「……雨竜、すげえな」
呼吸が整わないままに見た彼は、僕の吐き出した白くて粘度のある体液で、手を汚して、それをじっと見ていた。意思の込められない視線で見た彼の顔は、唇が笑みの形を作っていた。
僕は……黒崎の手で……黒崎の手に……黒崎、なのに。
「雨竜は痛くされてイっちゃうんだ?」
「………っ…!」
挑発するような、揶揄するような、そんな響きを含有させるその声は、僕の羞恥を喚起させた。羞恥心で身体中が熱くなった。恥ずかしいのと、情け無いのと、悔しいのと、全てが僕の許容量を超えていた。
でも、事実だ。こんな事をされて………僕が触ったら、自分でだったら、こんな風にならないのに……。
痛くされて……。痛かった。痛みを感じた。
怖かった。
それでも僕の身体は勝手に、その中にあった快感を追ってしまった。
僕は………。
生理的な反応だ。ただの反応だ。これは僕の意思じゃない。
だから、触られて、こんな風になるのは仕方がないんだ。
だから……だけど、実際、痛みを与えられて反応した僕も同等の……それ以上の罪がある。
屈辱に、涙すら滲む。
「雨竜、立って窓に手を付け」
彼が立ち上がって、僕の二の腕を掴んだ。掴んで、上に引っ張られる。
「……何で、だよ」
まだ、身体中が震えている。心臓が痛いくらいに脈動している。達した直後の酩酊感よりも、黒崎の手で達してしまった屈辱と、向けられた嘲笑に対する羞恥と、与えられた痛みに対しての恐怖に萎縮して、それがどんな感覚だったのか良く覚えていない。
力が、入らないのに。この状態で、立つなんて、膝にだって力が入らないのに。
「まさか、これで終わりだとか思ってるわけじゃねえだろ?」
「………嫌だと、言ったら?」
そう、言ったら……。また彼の機嫌を損ねて、僕に何かをするのだろうか。
また、苦しくされるのだろうか。
苦しかった。
死ぬのは怖くない。そう、思ってた。何度も僕は死に直面した。それでも、こんな恐怖は感じたことはなかった。
そう思うと、僕には怖くなって、立ち上がった。また……同じくらい、怖い思いをしたくない。脚には力が入らず膝ががくがくと震えていたけれど、彼に指示された通りに、窓枠に手をついた。
曇天は夕陽すら覗かせない。すぐに暗くなる。
窓から、グラウンドが見えた……。
「なあ、何が見える?」
背後から彼は僕の耳に声を流し込むように、ゆっくりと語りかけた。
「……外」
外が、見える。少し丘陵にある校舎は町並みが見渡せた。暗い空に街が淀んでいる。
「他には?」
耳の中に息が吹き込まれる。身体の中に声が侵入してくる。声が僕の脳をやんわりと包み込むように刺激する。
「……グラウンド」
「誰か居た?」
運動部が、片付けをしていた。野球部か、サッカー部か、陸上部も居るのだろうか、もう遅い時間だ、人数は二十人ぐらい……。
大丈夫、この教室は校舎の端だし、四階だし、暗いし………だから、きっと大丈夫。
「外に誰か居たら、見られちまうかもな」
「………っ!」
僕が、誰かを確認出来ると言うことは、相手も、僕を認識できる距離にある……から。
窓は、腰ぐらいの高さで、僕が晒している肌は見えないだろうが、それでも………。
「嫌だ……」
「だーめ」
「怖い」
怖い。
誰かに、もし、誰かに見られたら……怖くて、ただでさえ力の入らない足がガクガクと震える。すぐに座り込んでしまいそうになる僕の腰を彼は捕まえていた。座りたいのに、座り込んで、窓から、外から、全てから僕を消したいのに、彼はそれを許さない。
僕が教室で、こんな事をしているのを、もし誰かに見られたら……。
もし、こんな僕を、黒崎と居る僕を、誰かに見られたら……
「だから、怖がらせてんだよ」
もし、誰かが、僕を見たら……。
「……やだ」
「我儘言うなって」
「……ひっ」
尻に、ぬるりとした感触が滑った。
彼がさっき出した僕の体液にまみれた手で、尻の間を撫でていた。
「やっ、いやだ」
ぬるぬると、穴の上をなぞるように、指が滑る。その指から逃れようとして僕は腰を揺らしていた。逃げる事なんて、出来ないのはわかっているのに。腰を掴まれて僕は動けない。そうでなくても、僕は逃げる事など考えられないくらい、囚われてしまっている。それでも、
「……やめて」
「何で?」
哀願は、聞き入れられなかった。
「あぁっ!」
彼の指が、中に沈んだ。わかる。身体の中に、僕以外の何かが入ってくる感覚。僕の中に異物がある。
「自分だけ、気持ち良くなるの、不公平だろ? てめえだけイってさ。俺は?」
身体の中に異物を感じる。僕の中に、僕以外の何かが侵入してきた。純粋な、ただの恐怖に僕の全身は支配される。
ゆっくりと、指が穴の中に沈んで……。
「……んっ、あ……ぁっ」
無骨な指が、僕の中を行ったり来たりする。黒崎の指だ。僕の中にあるのは、黒崎の指だ。黒崎の指が僕の中に入っている。黒崎が僕の中に在る………なんて、そんな。
入り口を広げるように、中でぐるりと、円を書くように、黒崎の指が動く。
「あ……あ…ぁ」
指が……気持ち悪い。
僕の中を無遠慮に蠢いて、黒崎の指が、僕の中に入っていて……彼は僕の中を掻き混ぜている。先ほど出した僕の精液がくちゃくちゃとぬれた音を立てている。静かな教室に、僕の息遣いとその音だけが響いている。
気持ちが悪い。胃が萎縮するような気分がする。気持ちが悪いのに……。
見たくないけど、身体の芯に火が灯るような感覚がある。熱くなっている。僕はその指の動きにただ翻弄されている。気持ち悪いって……気持ち悪いだけだ。それ以上じゃない。
だから、きっと違う。僕が反応しているなんて、そんなはずがない。
中心が熱い血液を含み、立ち上がっているのを僕は気付きたくない。
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091027
再:110119
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