20111106
01










 落ち葉を踏むとさくりと音がした。もう、落ち葉の時期なのかと空を見上げる。公園の銀杏は黄色に色付いて、風に乗せてその色を青に散らす。

 嫌味なまでに空は青く雲一つなく、布団を干してこなかったことが悔やまれる。こんな日なら、お日様の匂いのする布団が仕上がったかもしれないが、帰宅する時間もわからない。

「まだかな……」

 思っていた事を知らずうちに声に乗せていた事に驚き、雨竜は慌てて周囲を見回したが、特にその呟きが誰かに届いた気配はなく、ゆっくりと犬を散歩する老夫婦が前を横切った。子供の笑い声に、元気だなとつい微笑みを向ける。

 晴れている。吹く風は強くはない。だが冷たい。こうしている内にも少しずつ体温は奪われる。マフラーくらい持ってくれば良かったかもしれないと、少しの後悔と共に、雨竜は着ていたジャケットのボタンを止めた。

 少し、ため息をついて時計を見る。

 待ち合わせの時間よりも少し早く着いてしまったが、時間通りに来ていたとしても十分は待っている事になる。この公園は相手の自宅の方が近いはずだというのに。携帯電話でも持ち歩いていれば連絡も取れただろうが、雨竜は家の引き出しにしまったままの電話機を思い出した。親に持たされたものだが、使う気にはなれなかった。

 来たら、どうやって文句を言おうかと考える。

 第一、約束は無理矢理されたものだ。気がついたら同行することになっていた。断る隙もなかった。

(……誕生日プレゼントって言っても、僕がわかるわけないじゃないか)

 女の子が欲しがりそうな物など、解るはずがない。そもそも何故自分が同行する事になったのか、相手が来るまでの時間に一つでも多くの攻撃材料を得るために反芻する。




 相談を持ちかけられたのは、昨日の昼。






「石田、誕生日プレゼントって何がいいのかな?」

 そろそろ寒い時期になり、恒例になっている屋上での昼食を断念したのか、弁当を食べている雨竜に一護は声をかけた。

 食べている時に話しかけてくるなとの意味を込めて雨竜は一護を睨み付けたが、一護は気にした風もなく、雨竜が咀嚼し飲み込んで口を開くまでの時間も気にする事もなく、待っていた。


「……さあ? 何で僕に訊くんだ」

 だいたい、そんな事を相談されるほどに仲良くなったつもりはなかった。

「いや、だって……」
「そもそも君が渡したい相手も知らない」

 関係ない、と突き放し雨竜は食事を再開した。食べるのはあまり早い方ではないし、飲み物を買いに行ったらいつも買っているお茶が売り切れていて、校内の遠い方の自動販売機まで足を伸ばす羽目になった。弁当を食べるために残されている時間は少ない。次は選択授業で移動教室だ。自分が遅れてしまうのも問題だが、他のクラスの人間もやってくる。この席も誰かが使うはずだ。
 だから、早く食べてしまわなくてはならない。そう、思って一護の言葉を待たずに玉子焼きを口に運んだ瞬間。


「………好きな奴に……あげたいんだけど……」



「………………っ、げほっ」
「ああ、おい、大丈夫かよっ?」

 気管支に入ったようだ。あまりのショックで飲み込む場所を身体が間違えた。口を押さえて咳き込む雨竜の背中を一護は擦りながら心配そうに顔を除き込んだ。

 雨竜は慌ててさっき買ったお茶を飲み込んで、落ち着かせた……が。

「ちょ、黒崎。何だって?」
「いや、だから好きな奴の誕生日プレゼント」


 まず、何に驚いて良いのか雨竜にはわからないが、驚いたのは確かだ。

 黒崎がそんな相談を雨竜に持ちかけてくる理由がわからない。
 死線を共にし、背中を預けて戦ったことはあるが、虚との戦いの時だけの関係で、日常では仲良くなったつもりはない。何度となく屋上での昼食を誘われてはいるが、水色と啓吾との会話はなかなか面白く、つい笑ってしまったことは何度もあるし、彼らとも普通に喋るようにもなってきたが、それでも一護とあまり会話らしい会話をした覚えはない。
 一護が話しかける事もあるが、一護は人受けのする話術など知らないし、雨竜に至っては会話を続けようと努力すらしない。生活面での共通の会話などないのだから仕方がない。そんな関係であるはずなのに、相談する相手に雨竜を選んだ事がまず疑問だ。


 それに、好きな奴……というか。


「どの顔で好きだなんて……」
「てめっ! 顔は関係ねえだろ!」
「……ごめん、意外すぎたから」

 勿論、そんな話題を振られるほどに仲良くなったつもりはないが。

 虚との戦いと生活と学業と趣味で手一杯な雨竜にとって、他にも興味を向ける対象があると言う余裕には少なからず驚いたし、一護の興味を引く他人と言うのにも驚いた。
 一護の性格は傍若無人であり、ただ強く在る為にその一方的とも思える押しの強さも正しいと錯覚してしまうような奴だとの認識だったから。
 心に、何か秘めた想いを隠せるような性格だと認識していなかった。他人が何を考えているのかを察知するのは得意だとの自負はあったが、一護が誰かに好意を持っていると言うのは予想外で思い付きもしなかった。


「……ああ、そう。マフラーぐらいなら作るよ? 千円でどうだい?」
「いや、いい。買いに行く」
「帽子と手袋もつけて千五百円ならどうだ?」
「だからお前は作んなくていいって」
「なんだ、噂を聞いたんじゃないのか」
「何それ?」
「知らないなら知らなくていいよ」

 文化祭で売った作品がなかなか好評で、買うよりも上質なものを安価で提供する為に、あまり公にはできないが、いい小遣い稼ぎにはなっている。クリスマスに向けて、プレゼント用として、来月は忙しくなるだろう。

「で?」

 少なからず雨竜の興味は引いた。端的に続きを促すと、一護は柄にもなく赤い顔をして、口ごもりながらはにかんだ笑顔を見せた。

「いや、何がいいかなと思って……」




(……知らないよ)

 つい、突き放してしまうような言葉が口から出そうになり、慌てて止める。

 先日水色に、一護にばかり冷たい対応をしていて、なにか特別なのかと茶化されたばかりだ。気を付けなければと雨竜は気を引き締めた。
 特別に一護を嫌っているわけではない。特別に霊圧が強い死神代行だという認識はあるが、今更一護に対して憎悪を持っているわけではないが……やはり、一護が視界に入ると若干の苛立ちが含まれる。だから、互いに相性が悪いだけだと思うと、その時感じていた事を水色には素直に吐露したが、それすらも揚げ足を取られて、一番気になる相手だとレッテルを貼られてしまった。

 男の雨竜が見ても、可愛らしいと思えるような水色にまさか自分が言いくるめられそうになるとは思わずに、そこまで一護に対しての自分の態度があからさまだったかと反省し、なるべく他のクラスメートと同じ対応になるように心がけようと誓ったばかりだ。

 だからといって、そんな相談を持ちかけられても困る。そう、言うのも憚られたが、大きく溜息を吐くのも似たような対応だろうかと、とりあえず雨竜は一護を見上げた。



「駅のデパートでいいと思う?」
「……いいんじゃない?」

「じゃ、明日の昼な」
「は?」


「貯水地の隣の公園の時計んとこ、十二時な」
「へ?」


「お、授業始まるから、弁当片付けた方がいいぞ」
「…………」



「しっかし、お前、食うの遅えな」



 その呆れたような一護の言葉に、誰のせいだと文句を言おうかと口を開きかけたが、予鈴がなってしまい、雨竜はしぶしぶと弁当を片付けた。
 食べるのが遅いからといっても、少食だとは思わないし、量は普通に食べるし、食べなければお腹が減るのだから、空腹は全て黒崎のせいだと責任を擦り付け、今度今回の件を持ち出して言いくるめて昼食を買わせようと誓ったら、少しだけ気が晴れた。

 それが、昨日の話だ。





 本来ならせっかくの休日を、不本意にも勝手に予定を埋められてしまい、会ったらちゃんと断って帰ろうと思っていたのだが。

「石田、悪いッ!」
「……どうしたの?」

 頭に枯れ葉やら枯れ枝やらをつけたまま、全力で走ってくる一護に、第一声を間違えてしまった。



「いや、出てくる時に親父に見つかって、飛び蹴り食らったら、庭の樹に突っ込んだ」
「……そう」

「蹴り返したけどな」

 遅刻のどんな言い訳が出てくるのかと思ったら、なにやら得意げな表情でされた予想外な言い訳で、雨竜には返す言葉が思い当たらない。大丈夫だったかい、庭の木は、と、心配するほどに雨竜はその樹の事を知らない。

「……変わってるね」
「そっか? 普通じゃね?」

 雨竜には普通の家庭はわからないが、雨竜が想像する普通よりもだいぶ激しい愛情表現をするようだ。

「飯食った?」
「まだだけど」
「お前、マックとか食う?」
「あんまり外食はしないよ」

 そう、言ったはずなのに、なぜ今駅前のファーストフードで一護に奢られて昼食を食べているのか、雨竜には疑問だった。美味しいとは言い難いが、食べられないわけではないし、お腹も空いていたのもあるが、食べた事がないわけではないが、味付けは薄味の方が好きだし、あまり上質な油を使っていないので胸焼けがするようなジャンクフードはあまり得意ではないが、勝手に一護と同じものを注文されてしまったので、食べるしかなかったが……。


「で、これとかどう思う?」
「少し、ごつくないか?」


 一緒に店まで来て、一緒にアクセサリーを見ている事の方が疑問だったりもする。



(どこで、断ればよかったんだ……)

 ハンバーガーを食べ慣れていないせいか、パンと肉を一緒に食べる事に苦戦している間に、とっくに食べ終わった一護にじっと見られていた事に気付き、食べにくくてハンバーガーと格闘しているなどと悟られるわけには行かずに、上手に食べる事に気を取られていて、帰ると言い出す機会を逸してしまった。もともと食事中に誰かと何かを話すのは得意ではない。

 そして、食べ終わったら落ち着くまもなく腕を引っ張られるようにして、ここへつれてこられてしまった。











20101106
一人称の文章どこまで出来るかやってみたけど、挫折します。