二日ぐらいノートが無くても困らない。
 テレビが見たいなら家で見ればいいんだ。なんで僕の家まで来てテレビなんだ? 何が楽しいんだか。誕生日じゃなくてもせっかく来て、僕と話をするでもなく、テレビ見てるのって……やっぱり気に入らない。
 黒崎がいないなら、誕生日なんてただ一日時間が過ぎるだけだ。戸籍上、一つ年齢が上がるぐらいで……。特に何が変わるわけでもない、日だった。

 黒崎と付き合い始めたから……期待、してしまっていた。
 そんな自分が恥ずかしいなんて思いながらも、やっぱりどこか腑に落ちない。イライラしながら、落ち着くまでゆっくり湯船につかるけど、結局出る時までイライラしていた。

 お風呂から出たら、テレビ消してやろうか。それで、テレビが目的だったらさっさと帰れって、言おう。誕生日プレゼントはさっき貰ったんだ。結局黒崎の胃袋にほとんど入ったけど。
 ノート写したなら、明日学校なんだし早く帰れって、ちゃんと言わないと。なにやら、自分がどんどん情けない気分になってくる。


「……黒崎!」
 風呂から出て、意を決して言おうとしたら……テレビは、すでに消えていた。
「お、風呂出たか」
「あ、うん」
「なあ、生物で、教えて欲しい所あるんだけど」


「……いいよ」

 いいけどさ、別に。生物好きだし、得意だし、いいけど。

 生物と、この前黒崎が虚退治中で出てなかった日本史の所のノートを見せたりとかしていたら、11時近くて。

「じゃあ、俺もそろそろ風呂はいるわ。またパジャマ借りていい?」
「うん」

 パジャマぐらいは、いくらでも貸せるけど………泊まってく、つもりか?
 黒崎が家によく泊まりに来るから、下着とか靴下とかTシャツぐらいなら黒崎のモノが一揃えは置いてあるから、いつ泊まりに来てもらっても困らないけど。僕からしたら、黒崎と一緒に居る時間は好きだから、来たい時に来てもらって構わないんだけど。
 でも……なんで?

「帰らないのか?」
「お前、こんな時間に帰させる気か?」
「家には連絡したの?」
「ああ、さっきお前が風呂入ってる間に」
「……なら、いいけど」

 それなら、僕も断る理由なんか無いし……良いけど。いいけどさ。
 風呂場から、鼻歌が聞こえてくるから、きっと黒崎は何かとても上機嫌に違いない。僕は不機嫌だけど。不機嫌だけど、それも八つ当たりしにくい理由で機嫌が悪いから、どうしようもないけど……。期待していただなんて……そんな事、とてもじゃないけど僕が黒崎に怒る理由にならない。期待したのはどうせ僕の勝手なんだ。







 23時50分。
 僕はそろそろ眠い。今日は一日晴れているという予報だったから、いつもよりも洗濯をした時間だけ早く起きた。ここ二、三日、途中の作品を仕上げてしまいたくて夜更かしも続いていたから、だから今日はもう眠いのに、風呂から上がったばかりの黒崎は、なにやら機嫌が良いみたいで、さっきから僕に色々と話しかけてくる。

 僕は、もう眠い。
 黒崎と話しているのは嫌いじゃない。黒崎の話は面白いし、やっぱり性格が違うせいだと思うけど、同じものを見てもちょっと違ったアングルからの感想を言ったりするから、黒崎と話をするのは面白いけど、そろそろ、眠いんだ。
 僕は朝がとても弱いから、起きてから顔洗って着替えてご飯食べて家を出るまでに30分で済む黒崎と違って、一時間以上はかかるんだ。まず、布団から出るのに20分。着替えが終わるのに15分。ご飯を食べるのに20分……だから、朝は早く起きなくてはならなくて……だから……眠い。


 ちらりと時計を見た。
【23:57】
 それでも、黒崎は楽しそうに昨日あった出来事を話してる。僕の首が突然がくりと落ちた……一瞬眠ってしまったらしい。
「石田、もしかしてもう眠い? 布団入ろうか?」
「まだ大丈夫だよ」
 いや、眠いんだけど、なんとなく、まだ話をして居たいような気分だったから、そう言ってしまったけれど。
 ようやく、黒崎が僕のこと見たから……今日来たって、あまり喋ってなかったから。勿体無いような気がしてしまったから、大丈夫だなんて強がりを言ってみたけど、実際の所果てしなく眠い。

【23:58】
 僕は、もうへえ、とか、そう、とかの相槌しか打てなくなってきてる。それでもちゃんと話は聞いてる……つもりではある。
「すげえ、眠そうだけど、へーきか?」
「……うん。聞いてるよ」
「そんでさあ……」
 僕は膝を抱えた。布団に入ってしまったら、すぐに眠れそうだ。今日は少し冷えるけど、黒崎が一緒の布団に入るのなら、逆に暑くなってしまうかもしれない。黒崎は体温高いから。冬場は本当に助かる。夏場はベッドから蹴落としてやりたくなるけど。

【23:59】
 目蓋が重い。次瞬きした時には僕は寝ているのかもしれない。やっぱり十二時になったら、そろそろ寝ようって、言おう。
「石田?」
「…………………」



【0:00】



 いきなり、黒崎に、引き寄せられた。


 と、思ったら、僕は黒崎とキスをしていた。


 一瞬だったけど……。



 目が、覚めた。


「石田」
「…………」






「誕生日、おめでとう」









「………」






「16年前の今日、俺は石田雨竜が生まれてきた事に、感謝する」









「……………」






「石田?」









「目が、覚めた」







 目が、覚めた。

 って、発言が色気も何もなかった事に、言ってから気付いた。おめでとうに対して、そういえば有難うって返すのが普通だったよな。そうだ、ありがとうだ。あれ、誕生日……? 明日だよ? あれ、もう今日か? 今日?

 そうか、黒崎が5日だって勘違いしているのだとばかり思ってたけど。6日になった、今日が僕の誕生日か。
 なにやら、まだどこか寝ているのか、あまりよくわからないけど、

 黒崎は僕の誕生日を間違えて、覚えてたわけじゃなかったらしい。


 びっくりして黒崎を見つめると、黒崎は真っ直ぐ僕を見ていた。

 日本人にしては、色素の薄いブラウンの瞳に、僕が映っていた、そんな近い距離で、僕達は見つめ合っていた。





「石田、生まれてきてくれてありがとう」

 ふわりとした、柔らかい笑顔。こんな顔僕にしか見せてくれた事無い。二人で居る時以外、僕は黒崎のこの顔を見たことが無い。僕だけに向けてくれる笑顔に、僕は溶けてしまいそうになる。


 そう言って、黒崎は顔を近づけて……また唇を重ねた。



 柔らかな、キスだった。