04 しばらく経った頃。 「黒崎?」 「いや、悪い」 何となく、黒崎の集中力が無くなってきた。 「少し休憩する?」 自分の領域圏内に他人が居るのに……僕は黒崎の側が居心地が良くて。だから、少しでも長引かせたかったから、時計を気付かれないように、見たら、だいぶ、時間が経っていた。 「でも、あとちょっとだし……も少しいいか?」 そろそろ……帰りたいんだろう。 自分の居場所じゃない場所に居るのは、誰だって居心地が悪いはずだ。 しかもその相手が僕なんだ。 「いいけど……」 別に、君が居るのは、僕は嬉しいんだ。本当は引き留めているのは僕なんだ。そんなことは言えないし気付かせてもならない。 「悪いな」 でも、もっと、そばに居たかった。もう少しだけでいいから……だって、今日が終わったら、また戻る。今までに戻る。それでいい、それがいいから、だから……今の時間がもっと続けば良いのにだなんて、そんなことを思った。 「どうせなら……」 どうせなら………… 僕は、言葉を飲み込んだ。 僕は、今、何を言おうと思った? どうせなら、泊まって行けば? ………そう、言いかかったんじゃ、ないか? 「え?」 僕が、君を引き留めたいだなんて、知られてはならない。 僕が君を好きだなんて、知られてはいけない。 本来、僕自身ですら、気付いてはいけなかった、その感情を微塵も吐露してはならない。 「いや、何でもない」 気を、引き締めなくてはならない。 僕が滅却師で黒崎が死神だと、ちゃんと思い出さなくてはならない。 「何だよ、気になるだろ?」 それを、わざわざ黒崎は言及した。 駄目だ。言えるわけないんだ。言ったら駄目だ。 「何でもないよ」 「何でもないなら、言えばいいだろ?」 「うるさいな、別に君が気にすることじゃないよ」 黒崎が、気にしちゃいけないんだ。 僕が滅却師としての個を全うするために、僕の感情が君に流れて行く事を決して知られてはならない。黒崎が僕を気にしちゃいけない。 「あのさあ、俺なんか言った?」 黒崎の、沈んだ声が気になった。 僕が、さっきまでの表情を再現できるような器用な演技派だったら、何の問題もなかったのだろうけど。 「何が?」 「何で怒ってんの?」 「怒ってないよ」 「怒ってるじゃねえか。眉間にシワ寄ってんぞ」 「君ほどじゃない」 僕は、不器用だ。自分でも自覚がある。相手に言えば傷つく言葉、喜ぶ言葉。それを選ぶことすら苦手なほどに、僕は不器用だった。 何を言えば怒らせて、何を言えば気が済むのか、僕には見当もつかない。 自分が今、どんな顔をしているのかもわからない。 「お前さ……」 ただ……。 どうにかして漏れ出そうとした僕の中の甘えた部分を、どう隠蔽すべきか、そればかりが頭を占めて、どちらかと言えば、頭の中は恐慌していた。 「気に入らない事あったら言えよ。お前と喧嘩する為に来たわけじゃねえし、お前と喧嘩したいわけじゃねえし、気に入らない事あったら言えば直せる所直すし」 突然、強い口調でまくし立てた黒崎にも、僕はどうして良いかすら解らなかった。ただ、責められている事は解った。 「だから、何でもないって言ってるだろう!?」 怒鳴り声を上げてしまったのは、僕の失態だ。 「じゃあ、何で怒ってんだよ!?」 怒ってるわけじゃないんだ。これが僕の普通なんだ。これが君に対しての普通の態度だよ。そうしなきゃ、言ってしまいそうなんだ。 「怒ってないよ、別に」 「だったら、何が気に入らなかったんだ?」 気に入らない? って。 僕が、気に入らない。 君が、気に入らない。 君が、死神なのが気に入らない。 僕が、君を好きな事が、何より気に入らない! でも、何で黒崎がわざわざ、僕を気にかける? 必要無いだろう? 僕は君が好きだけれど、君は僕を好きなはずない。 「……君は……何が言いたいんだ?」 黒崎が、僕に何を望んでいるのか、解らなかった。 僕の事なんかどうだっていいはずなんだ。そうでなきゃ、困る。黒崎は僕の事なんか嫌いで、そうじゃなくても、同じクラスに居る、程度に思って居てくれないと困る。 「お前と仲良くなりてえって言ってんだよ!」 叩きつけるような、怒鳴り声だったから、僕は身をこわばらせた。 けど……。 仲良くなりたいって……言ったのだろうか、今、もしかして。 聞き違いかと、思うけど……まさか。 黒崎が? 聞き返そうと黒崎の顔を見ると……真っ赤になっていた。 仲良く? 君が、それを求めるの? 僕がどんな気持ちで君と接しているのか知らないから言えることだろう? 「今だって、勉強教えて貰って、助かってるし」 言い訳のように、言葉を続けていたけど……。 困る。 それはとても、困るんだ。 君は僕を嫌ってくれているから、だから、そうじゃないと……。 「……別に、本当に怒ってないよ」 「怒ってるだろ?」 怒ってるわけじゃなくて、困っているんだ。 「それは、君のせいじゃない」 「だったら………」 怒っているとしたら、不甲斐ない自分自身にだ。 「それは………言わなきゃ駄目か?」 何で、黒崎は、そんなつまらない事に拘泥するんだ。僕の言いかけた台詞なんか、どうだっていいはずなのに。大した意味も持たない。何の意味もない。 僕の浅ましい欲求を表に出してしまうだけだ。 「気になるだろ。俺がお前の気に入らない事言ったなら、これから言わないようにするし」 「だから、君のせいじゃないって!」 「そんな事言われたって、わかんねえよ」 どう、言えば彼に理解して貰えるのか解らなかった。 君は関係がない。 僕は滅却師で、君は死神。立場を弁えよう。僕達は馴れ合いを求めちゃいけない。 それを僕は忘れかけただけだ。その自分を恥じただけだ。 → 090426 |