黒崎の……首筋に。
この皮膚の下に……極上の甘い香りのする血が溢れてる。皮膚を舐めるだけでも、それだけで、不思議と甘さが漂う気がした。現実には少し汗の味がするのに……僕は甘いだなんて感じてタイ。
僕はもう、黒崎の血が美味しい事を、知ってしまったから。
甘くて、美味しいと……僕は知っている。
もう、知ってしまった。黒崎の血液の味を覚えてしまった僕は、この為なら何だって出来るだろうと思ってしまうほどに……。
歯を、立てる。意図せずに僕の歯は鋭く尖っているのだろう。意識なんてしたことはないけれど、そんなことはどうでもいいから。
僕は早く黒崎の血が飲みたかった。
僕だって蚊じゃないんだから、血を貰う時に麻痺薬を出してるわけじゃないんだから、黒崎だってそれなりに痛みは感じているだろう……けど。
いつもの戦い方を見る限り、霊体でも血も流れるし、痛みだって伴うんだから……少しくらい痛いかもしれないけれど、このくらいは何でもないか。
謝らなくていいや。いつも、僕はこんなレベルじゃない量の黒崎の血を見て心配させられているんだ。黒崎よりも見ている僕たちの心臓の消耗の方がいつも激しいような気がする。
黒崎の肌に、歯を立てると歯先が、皮膚に沈む。
普段、歯を立てるのと、また違う感覚がする……ゆっくりと黒崎の皮膚を僕の尖った歯を押していく。
「……っ」
ぷつ、と尖った歯先が皮膚に沈んだ。
黒崎の皮膚を刺して、そこから、流れる温かな……甘く……身体中に、甘い陶酔が巡る。
甘い……温かな、赤い黒崎の血液……が…口の中に広がる。
「……ん……」
この陶酔感に、身体が震えるほどだ。
僕の、全てが喜んでいる。細胞の一つ一つが、生きているのだと知る。
黒崎を飲み込む。
身体の中に、僕の中に黒崎が入って来る。
僕は陶酔に震える。
なんて、美味しい。極上の味わいとそれに伴う歓喜とで……。
「黒崎……美味しい」
甘くて美味しい。
溢れる血液を僕は舌で舐めとる。
一筋すら、勿体無くて、僕は黒崎の首筋に舌を這わせる。
「美味しい」
美味しくて……止まらない。
もし、黒崎が僕に血をあげるからと言って、無茶な要求を突きつけてきても、僕は僕が出来ることなら何だってしてしまうだろう。
黒崎がもし求めるならば、地面に頭を擦り付けて媚びたって構わない。
美味しい……美味しくて、僕が溶けてしまいそうだ。僕は、このためならきっと何でもできるだろう。
傷口から流れる血液を舌で舐めとる。
甘い、香り。甘い味。
僕が、味覚以外もすべての僕が喜んでいることがわかる。
美味しい。
「なあ、石田」
「……」
無粋にも、黒崎が僕に声をかけた。聞こえてはいるけれど、僕は返事をする余裕なんてない。
「俺の血以外、飲むんじゃねえぞ」
黒崎が何度目かの忠告をした。
もう、何度も同じ台詞を聞いた。
その度に僕は密かにほくそ笑む。初めの時に、僕は黒崎に前提条件として言わなかった。
だから黒崎は気付いていない。
「俺が血ぐらいやるから、誰の血も飲むんじゃねえぞ」
黒崎には教えていない。教えてやるつもりもない。
黒崎は、僕が誰の血でも飲めると思っているから、満月になると僕は『血液』が欲しくなるのだと思っているから、僕はそれにつけ込む。
「当たり前だ。血を飲むのが好きだなんてバレたくない」
そんな事誰にも知られたくない。
誰にも……本当は一番黒崎に知られたくなかった。知られてしまった代価が、君の血であるならば、それは仕方ない。
君の血が飲めるなら、僕はそれ以上望むつもりもない。
だって、こうして、黒崎の血液が僕の喉を通り体内を巡る、この感覚が、今の僕にとって至高なんだ。きっと、僕はこれ以上幸せだと思えることは今見いだせない。
君が戦うならば、その血を少しでも流さないように僕は君を全力で守るだろう。
君が僕にその血をくれる限り、僕は君を命を賭して守るだろう……きっと。そう、思えるほどに……。
黒崎はお得意の偽善で、自分以外に被害が広がらなければ良いとか、そう思っているのだろう。
それでいい。頼むから、そうやって勘違いしていてくれよ。
だって、君の以外要らない……だなんて、僕が君に対して弱味を握られている事と同じだ。知らないなら知られない方がいい、そんな事。
黒崎がそれを知って僕にもう血をくれなくなったら? そんな事は考えたくもない。
僕は、もう乾く苦しさを覚えてしまった。乾いてカラカラになって、そこに流れる黒崎の血が、唯一僕を潤した。
我慢すればいいだけなんだ。月が満ちてまた欠けるのを我慢して耐えていればいいだけなんだ……耐えられれば……それでいい。きっとその方がいいのは解っている。
黒崎が血をくれないと言ったら、僕は我慢できるのだろうか。
黒崎の人の血は、美味しそうじゃない。飲みたいとも思わない。満月は喉が乾くから、誰の血でも飲めるのかもしれないけれど、美味しそうな匂いなんて、しない。飲めと言われれば、きっと飲めるのだろうと思う、黒崎の血しか飲んだことがないから解らないけれど……飲もうと思えば飲めるような気がする。
それでも、飲みたいと思うほどには飲みたくない。きっと、黒崎以外の血では渇きは癒えないだろう。
今まで、黒崎がそばに居なければ、喉が乾くぐらいだったのに……一度味を覚えてしまったから、僕はもう満月の度に、黒崎がそばに居なくても、干からびてしまいそうな干魃に耐えなければならない。
君のせいで……それでも、君だけが僕を潤す。
君の……君だけが。
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20111015 |