気が付いたら………黒崎が僕の隣で寝ていた。
枕もとの目覚まし時計は、深夜だって言ってる。確かに、もう真っ暗だ。
ご飯、食べなかったからお腹が空いたような気がする。あんなに黒崎の血を飲んだけど、やっぱり僕は人間だから、お腹だって同じように減るらしい。血液はどのくらいのカロリーがあるんだろう。
カーテンは閉めているけれど、隙間から月明かりが漏れている。満月だから、今夜の空は賑やかだ。
もう……苦しくない。
今日はあんなに黒崎に血をもらったから、もう枯渇したような気分ではない。相変わらず黒崎の身体から甘い匂いはしているけど、今はとても満たされた気分がしている……どうせ、次の満月までだろうけど。
感覚的ではなくて、具体的に喉が乾いているけど、動くのが面倒だった。身体がなんとなくだるい。それに……
片腕を僕の身体に回して、安定的な寝息で、寝ていた……腕、重いんだけどな。
どうしよう……。
汗と吐き出した体液で、身体中ベタついてる。シャワーを浴びたい。だから黒崎を起こさないと、腕から抜けられそうもないけど……もう少しこのままでもいいか。
まだ眠い。まだ動きたくない。朝でいいや。明日は予報では晴れだと言っていたから、起きたら布団干さないとベタベタだ。シーツも変えないと。
……なんで、黒崎は僕なんかに血をくれるんだろう。
嫌だと思うのは当然だ。僕だったら絶対に断る。
その引き換えの行為だったとしても、僕なんかになんで反応するんだろう。
僕に血をくれる代わりに、だとしても、果たしてこの行為が黒崎のメリットになるのだろうか。交換条件だって……つまり同等の価値があるものじゃないと、どちらかが損をする。黒崎はこんな事で満足しているのだろうか。
黒崎と……。
今更、恥ずかしさがこみ上げてきた。
僕は、黒崎と……今も、こうして僕達は何も着ていなくて、黒崎の肌がじかに触れている……。
こうやって、触れて……
今、変な気分だ。人がいる空間だと、僕は全然眠れないと思っていたけれど……。
とても安心する。安心して、少し温かい気分になる。何でだろう……。それが、とても不思議だ。
繋がって……痛みも感じたけど、それ以上に、黒崎は僕をとても優しく扱った。
僕が気持ち良くなるように、ずっと僕に気を使ってくれていた。
そうやって僕を抱いていたのが、朦朧とした意識の中でも解った。
人と身体を合わせた経験なんてないから、それが普通なのかはわからないけれど、黒崎は驚くくらい、とても優しかった。
黒崎なら、女の子に困らないと思うのに……男の僕を抱くなんて、普通に考えれば、生理的に嫌じゃないのかな。
まだ頭が半分寝ているからか、あまりうまく考えはまとまらないが、それもとても不思議だと思う。
解らないことだらけだけれど……色々と、不思議な事ばかりだけれど、今、僕の気分はとてもいい。
黒崎が寝返りを打って、僕を抱き込むように引き寄せた。そろそろ寒くなってくる時期だから、布団をもう一枚足そうと思っていたけれど、今日に限っては汗をかくほどに暑い。黒崎は、なんでこんなに寝てる時も熱いんだろう。
「……ん……石田」
「くろさき?」
起きたのか? そう思ったけれど、黒崎の目は閉じられたままで、寝息も変わらなかった。
寝言だろうか……今僕の名前を読んだけれど、今黒崎の夢の中に僕が居るんだろうか……そう思うと、変な気分だ。黒崎の夢の中で、僕はどんな事をしているのだろう……。暗い部屋の中だけれど、薄いカーテンを通して部屋はいつもより明るい。
黒崎はうっすらと微笑んでいた。いい夢を見ているようだ。黒崎の夢の中で、僕が黒崎と一緒に居て、こうやって黒崎が笑っている。きっと、いい夢を見ているんだろう。
黒崎が僕を抱き込むから、寝心地が悪い。落ち着く場所を探して僕も寝返りを打った。横になって、黒崎の胸に額をくっつけるようにすると、ちょうどよく僕の身体が治まった。
それに、いい匂いがする。黒崎の甘い匂いが、こうするとたくさん吸い込める。
ずっと疑問だったけど。
なんで黒崎からしか、甘い匂いがしないんだろう……。
黒崎だけが甘い。
入学してからすぐに、その霊圧の強さから君の存在に気が付いて、僕はずっと君を見ていた。
同じ教室で、僕は同じクラスになった時から、黒崎を意識していた。黒崎は僕に気付かなかったかもしれないけれど、僕はずっと黒崎を見ていた。
甘い匂いを感じるようになったのは。高校に入ってから。
満月の日だけ、黒崎から、とても甘い匂いがする。
霊圧のせいかとも思ったけれど、他にも霊力の強いクラスメイトはいるけれど、誰からもそんな匂いを感じない。
黒崎が……黒崎だけが……。
その理由が……少しわかってた気がしたけど。
黒崎だけが、甘い匂いがする理由、僕は本当は気づいているのだけれど。
まだ確証ないから、黒崎には言わない。
確証が持てても、黒崎には言えない。
……今は、この関係で十分なんだ。
これ以上は、望まない。
だから、黒崎……
僕に君の血を下さい。
「今日は満月だな」
満月の日、黒崎が泊まりに来てくれる。明日は土曜日だから休み。今日は黒崎とずっと一緒に居られる。
平日の場合は、夕飯の前に自宅に電話をして、夜遅くに泊まっていくって連絡を入れている。でも、今日は明日が休みだから……たくさん貰える。
僕は黒崎を見て、唇を舐めた。
これから濃厚な赤くて甘い黒崎の血液が喉を通ると思うと、身体中が歓喜に震える。
黒崎の甘い匂いに、意識が溶ける。
「黒崎……」
そっと、黒崎の首筋に指を這わせた。
「お前、俺以外の奴の血なんか飲むんじゃねえぞ」
当たり前だよ。
だってどうせ君以外、要らない。
「血ぐらい俺がいくらでもやるから、俺だけで満足しとけよ」
そう、君だけでいい。
「黒崎……飲ませて」
我慢なんて、できないから。この匂いに逆らうなんて出来ないから。
きっと、僕の瞳の色は変わっている。この時の自分の顔を鏡で見たことなんてないから知らないけど、黒崎が言うところによると、僕は赤い目をしているらしい。
そうかもしれない。
身体中の血液がざわめいている。
「俺だけなら……いいぜ。飲めよ」
そんな僕を見て、黒崎は血のように甘くてとろけるような笑顔を浮かべるんだ。
了
20111101
26000
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