02 電話越しに










 別に……明後日、学校で会えるんだけど……。


 特に、用事だってねえし……。

 枕元の携帯電話を見つめる。
 もともと携帯なんて、用事がある時にしか使わないもんだし、自分からはバイトで遅くなる時に家に電話を入れる以外の使用方法が思いつかなかったけど……。


 先日、石田の携帯番号を入手した。ちょっと、今までの俺の電話が特別になった。石田の登録した画面とか、石田からの大した用じゃないけど用件だけのメール画面見てニヤついてる姿は、本当に誰にも見せらんねえ。


 いつの間に手に入れたんだか知らねえが、俺に黙って携帯なんか持ってんじゃねえよ。そもそも持ったんだったら、すぐに言えよ。
 友達だろ?
 とか、文句付けたくもなるけど……友達だし。


 友達……親友程度の距離にはなれたんだろうか、石田と俺は。友情の範囲にはくいこめたと思う。恋までの射程は、どんくらい遠くなんだろう。


 結局片思いのまま……朝、会えば挨拶はしてくれるようになった。昼飯も嫌がらずについてくるようになった。休みの日に二人で遊びに出かけたりするようになった。時々は石田んちに遊びに行ったりするようになった。泊まることもある。


 今ここ。

 仲は、良くなれたと思うけど……未だに一方的な片思いは、現実だ。

 石田は俺がこんな想いしてんの、一ミリくらいは気づいてくれんだろうか。でも、気持ち悪いとか思われんだったら、微塵も気づかずに友達やっててくれるだけで嬉しいんだけど……。




 好きだ、なんてさ。



 男だし、そもそも石田だし。

 石田と話してて、笑ってくれるの、嬉しいんだ。いつもツンツンしてて、人を馬鹿にしたような態度で、馬鹿にできる程度に頭いいんだけど、そんな石田が、ふと俺に笑ってくれると、すごく嬉しいんだ。以外と、笑顔は無防備だったりするのが、すごく嬉しい。



 石田に会いたい。別に用もないけど。どうせ月曜になりゃ学校で会えるんだ。声聞きたいけど、石田のことだから勉強とかしてんだろうし邪魔だろうし。遅い時間ほど遅くもないけど、きっとまだ寝てる時間じゃねえだろうけど、夜だし……。電話しても、気づかない事の方が石田は多いし。そもそも電源入ってないこともよくあるし。


 会いたい。


 好きだって……そんだけならまだいいんだけど、標準の高校生としての性欲は持ち合わせてるつもりだから、好きだって気づいたら、次に触りたいとか、やりたいとか……思ってたりすんの……さすがに、気づかれたくない。変態って嫌われたら立ち直れる自信ない。



 けど……あいつの白い首筋とか、舐めてみたいとか思うの……俺、こんなに変態だったけ? 情けねえって、思って凹んでる時期は、もう結構前に通り越した。諦めて、バレないなら変態結構じゃねえかとか、開き直りで、バレない範囲で変態やってる。

 だから、石田のこと思い出して、石田オカズにして自分ですんのにも、もうあんまり抵抗がない。


 会いたいって……はた迷惑な衝動を堪えるために、俺は下半身に手を伸ばす。

 オカズにすんのは、情けないことに、ケイゴが俺に押しつけたグラマラス美女のヌーディーな写真集じゃなくて、石田。
 前に石田んちに泊まった時の、風呂上がりのパジャマからのぞいた胸元とか……そういうのばっか思い出して使う。




 ベッドに寝転がって、下着ん中に手を伸ばす。俺のはもう勃ち上がりかけていて、元気な自分がいいんだか悪いんだか。

 俺の頭ん中で、今日もまた石田のこと汚すことに石田に謝罪しながら……握って動かす……。


 情けねえ。

 情けないけど、こんなことでもしないと、耐えきれなくなって会いに行きそうだ。会えなくても家の前とか行きそう。行ったら行ったで、石田のことだから、すぐに俺に気づくんだろう。俺は不審者になる……とか、勘弁したい。


 仕方ねえ、生理現象だ。んで、俺は石田を好きなだけだ。どっちも仕方ねえし。

 自分の握って、動かして、瞼の裏に石田を映しながら……。




 してたら、枕の下で携帯が震えた。着信。





「……」



 んだよ、こんな時に。

 無視してやろうと思った。

 当然、無視だ。

 なんか用がありゃ、またかかってくんだろう。なんかあったら、こっちからかけ直してやってもいいから、今はちょっと無理……かと、思って。



 とりあえず目を向けたディスプレイに



『石田雨竜』


 って……!!


「石田っ?」

 慌てて、通話ボタンを押した。


『……あ、黒崎』

 慌てて出て、つい声が大きくなってしまったからか、ちょっと、驚いたような石田の声。聞きたいと思ってて、聞けて、ちょっと落ち着く。嬉しくて、胸の内側がポカポカする。つい口元が馬鹿みたいにだらしなく緩んでる……けど、誰も見てねえから、このままでいいや。


「どうした?」
『あ……いや、別に、大した用じゃないけど』

 ちょっと、滑舌の悪い石田。今まで、石田からかかってきたのはほとんどないけど、あっても、俺だって確認後に、十秒ぐらいで用件だけ言って、有無を言わさずに勝手に切るぐらいで……それも、ちょっと遊びに行ったときの待ち合わせとかで……。


 だから、今日かかってきたら、何か大事な話でもあんのかとか気になったけど……。


『あ、いや……ごめん、遅い時間に』
「まだ十時だぜ? 寝てるわけじゃねえよ」

 普段だったら、バイト終わって帰ってくる時間だって。

「んで、どうした?」

 石田から、電話だって、すげえ嬉しくて。別に用が無くてもいいんだけど。何となく今見てたテレビが面白かったとか、そんなつまんない話題でいいんだ。ただ、声聞きたかっただけだから。



『いや、大した用じゃなくて、忙しかったら月曜日でも……』
「暇。で、布団に転がってる」

 今、全力で暇だったから。

 んで、お前のこと考えて一人でしようとしてたところ。

『ああ、なら……』
「何?」

 歯切れの悪い石田なんて、珍しいから、何かあったのか? とか、少し不安になる。
 すげえ、嬉しいけど。

 でも、俺何かしたかな?
 それとも、石田がなんか困ってることでもあって、相談とか……。そこまで頼られてんだったら嬉しいけど。


『あの……この前来た時、黒崎、赤のボールペン、忘れていっただろ?』

「……」

 いや、別に、何でもいいけど、話題なんて、つまんない話でもいいけど……ボールペンかよって、思って凹んでる俺って……何期待してたんだろう。
 電話で悩み事でも打ち明けられるとか、もしかすると告白なんてして来ないかとか期待とかしちゃってなかったわけじゃねえけど、ちょっとがっかりしたりしてる所を見ると、やっぱり俺何か期待してたんだろう……。



 夜、石田のこと考えてて悶々としてる矢先に石田からかかってきた電話がボールペンかよ……。

 基本的に、赤ボールペンなんてあんま使わねえし、家じゃ引き出しの中に入ってるし。だから俺のペンケースの中身がどうなってるかだなんて、気づかなかった。しかも、この前石田んちに行ったって……先週の金曜日じゃねえか?


「どうだろう。見てみないとわかんねえや」
『ごめん。こんなことで電話して』
「いや、別に……」

 別に、いいどころか、大歓迎。今石田のことで頭いっぱいにしてたから、声、聞けて嬉しい。

 って、言えるわけもねえ。

 でも、嬉しい。

『じゃ、月曜日』
「あ、石田」


 切ろうとした石田に、まだ電話切りたくなくて、つい引き止めてしまった……けど、何話していいんだか。
 石田もだけど、俺も、あんまり会話が得意じゃない。話が得意な奴の舌に嫉妬したのは初めてだ。

『何?』

「あ……いや」

 何、言おう。もうちょっと、石田と繋がってたい。もう少し、声を聞いていたい。

 だから、なんか話題。なんかねえか、俺と石田とで共通の話題って……

「何してたの、今」

 で、結局そんなどうでも言い話題かよ、俺。頭悪すぎだろ?

『……特に』

 んで、俺もだと思うけど、石田も会話力は皆無。

「そっか……」

 でも、声聞けたし。
 石田から電話だなんて、珍しいし……すげえ嬉しかったから。
 それだけで満足しておこう。

 このまま声聞いてたら、やっぱり会いたくなっちまう。と、思うから、とりあえず満足しておこう。

『あ、黒崎』

「ん?」

『あ、あのいや……えっと』


 石田が電話先でなにやら口ごもってる。

『今、何してたの?』

「あっと……布団でごろごろしてる」


 んで、お前のこと考えて、一人で処理しようとしてた、とか。言えねえ。
 石田は考えたことあんのかな。
 石田と二人になっても女の話とかしたことねえし、石田んちに自分でできる為に使うような本とか、そういう類の物は何も置いてなかった。
 石田にも性欲とかあんのかな。自分でやったりとか……


 考えて、一人で興奮してりゃ世話ねえよ、俺。


『あ、そっか。さっき言ってたね』

 もしかして……石田も、今、俺との電話切りたくねえとか、少しは思ってくれて、だからその話題?

 だったらいいな、だけど。


 ただの俺の妄想だけど。

 石田が、電話口で、俺のこと考えて自分の慰めてたりすること想像してみる。

 勝手に俺のが俺の手の中ででかくなった。

 石田が自分で処理するなんて考えたことも無かったけど、石田だって標準な高校生男子だったりすりゃ、どうしょもねえ欲求持て余すことだってあんだろう。いや、無さそうだけど、あると仮定してみる。

 その頭ん中で、俺が出てきてることはないと思うけど……それでも、そう思ってみる。


 左手で携帯持って、右手で自分の握って、扱く。
 先端から、溢れてきて、下半身からにちゃにちゃした粘りけのある音が聞こえる。この音、電話から漏れてねえよな、きっと。

「石田?」

 声、聞かせてよ。
 おまえの声聞きたい。

 俺がこんなことやってんの、石田は、きっと露ほども気づいてねえんだろう。当然気付かれたくねえけど。
 好きだけど、惚れてるけど、でもせめてまだ友達でいたいから……気付かれるわけにはいかねえけど。


『……っ…』

 少し、石田の吐息が聞こえた気がする。

 いや、気のせい?
 だろ?

 でも、石田の吐息が聞こえて……俺は煽られる。今ので体温が一度ぐらいは軽くあがった。

「石田? なあ、明日、暇」

 電話の向こうに石田がいる。

 俺の想像の中で、石田も俺と同じことしてる。いつも涼しい顔してる奴だから、知識欲だけで生きてるようなやつだから、あいつに性欲があるだなんて思いもよらないけど……俺の頭ん中では、足広げて、自分のいじって、呼吸荒くしてる。


『明日? 明日は、天気予報だと晴れ、って……だから、洗濯物……』

「明日、行って、いい?」

 明日。会いたい。
 本当は、今すぐ会いたい。


『君、バイト……は?』

「ん、休み」

 ごめん、石田。俺、今、お前のこと心の中で汚してる。心の中の謝罪は、届かなくていいけど、とりあえず、心の中で謝っとく。

 そろそろ……少し強く握って、少し早く動かす。


「明日、時間、あんなら、遊びに、行って、いい?」

『うん……いい、よ。来て』



 俺の中では、その言葉を何回か、使ったことがあった。
 石田のこと組み敷いて、さんざん愛撫して、挿れていい、って聞いた時に、石田がいった言葉。俺の頭の中の想像だけだったけど、石田の声で、直接聞くなんて……思いもよらなかった。

 から……。


「……っ」

 石田の声聞きながら……イった。

 俺の手の中で、ティッシュ用意すんの間に合わなくて、腹にかかった。服にも布団にもついてないけど、後で風呂入らなけりゃ。

 今の、聞かれてねえよな……。




『……っん』

 携帯から、石田の小さな、声?


 まさか……だよな。俺の想像だよな。妄想が幻聴聞いただけの空耳だよな……。


「………石田?」

『……あ、黒崎…』


 小さな、声。少しかすれてるような気がした。




「じゃ、明日昼過ぎに行くから」
『うん。ご飯どうする?』
「どっか食いに行こうか」
『いや、一昨日ゆうだちにやられたんだ。最近多いから、午後洗濯物干してるときに外に出たくない』
「んじゃマックでも買ってこうか?」
『やだよ。チャーハンでいいなら作るよ』
「お、やった。ケチャップ味で卵入りな」
『わかった。あ、飲み物は何か買ってきて』
「ん? お前、いつも麦茶作ってなかったっけ?」
『ちょうど切らしちゃってさ』
「じゃ、水出しのパックも買ってくよ。なんかこだわりとか、いつも買ってんのとかある?」
『別に、安い奴』
「了解。で、ペットは何がいい?」
『お茶。ウーロン茶か緑茶ならどっちでもいいや』
「おう」
『あ、二リットルは、冷蔵庫小さいから一本しか買ってくるなよ』
「おう」
『じゃ、明日』
「明日、な」





 明日……石田に告白しようと思った。











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