二世代  03










 リビングに通されたけど……広い。

 ダイニングとまた別にあって、リビングは、百貨店の家具売り場にあるような応接セット。天井はここだけ吹き抜けとか、そんで二階の部屋とか、で、親父さん一人暮らしな上に、ほとんど帰ってこないとか。きっと、金の使い方、なんか間違ってんじゃねえだろうか。

 外に居た時は寒かったけど、ジャケット着てると家の中じゃ暑いから脱いだけど……脱いだ所でくつろげねえって。

 しばらく立ち往生してたけど、石田が座ってろって言うから、とりあえず腰を下ろしたソファーは革張りで、しっかりしてた。一応座ったけど、座ったからと言って落ち着けるような場合でもない。いや、親父さんがいなかったなら、すわり心地を楽しんでみたかもしれないけど、今の俺の感情を一言で言い表せるような妥当な表現は見つからない。取り敢えず、部屋の観察。家具屋のインテリアコーナーで一揃えをそのまま持ってきたような統一感のあるリビング。テーーブルはガラス製……の上の灰皿に、吸殻が山盛り。


 それを、顔をしかめて石田が片付けていた。


「黒崎、紅茶でいい?」
「あ、ありがと」

 石田が紅茶淹れるって台所に消えて……二階からは、怒鳴り声が落ち着いて来た……けど、今のうちに帰りたいけど、帰ったところでどうすんだろう。いや、もう、なんか……。


「なんでアイツ飲まないクセにティーバッグとかあるんだろう。しかも、ここの銘柄高い割りに不味いのに」

 台所で石田のボヤキが聞こえる。


「やっぱこの家、広すぎんなあ」

 そう、言いながら親父が居間に姿を現した。

 さっきはシャツだったけど、上にニット着てるし……何でさっき脱いでたんだよ。
 そもそも何してたんだ、とか……嫌な想像して、多分それでビンゴだから、聞きたくねえ。いや、想像すらしたくない。俺は何も言及しないから頼むから親父も何も言うな。


「一護、悪いな」

「いや……びびったけど」

 根掘り葉掘り聞きたくねえ。あくまで、びびったのは、こんな場所で親父と会うことについてであって、石田の親父さんと親父が知り合いだった以上の関係については何も知らなくていい。知る必要はない。

「いやあ、石田とちょっとした腐れ縁で、茶飲みに来たんだ」

 親父……わざわざわざとらしい解説ありがとう。俺はそれを素直に信じる事にする。

「へえ……」

 確かにうちみたいな町医者が天下の総合病院に強力なコネが有るのが、なんか不思議に思ってたんだけど……石田の親父さんも医者だし、大学一緒だったりしたんだろう。

 とか、今はそれで納得しておこう。なんか、余計な事は一切聞きたくねえ。俺が悪いわけじゃねえのに何でこんなに居た堪れないんだろう。

「僕も、びっくりしました。父と知り合いだったんですね」

「ああ雨竜君、ありがとう」

 石田が白の、倒しただけで割れそうなティーセットに紅茶を入れて持って来た。


「だろ?」

 だろ? じゃねえ。いや、つっこみたい所色々あるけど、今は何も言いたくないというかつっこみたくない。ごめん、石田。石田の実家が見てみたいだなんて俺が我儘言ったばかりにこんな事になって。

「あ、あの……おじさん……なんかすみません。父が」

「雨竜、客でもない奴に茶なんか出すことはない」

 いつ来たのか、親父さんが、親父の隣に腰を下ろした瞬間に、タバコに火をつけた。

 その瞬間に石田が、灰皿を目の前に、どんって音を鳴らしながら叩きつけるように置いた。一応、テーブル、ガラスじゃねえの? オレが一番びびったんだけど……。

 そういや、親父さんもさっきシャツだけだったけど、今はアーガイルのカーディガン着てるし………いや、考えない。石田と同じ顔で、親父さんが親父と何してたかなんて、考えない!


「だってお客さんだろ?」

「客じゃない」

「茶ぐらい落ち着いて飲ませろよ」

「帰れ」

 石田も言葉、けっこう冷たいけど……親父さん半端ねえな。突き放す為にいちいち言葉選んでんじゃねえのって思うくらいだ。というか、俺は帰りたい。


「帰るよ」
「お前に言ったんじゃない。お前には言いたいことがあるから残りなさい」

「電話でいいだろ。黒崎、帰ろう」
「あ、おう」

「雨竜、残りなさい」
「嫌だよ」

 何だ、この空気……居た堪れない……てか、もういっそ空気になりたい。


「じゃあ、俺が残るかな」

 親父が親父さんの肩に手を置こうとして、親父の顔面に肘がめり込んだ……ああ。
 いや、親父、頑丈だから良いけど……なんか、すんません。


「……何で人様にそうやって暴力振るうんだ!」

 石田が親父さんを常識的に怒鳴りつけたけど、いや、お前もよく俺を殴るだろうが。いつもかなり痛いんだけど。しかも、鳩尾とか急所狙ってくんだろうが。俺はいいとか思ってるわけか? いや、石田に特別扱いされてるのは嬉しいけど、暴力振るうのは俺も良くねえと思うぞ。自分の事まず見てから言えよ。


「コイツを人扱いする事ない」

「うわー、ひでー」

 いや、まあ、確かに熊だけど……親父が熊ですみません。


「ここは私の家だ。私のルールに従ってもらう」

 あ、なんかさっき、その台詞石田が言ってた……気がする。

「黒崎、お前はお前の息子を連れてさっさと帰れ! 私の近くで息を吐くな、家の空気が汚れる」

「おじさん、本当にすみません」

 石田は親父に謝る前に俺に今朝辞書投げた事を謝れ。その後俺の肩蹴った時に出来た痣に謝れ! あれ、けっこう痛かったんだからな!


「じゃあ、雨竜君、うちに来るか。今日はうちに泊まれ」
「雨竜をどうする気だっ! そもそもお前が癌なのか! 不穏な遺伝子残して! 私の息子には手は出させないからな」

 えっと、その不穏な遺伝子って……やっぱ俺の事か? いや、もう手どころか、色々出してますが、どうしよう。殺されるか、俺。その前に、親父が。

「別に僕が何処に行こうと勝手だろ」
「この男の息がかかった場所だけは許さん。仕送りを止められたいのか」

 石田がよく、仕送りがどうのっつって、嘆いているの聞くよな。
 まあ、うちの学校表向きはバイト禁止だし……まあ、表向きだけで、けっこう先輩方は普通にみんなバイトしてるけど……扶養身分の辛い所……。


「……卑怯だ…」
「そもそも、お前の独り暮らしには賛成したわけではない。私の言うことを聞く条件にお前に月々決った金額を払う事が、前提だろう」
「………」
「まず自立してから偉そうな口を叩け。契約を反故にするなら、高校は諦めるのだな。学費は誰が出していると思っているんだ」



 仲、悪いな。怖いし。
 石田が親父さんと反りが合わないって言うの、聞いてたけど、想像以上だ。

 うちの親父で良かったとか……まあ思わなくねえけど。


 でも、お互い反りが合わなくて、石田が一人暮らしだって聞いてたけど、親父さんは賛成してたわけじゃないんだ? 追い出されたように出てきたんだと思ってたし、石田が言ってんのもそう言うニュアンスだったのに……親父さん、別に石田の事嫌いなわけじゃないんじゃないか?


 とりあえず、今は親父連れて帰るのが良いのだろう。

 この状態で挨拶とかの場合じゃねえ事はわかった。


「帰れ」
「へいへい。一護、帰るぞ」

「あ……ああ」

 帰れるんならさっさと帰りたい。この空気、もう本当辛い。

 本当だったら今日は石田んちに泊まって……とか思ってたけど……無理だな。石田んちに勉強した教科書とか置きっぱなしだから……月曜日持って来て貰わねえと。ってゆうか、本当、俺が石田の実家を見てみたいとか我儘言って悪かった。




「あ黒崎、ジャケット」
「サンキュ」

 さっき脱いだジャケットを石田が渡してくれた。やっぱり、気が付くんだよな、石田は。口は悪いし、態度は冷たいけど、なんだかんだ言ってけっこう面倒見がいいの知ってるし。気が利く。頭の回転良すぎて色んな所が見えるだけかもしんないけど、やっぱりちょっとした事見られてると、気にかけてくれてるって思って嬉しい。

 そんな所にも惚れてんだけど。




「忘れ物だ」

 って声がして、ふと見たら親父さんが親父のジャケット投げてた………。











 帰り道……親父と二人で並んで歩く事なんか何年ぶりだろう……本当は石田と石田んちに帰る予定だったけど……まあ、仕方ねえ。今はとりあえず、息が吸える事に感謝をする。空気は美味しいと思う、酸素が有り難い。




「……石田と親父さん、似てんな」

 なんか、色々聞きたくなくて、ようやく思い付いた言葉がそれだった。



「ああ、そっくりだろ」

 親父は、笑った。その、笑顔の意味は考えないようにしておいた。

 そんで、俺と親父もよく似ているのかもしれない。















20101216