熱に効く薬 02










 薬を買って来ただなんて、黒崎のクセに何で気が利くんだ!  今はそのお節介は本当に迷惑なんだよ! 薬は欲しいけど、今じゃなくていい。僕がトイレに行ってからでいい。頼むから帰ってくれ。悪いけど有難うなんて言ってやらないからな。
「いつも何飲んでんの?」
「別に、安い奴……」
「じゃあ、これでいいか」
「あ、ありがとう……」

 じゃない。帰ってくれ!

「汗もかいてるだろ? 着替えた方がいいんじゃないか?」
 だから! 着替えるからどっか行けって! 寝汗かいてて気持ち悪いし、もしかしたらそろそろ冷や汗が出そうだ。
 朝は本当に具合悪かったから、制服脱いだ所で力尽きて、今着てるシャツだって学校のなんだ。本当にさっさと脱ぎたいんだ!
 身体も汗で気持ち悪いから、シャワー浴びたいし……いや、シャワーはまずいかな。風呂場で倒れたら、それでこうやって黒崎が偶然来たりしなかったら、白骨化しててもおかしくないような生活をしている。


「俺が身体拭いてやろうか?」
「……」

 ケッコウです。


「んじゃ、薬飲むだろ? お粥作ってやるよ」
「………」



 だから、帰ってくれっ!


 薬よりお粥よりも僕の優先事項はトイレなんだ!


 今僕は下着しか履いてないんだ。

 体育でジャージ着替える時もあるけど、わざわざ下着見られたくないし、黒崎だって見たくもないだろう?

 学校で体育の授業があればジャージに着替えるけど、その時に見られる事はあったかもしれない。それは仕方ない。別に気にしない。僕だって意識したことはないけど黒崎が着替えるところを視界に入れたことだってきっと一度や二度くらいあっただろう。そのあたりはお互い様だ。
 だけど今日だけは、絶対、何があっても見られたくないんだ。

 いつもなら、あまりラインが出ないようなボクサーが好きだけど、別に今日は着替えることもないから、油断して……。





 ……安売りでまとめ買いしたトランクスが、苺柄、をしてるなんて黒崎だけには知られたくないんだ!




 だって、いいじゃないか。人に見せる機会なんてないから! 誰に文句を言われる筋合いもないし、見せるつもりもない。
 学校で着替える時だけ気を付ければ良いかなって思ったんだ。安かったし。三枚五百円。お金無いし。
 洗濯干す時はなるべく内側に干すようにしてるし。


 別に苺柄のトランクスは僕の趣味じゃないって、言い訳すらしたくないよりも前に、見られたくないし!




「黒崎……あの……、さ」


 今、トイレ行きたいけどパンツが苺柄で恥ずかしいから帰れ!

 ってどう言えばいいかな。

「……石田?」

 とりあえず、いま、まさに窮地だ。黒崎が出て行きそうな気配を作ることには失敗した。黒崎を我が家から出て行きそうもない。なんか、お粥作る気で居るし。何だかんだ言って仏頂面で不良みたいな外見の割りに面倒見がいい奴だという認識は間違っては居なかったけど……別に今、その心尽くしを発揮されなくてもいい。
 黒崎が変える気配はない。
 そうすると、僕がトイレに行く為には、ちゃんと事情を話して、向こうを向いてもらう。
 もしくは、腹をくくって開き直って、苺柄の何が悪いって態度で堂々とトイレに行くか。第一、別に僕の家なんだ僕がどういう格好をして寝ていたって黒崎には何の迷惑もかけていないはずなんだ。というより、黒崎が居る事で今僕が迷惑をこうむっている。だって、ここは僕の家だ。

 とにかく目下の優先事項はトイレだ。黒崎を追い出すための万策は尽きた。

 とにかく向こうを向いていろと言おうと思って、身体を起こしかけたら……目眩がして、ふらついた。
 まだ、熱があるのかな。


「石田、大丈夫かよ。寝てろって」

 ふらついた僕の身体を、黒崎が支えてくれた。倒れそうになった背中を、黒崎の腕が支えている。
 力が入らない僕はそれなりに重いだろうけど、黒崎の腕は僕の体重ぐらいじゃ動く事は無くて安定感があった。から、つい、その腕に体重を任せてしまう。

 世界がぐるぐる回っている。
 ああ、熱、まだあるな。

 すごく近くにある黒崎の顔もぐるぐる回っている……酔いそう。

「あ……ごめん、黒崎」

 気持ち悪い。食べてないのに吐きそう。

「大丈夫か?」

 黒崎が僕の顔を覗き込んでる。

 なんか近いなあ……。


「……黒、崎」

 気持ち悪……い。黒崎の顔が回る。天井も回っているんだろう。

 ああ、喉が乾いてる。
 口の中までがカサカサしている気がする。
 トイレに行ったら次は水分補給しないとな。黒崎が何故かお粥作るらしいから、食べたら薬飲まなきゃ。食べないと薬の効きは悪いし。気持ち悪い。のどかわいた。

 唇も乾いていて、何となく唇を舐めたら、至近距離にある黒崎が何だかごくりと唾を飲んだ音がした。


「黒崎?」

 つい黒崎を見ると、なんか……、

 妙な顔で僕を見てた。

 何だか、妙な顔だ。

 驚いたような表情をしていて……瞬きするのを忘れてるみたいだと思った。目が乾いてしまわないか?

 それで、僕を見てる。

「黒崎?」

 そう、呼んでみたら、黒崎の顔が近づいてきて…………?!




 何だ?




 黒崎は、何をしてるんだ?



 何故今僕の唇を黒崎の口で塞ぐ必要があるんだ?
 何をしているんだ?

 いや、今僕は何をされているんだ?


 そもそも、この行為は一般的に男女の愛情を示す手段の一つで、今僕にはこんな行為をする相手は居ない。どころか、万が一に黒崎とこんなことをする間柄ではないはずだ。


 だって、これは一般的にはキスと呼ばれるアレだろ?



「んっ……、黒、崎っ!」


 黒崎の胸を押したが、僕が風邪で弱ってるせいか、びくともしない。


 だって、今キスとかしてるんだろう?
 いや、黒崎は今何か考えがあっての事かもしれないけど、僕には考えも及ばない。今、黒崎と何故かキスしてるとしか思えない。
 いや、これは一体……。
 どうしよう。

 さっき、支えてくれた背中にある腕は、今はなんか拘束具のように、安定感がありすぎて、動こうともしない。


 黒崎の胸を押しても、うんともすんとも言わない。どうしよう。引いてみるか……?  いや、引く必要はない。これ以上密着してどうする気だ。


 もしかしたら……今僕は混乱しているのかもしれない。
 備え有れば憂い無しって諺には両手を上げて大賛成で、考えてから行動する方で、どちらかと言えばアドリブは大嫌いな方なんだ。
 こんな想定外の事態に、もしかしたら僕は今だいぶ混乱しているのかもしれない。

 何だ? 今何が起こってるんだ?

 そもそも、黒崎は何でこんなことをしているのかが解らない。

 なにか正当な理由があるかもしれない。黒崎はどちらかと言えば直感で動いて、考えるよりもまず行動するタイプの人間だと思っていたが、もしかしたらこの行動に何隠された意味があるのかもしれない。


 けど!
 黒崎が何を考えていようと、鼻風邪をひいたらしいから、口なんか塞がれてたら息ができないんだ!

 今僕は混乱というよりも、むしろ酸欠だ。

 まさかとは思うが、僕を殺す気か?
 もしかして、宣戦布告か? 



 僕は何か黒崎の気に入らない事をしたか?
 黒崎は僕に何の仕返しだ?
 心当たりは、全く無いわけでもないけど、この前、虚が出た時に黒崎が考え無しの行動をとったから、僕は馬鹿にした嫌味のつもりの言葉を投げた。黒崎は気にもしてないようだったけど、もしかしてアレか? それとも……。いや、今はそんな場合じゃない。このままじゃ、息ができなくて死ぬ。
 でも、もし本気で嫌がらせだとしたら受けて立つよ!

 と思って……風邪をひいているせいか、上手く弧雀が出せない。何て事だ。いつもは呼吸をするより簡単に霊気を収束できるのに。こんな時に僕は何で風邪なんかひいているんだ!
 いや、違う。僕はあまりの状況に取り乱しているんだ。落ち着け。落ち着けばこの状況を打開できる策があるかもしれないけど……どうやって落ち着けばいいんだ!




「黒、崎……、くるしっ……」



 さすがに苦しくなって、僕は暴れた。無茶苦茶に黒崎の胸や肩を叩いた。
 自由になる足で、黒崎を蹴ろうとしたけど、この態勢じゃ届かない。

 黒崎じゃなくて、布団を蹴ってしまい足が出た。


 ああ、苺柄のパンツが……。



 いや、命の危機か下着を見られるかを天秤にかけるなら、僕は苺柄どころか一番可愛いにゃんこ柄のパンツを見られたって構わないっ!




 布団がベッドから滑り落ちたけど……構わない!


 こんな情けない攻撃で死んでたまるか!











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