【School Life】 05










「国枝さんイライラしてる?」

 今度の文化祭の意見書を二人で集計している時にふと石田がそんな事を言った。


 夏休みも間近に迫った時期。
 付き合っていた大学生の彼氏がガキ過ぎてついていけなくて、昨日の夜電話で別れ話をした翌日という忌々しい記念日。


「あら、顔に出てた?」

 別にそんなことぐらいで表情も態度も口調もを変えたつもりは無かったし、今日一日誰にもそんなことを気付かれることもなかったのに……勘が良すぎる奴は嫌われると、一度くらいはちゃんと忠告してあげた方がいいのかもしれない。


「そんな気がしただけ。どうかしたの?」
「昨日彼氏と別れただけ」
「……そう」

 少し、同情的な視線を向けられてしまった。石田に同情されるなんて……すごく敗北感を感じる。
 別に相性が合わなかったんだから別れるのは仕方がないけれど、それでもそれなりに精神力は使ったから、昨日はあんまり眠れなかったのは事実。

 私の些細な変化も見逃さないような石田を気に入らないのは相変わらずだけど。
 どうやら、そっちはそっちで、大変そうだし。



 だって、あの、黒崎が相手でしょう? この前見ちゃったのが、現実だったりしたら、石田と黒崎が、つまりそういう関係なわけでしょ?
 黒崎はそれなりに見た目悪くないけど、性格だってそんなに悪いわけじゃないけど、私はあのタイプ苦手だし、乱暴そうだし、優しくなさそうだし、だいぶ強引な性格してそうだから。

 可哀想だって、同情してやりたいのはこっちの方。



 けど、まあ、私が見た事は石田にも秘密にしてある。この学校で、黒崎と石田の繋がりが、友情以上だなんて知ってるのはおそらく私だけ。

 だって!
 言えるわけないし!
 石田と黒崎が、教室で抱き合ってるの見ちゃいましただなんて、どうやって言えばいいのよ! それをいったい誰が信じるの? 目の当たりにした私でも、未だに信じたくない部分がある。

 だから、石田と黒崎がただならぬ仲だっていうのは、私だけの秘密なんだけど。




「国枝さん」
「ん?」
「黙っててくれて、ありがとう」


「な……何が?」


 私が見てたことバレたかと思って、少し慌てた。まさか……私が目撃してしまったこと、気付いてるはずないから。でも、思い当たる節が……石田が上級生と喧嘩してたって話なら……もう、時効よね? それにあの上級生、他の事件起こして今謹慎中だし。

 私が、あの時扉の外側に居て、こいつらがキスしようとしてたの見てたの……ばれた? いやでも、そんな事あるはずない。
 教室のドアの隙間から覗いただけだし、二人ともかなり真剣に口論してたし、私に気付くはずない。
 だって、そんな余裕があるような会話じゃなかった……と、思うんだけど。内容はよくわかんなかったけど。

 もし廊下から誰かが覗いてた事が解ったとしても、それが私だってバレる要素なんかどこにもないのに。



「この前、見てたんでしょ?」


 ……ばれてた。
 しかも、私が知ってるって事まで知ってるの? 私、やっぱり黒崎と石田に対してぎこちない態度になってたかしら。

 ……ここまで勘が鋭いと、嫌味にも程がある。

 石田の事は認めているけど、心底付き合いたくないタイプだとは本心から思った。付き合ったら、浮気の一つも出来なさそうだもの。




「……いちいち吹聴するような人間じゃないから、私」
 前も言ったと思うけど。

 いちいち回りに言いふらすような事しないから。悪いけど、そんなにあんた達に興味ないから。


「うん。知ってる」

 もう一度、石田は私にありがとうって、珍しく笑顔つきで言った……笑顔の石田なんて、珍しい。
 私は今日はドン底に不機嫌だけど、石田は今日は気分が良さそう。口調も少し柔らかいし。

 こういう奴が、黒崎みたいな暴れ馬、乗りこなせるのね。

 尻に敷かれてるのだろう黒崎に多少の同情を込めつつ。




「もっと国枝さんて話し辛いタイプの人だと思ってたから……良かった」

「………」


 どう、いうっ! 意味かしらっ!?

 それ、全然褒められてるように聞こえないけれど……むしろけなされてるような気が。石田に話しやすい人って、あんた、自分が誰だかわかって言ってんの? 友達にしにくそう、話しかけづらいって代名詞みたいな石田が、誰に何言ってんのか自分で自覚ある?

 私の怒りゲージは、昨晩の睡眠不足と、昨晩の疲労とでかなりピークに近かったけれど、今ので限界超えそうになった。


 けど、石田は至って普通で……私が今石田に対して激しく怒りを覚えているとも気づきもしてないような顔で、どうしたの? とか、訊かれて……なんか、怒りは全部疲労に変わった。

 まあ、どうでもいいわ。




 その時、
 暑かったから、教室の窓が全開だったから、強い風が吹き込んできて、机の上のプリントが一枚飛ばされた。

 嵐でも来るのかしら。


「風強いね。暑いけどこっち側の窓、閉めようか」
「そうね」



 シャーペンを持ったまま立ち上がった石田が、窓をに近づいた。

 窓に近づいて、少し下を向いたまま、フリーズしていた。



「……石田?」

 早く窓閉めちゃってよ。って続きまでは言わなかったけど。
 それでも、声をかけたのに、石田は無反応。




 そして、石田が手に持っていたシャーペンがバキリと音を立てて折れた……のを、見てしまった……。



 シャーペンを、折るって……鉛筆を両手で折る事ぐらいは私にだって出来ると思うけど、シャーペンは無理だわ。しかも片手で!

 それでも石田は窓の外を凝視したまま固まってる。



 石田の握力に、恐怖を抱きつつも、石田がそんな事をする何かが窓の外にあることは確か。何を、見たのかしら、石田は。


 気になって、隣から覗き込むと……。






 黒崎と……女の子。

 織姫には劣るけど、可愛い子。


 が、黒崎に、赤いリボンで可愛くラッピングされている何かを押し付けられていた。黒崎は、受け取ってしまって、そして、女の子は走り去る。

 本日、七月十五日。
 何かイベントでもあったかしら?






「国枝さん………」
 隣から、低い声がした。


「な、何?」

「国枝さんなら、恋人の浮気現場目撃したら、どうする?」





 石田は窓の外の黒崎に目を向けたまま、顔は笑っていたけど……目は少しも笑っていなかった。





 浮気されたら別れるけど、さすがに、不可抗力でプレゼント渡されたぐらいで別れてたら、可哀想だし。


「……平手打ちぐらいで勘弁してあげれば?」













 次の日、珍しく遅刻ギリギリで仲良くチャイムと同時に滑り込みを果たした石田と黒崎。


 いつも通りに涼しい表情を浮かべた石田が私の斜め前の席に座る。
 ちらりと後ろを振り返ると、席に座った所だった黒崎……の左頬は、見事に赤く腫れていた。



 私は、つい、静かな教室で、吹き出してしまった。




















20110906
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