寒い夜に公園で 05










 ……………調子に乗っているんじゃ無いだろうか、この男は。


 いや、許してる僕も僕なんだけど。

 今日は、公園じゃなくて河原の橋の下。



 両手で頭を固定されて、黒崎のキスを受けている、この状態って、一体……。


 一回許したのがそもそもの間違いだった。
 どうしてもキスしたいと泣きそうな顔で頼まれたら、何だか、まあそのくらい……とか、思ってしまって。別に、減るようなものじゃないし、皮膚同士の、ただの接触だ。と、思えば……。断りきれなかったんだ。


 正直、苦手なんだけど。
 いや、もうこれで何回目になるだろうか。いつまでも、慣れない。

 初めてされた時のような衝撃は無かったけど、やっぱりなんだか、意識が拡散していくような、骨が内側から溶けていくような、そんな感覚が、慣れない。


 多分、嫌いじゃ、無いんだと思う。気持ちの良い感覚だということは、わかった。
 けど、慣れない。だって、きっと今虚が出たら、勝てる見込みなんか無いし。それどころか、小学生と腕相撲ですら負けると思う。そのくらい、力が抜けてしまうんだ。


 黒崎の唇は熱くて……熱が身体に流し込まれて行く気がするんだ。やっぱり、口から力を吸い取る能力でもあるんじゃないだろうか、黒崎は。

 この前、舌を入れられた時には、さすがに驚いたけど……。




 なんか、まあ……いいか。







 とか……流されてる場合じゃない!

 自分を強く持たなくては。
 今日こそは、ちゃんと自分の意思を強く持って、この関係性に終止符を打たなくてはならない。

 黒崎だって、本当に僕のどこがいいのか……僕を好きだって、一体僕のどのあたりが黒崎の好みに合ったのか、わからないよ。
 死神にはなんの借りもないけど、最低でもクラスメイトという繋がりはあるのだから、踏み外した道を修正してあげるのも、真人間の勤めだ。



「その、話があるんだ」
「石田、ゴメン」


「………」
「………」


 僕達が口を開いたのは、同時だった。
 互いの声は重なったけれど、ちゃんと聞こえた。

「……何、黒崎」
「そっちこそ、何だよ」



 何を、謝るつもりだったのだろうか。
 黒崎は僕に謝らなければならないような事をしたのだろうか……黒崎は一体僕に何をしたんだ?

 夜は、虚の出現があればこうして……こんなこと、したりするけど、学校では、挨拶するぐらいの仲は相変わらずだ。今日も、学校では視線すら合わせていない。取り分け接点もなく……特に学校では、僕が話しかけられたくないオーラを全開にしているせいかとは思うけど、視線を感じることはあっても、敢えて何かを話した事は、黒崎がトチ狂った次の日、下駄箱で、そのくらいだ。

 僕達の接点は、虚を倒したあとで、何故かキスをするぐらいな関係だ。

 だから、何か黒崎が僕に謝るとすれば、この時に何か、しかない。

 つまり黒崎が僕に謝りたい事……、やっぱり僕の事を好きじゃなかった。今までの事は無かったことにしてくれ。とか、か?
 それ以外、僕には思い当たる節がない。

 僕はまだ興味はあまり持たないけど、クラスの男子連中も、うちのクラスの女子は、全校でもレベルが高いらしくて、その中でも井上さんとかの話題はよく登るのを、聞いている。聞きたくて聞いてるわけじゃないけど、近くで大声で噂話されたら、否が応でも耳に入ってしまう。
 そんな井上さんとか……黒崎の近くに居るんだから……よりによって、僕はないだろう、僕は、と思う。
 男としてみたら、別に顔だってそれほど悪くはないと思うし、体格だってガッシリしてるわけじゃないけど、それなりに鍛えてるけど……その前に、僕は男だって前提があるのにも関わらず! 何故! 僕なんだ?
 君なんてどうせより取り見取りだろう。
 自分で言うのも何だけど、性格だって明るい方じゃないし。黒崎と話が合う事だってないと思うし。趣味だって違うし。

 だから、黒崎が僕を好きになるだなんて、おかしい。


 だから、その話だろうか。
 だといいのだけれど。

 冷静に僕のことを考えてみたけど、やっぱり好きじゃなかったゴメン、とかだったら。僕は笑って許して上げられると思う、まだ。





「何だよ」
「いや、黒崎が先でいいよ」

 でももし、違ったら、さらっと流してしまわないと。黒崎が僕に何を謝るのか、内容を判別してから。

 今日こそはちゃんと言わないと!

 だって、僕の話は長くなる可能性がある。もし、まだ黒埼が僕の事を好きだって錯覚してたら、思い込みが激しいようだから、それを解さなくてはならないんだ。
 前回キスされた時に、また立てなくなって、しまって……次は絶対にこんな事はやめようって言うって決意したんだ!



 そりゃ、僕だってだいぶ悩んだ。

 不本意ながら、この僕が、一昨日の小テストで国枝さんに首位を譲らなくてはならないくらい、悩んだ。常に首位を争っている国枝さんには、この半年では同位はあっても負けたことは無いのに!


 これだけ四六時中この事ばかり考えているのだから理論武装は鉄壁だ、誰にも崩すことはできないはずだ。




「じゃあ……その、わかってると思うけど」


 僕は、黒崎の次の言葉を、祈るような気持ちで待つ。


「いや、何か改めて言うとなると、言いにくいな」
「大丈夫だよ、僕は気にしないよ」


 やっぱり、僕の事好きじゃ無かったって展開か?
 だったら、言いにくいだろう。告白もだけど、別れを切り出す方が言いにくいと、クラスの女子も大きな声で噂話していたし。

 告白したことも、別れを切り出したことも、僕にはないけれど、でも言わなくては前に進めないことだってあるんだ!




「じゃあ……良かった。お前が気にしてないならよかった」
「かわまないよ」


 だから、やっぱり好きだって違った。って、言ってくれて構わないんだ!






「良かった。俺、前より、お前の事、好きになってる………って、思った」



 …………違った。



「お前の事、好きになりすぎて、お前が俺の気持ち重く感じてたら嫌だって、思ったから………良かった」

 いや、じゅうぶんに、重いから。おかげで、夜も、ただでさえ寝付きが悪いのに、最近は慢性的な寝不足だ。


「そう、言いたかっただけだ。どんどん好きになる」


 ……………。


「で、石田は?」



 …………そんな、満面の笑顔をされると………。



「あ……あの黒崎」

「ん?」
 いつも眉間にシワが寄ってる仏頂面なくせに………。




「いや、何で僕なんかを………」


 そんな遠回りじゃなくて、直球で、君の気持ちは間違えている、君の気持ちを僕は返せない、迷惑だから、こう言う事……キス、したりとか、やめよう……って、言うつもりだったんだけど……。少し冷静になれば、すぐに僕が言っていることが正しいって解るはずだって、そう言うつもりだったのに……。そのために、完璧な理論を装備してたのに。




「何でだろうな、わかんねえや。何でお前なんだろうな」
 そんな、非理論的な解答されたら、僕は、そう。とか、へえ、とかしか言えなくなる。


「わかんねえ。そりゃ、年頃だから、女の方が好きだし、男見てもつまんねえだけだって思うし」
「だったら……」
「お前は別」

 僕が理論を組み立て、喋る隙ぐらい与えてくれよ。


「お前は……お前だけ、特別。何やってても、お前の事考えてるし、キスしたいからしてるし、裸だって見たいって思ってる」



 ………………。


 ここは、普通は、青くなる所で当たっているはずだ。


 何で、僕は赤くなるんだっ!

 男の君に、そんなの見られたくないよ! いや、自信がないわけじゃないけど……そりゃ黒崎と違って、そんなに体格がいいわけじゃないけど……。

 黒崎も、自分で言って自分で赤くなってる………だったら言わなきゃ良いのに。


 にしても……言いにくい……。
 錯覚だとしても、思い込み、強すぎるよ黒崎は。








「だから、さ。お前が俺の事好きじゃなくて、ただ流されてるだけでも、同情でもいいんだ」
「え?」

 同情?




「お前が好きなの、お前の言う通り、錯覚だろうと何だろうと、別に何だっていいんだ」

「……」


「でも、お前にこれっぽっちも気持ちが無くても、お前が俺の事好きじゃなくても、でも俺はお前を好きだって気持ち、お前にだって曲げられたくねえから」






「………………そう」








 黒崎は、僕の言いたいことなんか、解ってるんだってさ。




 だったら………。














090529