06 黒崎の反応が……怖くなって、顔を上げることすら出来なかったのに……。僕にとっては、かなりの勇気を必要としたんだけれど…… 「………で」 返ってきた反応は、軽すぎた。というか、黒崎は、まだ僕に続きを要求していた。 「それだけだよ!」 それ以上なんて、あるはずない。それが精一杯だ。どれだけ恥ずかしい思いで告白したのか、解ってないのか、黒崎はっ! 「はあ?」 間の抜けた声で……。 全然、何にも、これっぽっちも解ってないのか、こいつは……。 「だから! 別に大して仲良いいわけでもないのに、急にそんな事言ったら、変だろ?」 何で僕がいちいちこんな事を解説しなきゃなんないんだよ。気持ち的には、お笑い芸人が滑ったギャグ解説してるような気分だ。居た堪れないから、本当に言いたくないんだけど……理解してもらいたかったのだろうか僕は。 黒崎は、しばらく難しい顔をしていた。さっき、難しい応用問題を解いていた時と同じ顔だった。 「………えと……仲良くないから?」 「そうだよ」 「じゃあ、仲良くなりゃいいんじゃねえ?」 黒崎の安易な提案に、僕は呆気に取られた。 「君と僕が?」 死神と滅却師が? 「………仲良くなりてえ、って、俺言ったけど 言われて、さっきは驚いた。 今だって驚いているし。 「だって………君は死神だし」 だから、仲良くなりたいだなんて、困る。受け入れてしまいそうで、困る。 「だから、何?」 「それが理由だ」 僕にとっては、それ以上の理由なんて、無いんだ。自分が僕個人ではなく、まず滅却師としての誇を優先していたいんだ。そうやって僕はアイデンティティを確立させている。 「で、何?」 「だから、君は死神だろ?」 「で?」 「だから、君と僕が仲良くなれるはずなんて、ない」 君が、死神だから……。 「別に、お前が死神嫌いなのは知ってるけどさ」 「だから……泊まって行けばいいだなんて、そんな馴れ合いを要求する言葉を言おうとした自分を恥じただけだ」 それ以上、じゃない。 僕に伝えられるのは、それが限界なんだ。 今だって、限界なんだ。 知られたら……もし、僕の気持ちを知られたら……。 「なんで、お前はさあ……」 呆れた声。 「そりゃさ、俺が死神になんかなんなけりゃ、お前と話す機会すらなく卒業してたかもしんねえけど……」 「そうだね」 君がもし、死神の力を手にしなければ、僕はきっと黒崎に声をかけることすらなかった。 ずっと、気にしていただけで。 言ったはずだ。 君の存在に、僕は最初っから気付いていたんだ。 死神にならなかったら、僕はこの気持ちに気付かなくて済んだのかもしれない。 もしかしたら気付いたかもしれないけれど、それでも、何の接点も持たずに済んだはずだ。 「俺は、石田と仲良くしたいんだって」 「……だけど君は死神だろう?」 君は、だって死神なんだ。 「その前に俺は黒崎一護だ」 「………でも、君は」 「俺は滅却師と仲良くしたいつってるわけじゃなくて、お前、とっつってんだよ」 「………でも」 僕だって考えなかったわけじゃない。 君が死神じゃなくて、もし、なにかのきっかけで仲良くなったらって……。 こんな仮定は、現実味を帯びないただの理想だ。 もし黒崎が、死神の力を得ることもなく、ただの黒崎だったら……きっと僕は、それでも君が好きだったと思う。 強くて暖かい霊圧に、きっと僕は惹かれた。 初めは不良みたいで、生理的に相容れない存在だと思っていたけど、でもきっと君の存在に惹かれた。 君の事を知りたくなって、笑った顔が見たいとか……今、僕が思っているのと同じ感情を僕は君に感じたはずだ。君が何であるか、そんなことは関係なく、僕は君の事がきっと好きだったと思う。 だから…… どうしようもないんだ。 そう、言おうと、思った、僕は……。 「だからっ! 俺はお前が好きなんだって言ってんの」 ………………。 開きかけた口が、止まった。 「……黒、崎?」 今、何て…………? 好き……だって、聞こえた。 「いや、あ、てか、そういう意味じゃなくて」 そりゃ、そうだよね。びっくりした。僕と黒崎の気持ちが重なる事なんてあるわけがないんだ。 「なんてえかお前と一緒にいて、なんか楽しいし、飯作るの上手くて尊敬するし」 慌てなんだか言い訳を始めた黒崎の顔は、真っ赤で……でも、きっと僕の顔は同じぐらい赤くなっている。 でも、どんな感情でも、どんな重さでも、黒崎の気持ちが少しでも僕に向いているのが…… 嬉しい。 「大した話してねえけど、もっといろんな話してみてえって思うし、お前の笑った顔好きだし、もっと笑った顔見たいし」 僕だって、もっと、そう思ってるんだ。 君と話して、笑って……そんな事ができたら。 「……黒崎」 僕だって……。 僕なんて、君と一緒に居たいし、君の視線が僕に向いているだけでも、嬉しいんだ……。 「一緒に居たい思うし、俺の事も見て欲しいとか思うし……」 ………心臓が、痛いぐらいに早く動いている…… 「黒崎、ストップ!」 僕は、慌てて黒崎の口を塞いだ。 それ以上なんか言われたら……僕はどうにかなりそうだ。 絶対に、言ってはいけない事まで言ってしまいそうだ。 「あ、いや、だから」 「……いいよ、もう」 これ以上は、僕の心臓が持たない。 「……悪い」 「いいって」 「……言いたいこと、わかったかよ」 バツの悪そうな顔で……。 黒崎は、天然なんだろうか。 普通に、こんな事女の子にも言っちゃえるんだろうか……。才能あるよ、きっとどんなに君を嫌いな女の子でも、そんな事言われたら、君の事好きになると思うよ。 「………あの、黒崎」 「ん?」 「……その」 そろそろ、手を離してって言おうと思ったけど。 黒崎も興奮してたみたいで、だいぶ強く握られていたから。少し、痛かった。 霊体ではあれだけの大きな剣ふりまわしているけど、やっぱり身体にも影響するんだろうか……。僕もそれなりに鍛えてるはずだけど、黒崎の握力には敵いそうもない。 「何だよ」 君が……僕の事を、好きなんだって。 別に、受けられなかった授業の勉強を教えるだけでもいいんだ。 それだけでも、僕には嬉しかったんだ。 「どうせなら、泊まってく?」 だから……。 このくらい……言っても、いいはずだ。僕の気持ちの重さを知られなければ。 「……良いのか?」 君は、知らないだろうけど、僕は君が好きなんだよ。 「別に、君んちが良いならだけど」 「あ、じゃあ電話入れる」 「そうだね」 「………あ、じゃあ」 ようやく、黒崎が、掴んでいた僕の腕を解放した……痣になってたら嫌だな……情けない。 「黒崎……」 「ん?」 さっき、言おうと思った言葉。 僕の作ったご飯美味しいって言ってくれて…… 僕と仲良くなりたいって思ってくれて…… 君が僕に笑ってくれて…… 今だけでも、こうやって、近くに居てくれて…… 「ありがとう」 そう、言うと黒崎はしばらく僕の顔を凝視した後、おう、と口の中で言った。 ……でも、君は死神なんだよ。 了 090503 ………続きが書きたい。 13500 |