「………っ!」
寝汗をぐしょりとかいていた。
気持ち悪い。
馴染んだ天井が目に入った。
………夢、だった。
よかった。夢だった。
びっくりした。
なんて夢を見るんだ、僕は。
わざわざお見舞いに来てくれたり、何故かキスされたり、お粥作ってもらったり、優しくされたりして、妙な気でも起こしたのか? 欲求不満とかだったか、僕は? 恥ずかしい。絶対、誰にも言えない。僕の中の恥ずかしい想い出ランキングに伝道入りしてしまいそうなほど恥ずかしい夢を見てしまった。恥ずかしいというか、失敗談の中に入れてしまってもいいだろうか。
情けない。
疲れた。本当に疲れた。
この夢でたぶん寿命が五年くらい縮んだんじゃないだろうか。まだドキドキしてる。心拍数が激しい。寝ていたのに、こんな全力疾走した後みたいな疲労感……。
にしても、黒崎には有難うって言わないと駄目だけど、それにしても何だったんだろう? 実は黒崎もすごく熱を出していておかしかったとか? 考えても埒があかない。お見舞いに来てくれたことだけお礼すればいいか。今は……喉乾いた。
今……何時だろう。真っ暗だ。黒崎が来たのが夕方前だから、夕方ごろ寝たとすれば、そろそろ夜だろうか。
枕元の時計を見ようとして……まさかのオレンジが目に入った。
……くろさき?
居たのか?
「黒崎?」
「ん……」
僕のベッドに突っ伏して黒崎が寝てた。
時計を見たら、もう十時になっていた。もともと僕は人の気配が在るところで安眠できる方じゃなかったのに。黒崎の霊圧があれば絶対解りそうなものなのに、もともとそこにあったから、気付かなかった。
すっかり、寝てしまったようだ。
十時ってことは、そろそろ帰らないとさすがにまずいだろう? 起こさないと。
汗で張り付いた髪の毛が気持ち悪くて、払おうとした手が黒崎の手を握っていた事に、今、気付いた。
もしかして、黒崎は帰らなかったんじゃなくて、僕が黒崎の手を握り締めていたから、帰れなかったんじゃないだろうか……そう思うと申し訳ない。
熱で苦し紛れに我儘言ってしまった事は、覚えている。寂しいという感情は普段は無縁だけど、熱が出て体調が悪い時だけはどうしても、感情が大きく左右されてしまう。変に思われなかっただろうか。呆れられていないだろうか。
やっぱり、ずっと、ここにいたのかな。
部屋はエアコンもついてない。こんな時期で、黒崎は制服のままだし、風邪をひいてしまわないだろうか?
起こして、黒崎を帰さないと。黒崎の家族も心配してるだろう。黒崎はご飯食べたんだろうか。もし僕が手を掴んだまま離さなかったとしたら、晩御飯も食べていないかもしれない。
ちゃんと、お礼を言わないと。風邪薬を買ってきてもらったし、お粥も美味しかった。
おかげで僕の熱はだいぶ下がったようだ。喉は痛いけれど、さっきと比べたらだいぶ身体が軽い。
それにしても、妙な夢を見た。まさか黒崎を好きだなんて。本当になんていう夢を見るんだろう。黒崎が帰ったら、着替えてもう一度寝なおそう。今度は夢も見ずにぐっすり眠りたい。
上半身を起こして、布団から出ると汗をかいていたせいもあって、寒かった。
「黒崎、風邪をひくぞ?」
黒崎の肩を揺さぶるとゆっくりと頭を持ち上げた。目蓋が重そうだ。風邪を移していなければいいけど。
「あ……おう」
ぼんやりとした顔つきでしばらく僕の顔を見ていた。電気ついてなくて、暗がりだけど、黒崎が僕を見ている事ぐらいは解った。
「石田、大丈夫か? 辛くない?」
「僕はもう大丈夫だけど……」
「そっか。良かった」
そう、言って黒崎は笑った。笑ったって言うか、微笑んだ……さっき、夢で見た黒崎の笑顔と重なった。
………今、僕は、一瞬だけ、心臓が止まったような気がする。
だって、黒崎が、僕の夢に出てきたあの表情と同じ顔をするから!
いや、今黒崎は眠いからだ、きっとそうだ。もしかしたら、こんな所で寝てしまっていて風邪をひいたのかもしれない、少し熱があるのかもしれない。体温計がないから、今その熱を実証できない。もし熱が出てきてしまっても、ここにはシングルベッド一つしかないし、一緒に寝るわけには行かないだろう。さっさと黒崎を自宅に帰らせてしまわなくては。きっと僕が風邪を伝染してしまった可能性がある。だからこんな黒崎らしからぬ笑顔を僕なんかに見せるんだ。
「心配かけさせて、悪かったね」
もし黒崎が眠かっただけでも、そうやって僕に笑ってくれるってことは、僕の体調が少しでも回復した事に喜んでくれたって事だから、微笑む黒崎に心配かけたんだって、申し訳なくなった。
でも、少し嬉しかった。
「心配なんて当たり前だろ?」
黒崎は何だかんだ言って優しいから、自分のことより他人を心配する方だから、やっぱりだいぶ迷惑をかけてしまったようだ。
申し訳ないけど、でも嬉しかった。
黒崎の手がそっと伸ばされて、僕の顔に触れた。
黒崎の手が、冷たい。こんなに寒いのに、ずっとここに居てくれた。僕の為に。
僕も……もしかしたらまだ熱が下がっていないのかもしれない。顔が熱くなってきた気がする。
「心配なんて当たり前だって。俺はお前の恋人なんだからな」
「……え?」
なんて言った、この男?
「好きな奴を心配すんの、当然だろ?」
ちょっと、待て? 今なんて言った? って、聞き返しても居ないのに追い討ちのように繰り返してくれて有難う……いや、でも何て言った?
「さっき、お前も俺の事好きだって言ってくれただろ? すげえ嬉しかった」
………さっき、その台詞聞いた気がする。なんの既視感だ、これは?
「心配してんだから、早く治せよ?」
黒崎は、そう言いながら少し身体を伸ばして、僕の頬に軽く口付けた。
心配そうな顔で、でも、なんか、尻尾が大きく振れているような錯覚……。
錯覚だ。
さっき夢で見た表情と同じ笑顔を僕に向けている。安心していいって、信頼していいって無条件に言われているようなそんな笑顔。絶対的な好意を向けられているのが、信じられる、そんな笑顔。
それが可愛いだなんて思うのは……熱が、上がってきたのかもしれない。だって、こんなに顔が熱い。
心臓が、ドキドキしている。耳まで熱くなってきている。
僕は、まだ起きてないのか?
了
20101227
目指したのは二段オチ |