十一月六日。バイト終わったから、今から行くって電話した。
待ってるって言われたから、とにかくすぐに向かう。寄り道とかしてる場合じゃなくて、一目散って感じで、踏切に回るより近道で、駅ビル中を突っ切っる。
その時に、雑貨屋にマグカップが置いてあったのが目に入った。
一昨日、俺のマグカップを遊子が洗ってる時に手を滑らせて割ったことを思い出した。すごく謝られてすぐに新しいの買い直してくれて、今はそれ使ってる。
別にそれほど大事に使ってたってほどでもないし、マグカップなんて何でもいい。
そう思ってたけど、長年使ってたから多少は愛着があった。
駅の雑貨屋でそれと似たようなマグカップを見つけた。
だから、買った。
俺の分。
あと、石田の分。
別に特に何の意味も無かったけど……ケーキ作ってくれるって言うし、勉強教えて貰ったりしてるわけだし夕飯作ってもらったりしてるけど、でも俺は何もしてねえなって。
前に行った時に、マグカップと湯呑みが一つづつあっただけだから、俺が遊びに行ったりするし、もう一つぐらいあってもいいかなって思ったというか……俺が行くこと前提になってたりするけど。
ただ、それだけで。
気に入らないなら使わなけりゃいいし、邪魔なら捨ててくれてもかまわないし。
高いものでもなかったし。
俺は今までのと同じ緑のやつで、石田は青にした。なんとなく。御大層にプレゼントってほどでもなくて、なんとなくだから、プレゼント用にラッピングとかしてもらうのも気恥ずかしかったから、値札だけはずして貰って、鞄につっこんだ時に、石田からメール。
『ペットボトルのお茶買ってきて』
俺が初めて石田から受信したメールはやけに愛想が無かった。
でも、なんかやけに嬉しいのは気のせいだろうか。保護かけたのは、自分でもやりすぎだと思う。
俺が石田の家のチャイム鳴らすより先に、俺が来たのを察してドアを開けた。霊圧を感知する能力って、いいんだか悪いんだか。
「黒崎、早かったね」
「おう」
電話してからだいたい三十分ぐらいだって言ったけど、マグカップ買って、コンビニでお茶買って、それにしても二十分で着いたのは、走ったから……とか言えねえけど。
頼まれてたペットボトルを渡すと、有り難うって言われた。で財布出そうとしたから止めた。たぶん、このお茶俺が飲むことになるんだろうと思う。この前行った時に、冷たい飲み物無いのかって聞いたら、今度は買っておくって言われたから、普段石田は特にペットボトルとか買っておいたりしないんだろう。
上がってって言われてから靴を脱ぐ。
石田は、ネルシャツにパーカー羽織ってて、細身のデニムでラフな格好してた。石田の私服って、やっぱりなかなか新鮮だと思う。
いつものイメージだと、やっぱり制服の詰め襟か、滅却師の詰め襟か。夏服でも半袖のシャツを第一ボタンまできっちり留めてネクタイしっかり閉めてるから……。
首、細いな、こいつ。
いや、全体的に細めだけど。
部屋に上がると、男の一人暮らしの部屋だって思えないくらい甘ったるい匂いがした。
「いい匂い」
「窓ずっと開けてたんだけど、匂いこもっちゃってさ」
ケーキ、さっき作ったってことか。男のくせに料理とか裁縫とか妙な趣味だとは思うけど、その恩恵に預かれるなら有り難いと思わなけりゃ。
石田んちは六畳のワンルームなんだけど、相変わらず綺麗に片づいてて、一人暮らしで日用品全部ここにあるはずなんだけど俺の部屋よりも広そうだった。
窓の方に座ってると、小さなテーブルの上に、ケーキが置かれた。
白い生クリームでデコレーションして、イチゴが乗ったやつ。
「これ、作ったんだよな」
部屋中に甘ったるい匂いがしてるから、ここで作られたことは解ってんだけど……それにしても、買ってきたみたいに上手にできてる。その辺のケーキ屋で売ってるみたいに綺麗にデコレーションしてあって……こいつ、本当に手先、器用だと思う。
文化祭の時も手芸部の前通ったけど、やたらと既製品みたいな出来映えの作品があったけど、名前いちいち見なくても石田のだって解った。
んで、頭もいい上に口も達者で、細くて色白だから勉強しかしてないように見えるけど実際はハンパなく強くて……怖いもんなしなんだろうな、こいつ。
難を言えば、性格がきつすぎたりするけど。
「僕は紅茶用意してるから、黒崎はケーキ切り分けておいて」
石田はそう言って俺の近くに包丁を置いて行った。
けど、切るのもったいねえ。
今から食えると思うと嬉しいけど、やっぱり俺が包丁入れる勇気はない。やったこともないし。
ホールケーキなんて、家族の誰かが誕生日とかの時以外お目にかかったことがないから、やっぱりホールケーキは目の前にして一通り拝んでおくもののような気がする。
石田が台所で湯を沸かして、注ぐ音がする。すぐにティーポットを持ってきた。紅茶だろうか。
それから、もう一回台所に向かう。
「なんか、ロウソクとか立てたい」
「は?」
「いや、丸い形のケーキって、誕生日にしか食ったことないから」
「確かにホールケーキなんて、そんなに食べないよね」
「石田ってケーキ好きなの?」
「好きだけど、あまり食べないな」
「何で作ったんだ?」
「雑誌で写真見てたら、凝ったデコレーションとかしてみたくなってさ」
そう言うもんか?
ケーキなんて食うのよりも作る方が珍しいと思うけど……まあ、せっかくなんでいただきます。
石田が、手に湯呑みとマグカップ持ってこっちに来た。
「あ、そういや、石田って誕生日いつなの?」
って訊いたとたん、石田の手からカップが滑り落ちた。
ガシャンて音を立てて、カップは床で砕け散った。湯呑みの方は見たところ無事だったけど。
「あ……」
「石田動くな、割れてるっ!」
「あ、ごめん。今掃除機……」
「動くなって、踏むから」
フローリングの床に散乱したカップの破片、大きいものは今コンビニでお茶入れて貰ったビニール袋ん中に突っ込んで、石田が掃除機持ってきてた。
細かい破片は、石田が雑巾絞ってきて床拭いたから、たぶん大丈夫だと思う。
けど、何か、石田のくせに変な感じだ。
何でもソツ無くこなすような奴だから、うっかりカップとか落として割ったりするような事もあるんだってちょっと人間らしい面を見て安心したというか……。
いや、カップぐらい誰でも割ったりするか。
「どうしよう、カップ二つしかないのに」
掃除終わって、ケーキ食おうと座って、ようやく石田がそんな事を言った。
こんな事もあろうかと、じゃ、ねえけど……。
「あ、石田。これやるよ」
さっき買った、マグカップを鞄から出した。
もともとこの家に、暖かいお茶飲めるカップは二つしかなかったし、一つは緑茶用の湯呑みだったし。
「何で、二つも」
「一個は俺用。家で使おうと思って」
「そう」
「俺緑の方だから」
「うん。じゃ、ちょっと洗ってくる」
石田が、台所に行ったから、俺はケーキを取り分けるつもりだったけど、やっぱりなんかもったいない。気がしたけど、包丁入れて、中を見るとちゃんと中は真中が生クリームの層になってて、イチゴが入ってて……普通に買ってきたような感じがした。
で、味は今日のバイトはこのために頑張ったって思える程度に旨かった。
この前のケーキって……どのくらいぶりだ? 結局やっぱり誕生日とかじゃないと生クリーム使ってるようなケーキは食わない気がする。
時々遊子がお菓子作ってたりするけど、クッキーとかだったし。
「味、どうかな……」
「うまい。石田ってケーキ屋とか目指してる?」
「そう言うつもりはないけど」
「じゃ主婦とか?」
「僕にその選択肢はないと思うけど」
冗談ではあったけどでも、いい奥さんになれるだろうって思う。けど、って言ったら殴られるような気がしたから、言わないで置いた。別に、奥さんじゃなくても料理も裁縫も、そんだけじゃなくて勉強だって何だってできるし。
実際、何でもできる奴だから、逆にできないことの方がないと思うくらいの奴で。
石田が思い通りにできないことなんて、あんのかな。
「お前って、悩み事とかある?」
「君ほど能天気じゃないと思ってるけど。何で突然君に人生相談しなきゃなんないんだ?」
「いや、石田って何でもできるから」
勉強も、うちの学校一応レベル高い方だし。その中で長期欠席しても、途中でよく授業抜けたりするけど石田はずっと首位保ったままだし。
「僕をなんだと思ってるんだ……」
「何だって、石田」
石田って生き物だと思ってる。
「んじゃ、無難に恋の悩みとか」
実際どうなんだか解んねえけど、あんま目立とうとしないけど、石田の身体能力は意味不明で、そりゃ生身で虚と戦えるんだから一般レベルなはずがない。んで頭もいい。見た目もちょっと神経質そうで、性格も神経質だけど、基本的には面倒見が言いやつだから。
俺だって好きなんだし。
好きって、いうか。
いや、好きだと思う。
いや友達としてっていみで、友達って言うか、いや、友達でいいけど。
やっぱ、もっと仲良くなりたい。って、そう思ってるし。
一緒に話してて、石田が笑ったりすると、すげえ嬉しかったりとかして……きっと好きなんだと思う。
いや、友達として。の、つもりだけど。
頭がいいから話してて楽しいし、共通の話題がない分知らない事ばっかで、そう言うのもおもしろいし。
石田と、もっと仲良くなれたらなって、そう思ってるわけで。
「……君に話せるような悩み事はないよ」
すげえでかいため息をつかれた。
そうですか。
俺には話せないってわけですか。
じゃあ、ほかの奴になら・・・・・・って思ったけど俺以上に仲いい奴って誰かいんのかな?
って思ったら、ちょっと……今、なんかいやな気分がした。
なんだろう。
べつに石田の交友関係なんて俺知らねえし、仲いい奴だっているとは思うけど……。
俺以外の誰か知らない奴と、親密そうに話してる石田の図が頭の中に浮かんで、今……やな気分がしたのは、何でだろう。
せっかく旨いケーキ食ってんのに、味がしない。粘着質な変なもんが腹の中にどっしりしてるような、妙な気分だった。
別に石田が誰と仲良くたってかまわないはずなのに。
俺がいいって思った。
石田と一番仲いいの俺がいいって、なんかそう思った。
そんなんで機嫌悪くなるとか、俺はガキか何かか? でもそんな不機嫌が顔に出そうだったから、慌ててケーキをがっついた。
「で、石田って、誕生日いつなの?」
話を切り替えようって思った。さっき訊き損ねてたし。
だから、特に何にも考えずに訊いたことで。
「……十一月六日」
消えそうな小さな声。
「は?」
「だから、十一月六日だって」
………一応、テレビの上の壁に張り付いてたカレンダーの確認をする。
けど、いや、それって……今日?
だよな?
「あ……そうなんだ」
「……うん」
「おめでとう」
「ありがとう」
って、今日だったのか?
誕生日って、一応それなりに自分にとってはイベントだって思わざるを得ないような家庭環境で育ってきたから、一応誕生日って大事な日だと思ってる。石田は自分の誕生日をどう思ってるのかは知らないけど、石田が誕生日にわざわざ俺とって、思ってくれたって事だろうか。
誕生日、一緒に過ごすのが、俺でよかったのかな。
そう、思うと……いや、俺の勘違いかもしれない。
けど……やべえ、頬が、緩む。
「あ、別に、本当にただ純粋に僕はケーキが作りたくて、せっかくだったら甘いものが好きな人に食べてもらいたいって思っただけだから。今日が確かに僕の誕生日だけど、君にとってはただの日曜日だし、誕生日だからって、好きな人と一緒に過ごしたいとか、そう言う意図があったわけじゃなくて……」
………石田は、頭がいいくせに、どうにも時々バカだと思うこともあるけど……。
真っ赤になってる石田は、俺と目を会わそうとしなかったから……つまり。
石田が俺のこと?
そう思うと、なんだか無性に顔が熱くなって、頬が緩みそうになる。
今の、もう一度言ってくれって言っても無理かな。
「あ、じゃあさ。このマグカップ、誕生日プレゼントって事で」
「あ、うん。ありがとう」
「じゃなくて、今俺が使ってる緑の方。石田が使ってる青い方は、さっき石田にあげたから」
持って帰ろうかって思ってたけど。
「だから、どうせまた来るし、おまえんちに、置いといてって、意味で」
石田は真っ赤になって下を向いて頷いた。
その仕草がやけに可愛いとか思っちまって、抱きしめたいって思った俺は、友達として石田を好きなのか、疑問に思った。
了
20111106
8000
11月7日じゃありません。11月6日30時です。
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