01 「頼む、数学教えてくれ」 黒崎が、突然……両手を合わせて僕に頭を下げた。 近くに来たことは気が付いていたけれど、僕に話しかけられると思わなかったから……驚いた。 最近の虚の出現により、黒崎がちょくちょく授業中に出ていってたのは知っている。 ここ最近……黒崎が死神の力をつけてから、出現頻度が増している。今までなら僕がしていた事だ。本来なら、今までこの町を担当していた死神。 だから、僕が虚の撃退に向かっても良かったのに……僕は安全な場所でのうのうと授業を受けていて、それを引け目を感じていないわけじゃなかった。 だから。 と、言うのはただの言い訳なんだろうけど。 「……いいけど」 僕は、黒崎の事が好きだった。 好きだ、と表現するのは今まで誰かに恋愛感情を覚えたことの無い僕には適切であるかすらわからない。 ただ、気になっていた。 入学式の時からずっと気になっていた。黒崎が死神の力を手に入れてから、殺したいほどの嫌悪を感じて、尺霊界に行って、戻ってきて……それでも。 黒崎を意識する強さに変化はなかった。誰よりも気になっていた。 黒崎の霊圧は、時としてその強さに潰れそうな程だけど……それでも常に陽光のような暖かさを感じていた。 ただ、僕は、滅却師だから……。黒崎とは、どうしたって、もう相容れない存在になった。 それでも、きっと僕は彼を好きなんだと思う。 だから、僕の家に呼んだ。 誰にも邪魔されたくなかったし、その場を誰にも見られたくなかった。 自分でも、嫌悪しそうだ。自分がこんなに情けない奴だなんて自覚はなかった。 浅ましい自分に、それでも快く僕の家まで着いてきた黒崎は、よっぽど切迫詰まってたんだろうと思う。 そうじゃなければ、黒崎が僕の家に来ることなんかはない。 黒崎は僕を優しい奴だなんて勘違いしているのだろうか。 あまり、広い部屋ではないから、近くにいる黒崎が……霊圧でなくて、本当に体温を感じるぐらいの近い場所で。 ノートを広げて勉強している……。 それが、嬉しいだなんて、僕は……やっぱり君の事が好きなようだ。 誰にも、言うつもりは無いけど。 どんな誰にだって、僕の心を決して見せるつもりはない。卒業して、教室で会う事が無くなり、遠い場所で、黒崎の霊圧を感じる事が無くなればこの気持ちもいつか風化するだろう。 だから、それまで言わなければ良いだけだ。 気付かれないようにすればいいだけだ。 簡単な事。 だから、今ぐらいは……。 「黒崎、ここ違うよ」 「……あ、うん」 僕が指摘するまでもない単純なミスを指すと、黒崎は解ったのか、解って居ないのか……。 さっきから、眠そうにしているのは解っていた。 ここ最近は虚の出現も頻繁で……24時間体制な不定期な肉体(?)労働だから、疲れてるのは理解していた。今日の昼も、だったし……。 一昨日も深夜三時頃に黒崎が出ていったのを知っている。僕は布団の中で感じていた。一時間、かかった。僕も行こうかと躊躇している間に片が付いた。 ただ、戦闘して、そのまますぐに布団に入って寝られるような事はないだろう。 きっと意識が高ぶっているから……翌日の黒崎はいつも以上に機嫌が悪そうだったし、目の下にうっすら隈もあった。 疲れてるんだろう。そう思う。時々、テーブルに頭をぶつけそうになっているから……。 「黒崎……? 少し休憩する?」 そう言って……黒崎に声をかけた時に……黒崎が落ちた。テーブルに……完全に寝ていた。 テーブルに伏して、鼾に近い寝息で、シャーペン握り締めたまま。 「寝てるの?」 声をかけたけど……返事はない。 寝てるんだ……。 疲れてるのは、多分僕が一番理解してあげられると思う。一対一の命のやり取りなんだ。霊体であって、身体を使ってないとは言え、疲れてない方がおかしい。 だけど…… 「初めて来た他人の部屋で寝るかよ、普通……」 溜め息を洩らすと、黒崎は、んがって、変な鼾を返した。 軽く指先で頭を小突くと、黒崎は眉間にシワを寄せたけど……それでも起きる気配は無いみたいだ。 どうしようかって僕は途方に暮れる。 やる事がないから、僕は黒崎の寝顔を見ていた。 いつも不機嫌そうに眉根を寄せているけど、寝ている今はそうでもなくて……寝顔は意外にも可愛いだなんて思えるような顔をしていた。 暖かい霊圧。 もともと滅却師は、戦闘に特化した血族だから、強い霊圧に惹かれるのは仕方ないんだ。 こんなに強くて暖かい霊圧がここにあるんだ。 僕が黒崎を気になるのはおかしいことじゃない。何もおかしいことじゃない。 好きだって……きっとそれは錯覚だ。時が経てばそれは風化する。 今は、この霊圧の強さに感覚を麻痺させられてるだけなんだ。 きっと、本当に、ただ、それだけなんだ。 しばらく見ていた。 「黒崎…?」 声をかけたけど、やっぱり起きる気配なんかはない。 今なら……少しぐらいなら触ってもいいかな。 今起きても、起こそうとしていたって……そんな言い訳ができる。 今なら……。 恐る恐る、黒崎の髪に触れた。 オレンジ色の髪。 思ったよりも柔らかいくて……少し感動した。 ふわふわと……。 起きてしまわないか、少し不安だったけれど、その時に何て言い訳していいか解らなかったけど、黒崎は起きる気配がない。 ……疲れてたんだろうな。 ずっと、ここに居ればいいのに。 こうやって、僕の近くに居てくれればいいのに……。 そんな……事を思った。 そんな事を思った自分にも嫌気がさした。 でも、やっぱり起こしたくなくて。 少しでも長い時間、彼を引き留めたくて、僕は……起こさなかった。 ⇒ 090415 ちょっと、内容物増やしたいが為にまだ全部書き終わってないけど更新開始。 続き書き次第アップします。 |