16 泣いてしまったら涙と一緒に、今まで我慢していた気持ちとか、押さえていた物とかで溢れてしまって、情けないと思うものの、 止められなくて。 「何で泣いてるの?」 ハリーの声がやたらと近くで聞こえた。 慌てて顔をあげたら、すぐ目の前にハリーがいた。行ってしまったと思ったのに。 機嫌が悪そうな顔。 ………謝りたいって思ったんだけど。 なんで泣いてるの、って全部お前のせいじゃないか! 「泣きたいのはこっちだよ」 溜め息混じりのハリーの声。 どこまで被害者ぶるつもりなんだ。 「何だよ、いったい」 「だってそうでしょ。ドラコは僕の気持ちなんか全然考えてくれてないじゃないか」 「何だよ、それは!」 「ちっとも僕の気持ちわかってくれてない!」 なんだよ! 僕はハリーの気持ちの邪魔になるような事なんか一度だってしてない。 成就しなければいいって思ったことはあるけど、実際に邪魔した事なんか一度だって無いんだ! まあ、背中を押してあげたこともないけど! 「僕の気持ちなんか、全く気付かないし、ドラコは好きな人がいるって言うし!」 「お前だっているじゃないか!」 ハリーに好きな人がいて良くて、何で僕は恋をしちゃいけないんだ! なんて自分勝手なんだ。 「僕がドラコのことを忘れようって離れようとした努力ぐらいわかってよ!」 「なんでハリーが離れて行く必要があるんだ」 「ほら、全然わかってくれてない!」 なんだよ。 なんで僕が悪いんだよ。 「僕のことを散々引っ掻き回しておいて。仲良くなろうって言ったのは嘘だったのか?」 ハリーの言葉にどんどん僕は切なくなってくる。 「僕がお前と友達になれたって喜んでいたのに、ハリーはまだ本当は僕の事が嫌いで、内心僕が簡単に騙されたと思って笑っていたんじゃないのか」 さすがに、そこまでは思っていなかったんだけど。 でも僕はもともと口下手な方ではあるけれど、悪い言葉に対しては口の滑りが驚くほどいいんだ。 こう言ったらハリーがもっと怒るだろうなって、そのくらいは分かっていたけど、でも止まらない。ハリーが僕の事をとても大切に思ってくれていることぐらいはわかっていたから。それでも止まらない。 「なんでそうなるんだよ!」 ハリーは、ぼさぼさの自分の頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。イライラしてどうしようもない時のハリーの癖だ。ハリーは嫌なことがあったり、怒っていたりすると頭をよりぐしゃぐしゃにする。 「僕に好きな人がいるって黙ってた事に対しては謝るが、いつも僕はお前の気持ちを最優先にしていた」 僕は、ハリーの気持を優先にしていた。 邪魔しないようにしていた。 本気では思っていないけれど、でもハリーが幸せになればいいって、そう思われるようにはしていたと思う。 「なんで僕がドラコに近付いたのか考えた事ある?」 「だから、好きな人がいるからだろう?」 そう言っていたのはそっちだろう。 「だからだよ」 「だからって何だよ。僕は真剣に相談に乗ってあげていたじゃないか」 僕はハリーの期待に応えられるように、できる限り考えた。その彼女と幸せになれと本気で望んだことなんかはないけど。 「相談なんて君じゃなくたって別にいいんだ」 「………ハリー?」 つまり、僕に相談に乗って欲しいなんて言っておきながら、本当は僕なんてどうでもよかったと、そういうことなのか? 「だってドラコは確かに女の子に人気はあるけど、ドラコ自体は別に女の子の気持ちなんて考えたことなさそうだし」 だから、必死に考えたんじゃないか。 「つまり今まで僕が今までハリーのためだと思って来たことは、全部無駄だったと、そういうことか」 「なんでドラコはそうやって否定的にモノを考えるんだよ!」 「生憎、性分でな」 「口も悪いし」 「生まれつきだ!」 なんだよ。 どうしよう。 僕がこんなことを言いたいんじゃないって、分かってるのは僕だけだ。 このままじゃ、もっと嫌われてしまう。 だけど、涙が止らない僕の目は勝手にハリーを睨み付けていた。 みっともない。 ハリーがもう一度、ぐしゃぐしゃに頭を掻いて、大きく溜め息をついた。 もう、僕と話すのを諦めてしまったのか? 今でも謝ればまた元に戻れるだろうか……。 「……ドラコと話がしたかったんだ」 「……は?」 「ドラコに近付きたかったんだよ」 「……………は?」 もう一度、僕は間の抜けた声を出してしまった。 なんだか……。 特に言葉が出てこないのだが、 一番近いのは呆れたというかんじだろうか。 呆れて。 そして腹が立ってきた。 「何なんだよ。僕は真剣に相談に乗っていたんだぞ!」 「それはわかってるけどさ! でも僕は君と話したかったんだ!」 「じゃあ、そう言えばいいだろう!」 「だってそうでも言わないとドラコは僕と仲良くなんてしてくれなかったじゃないか」 「それは………」 それについては反論できない。 ずっとハリーと仲良くなんて絶対になれないと思っていたし、そんなこと考えたこともなかった。ずっと敵意しか持ってなかった。 だからと言って……。 そうやって近付いてきたというのは、僕だって嬉しくないわけじゃないけど。 「それでもなんで、僕に好きな人がいたら駄目なんだ?」 またハリーの溜め息。 「僕がこれだけ言ってもまだ気付かないんだ?」 「……なんだよ」 何が? 「僕は君が好きなんだよ、ドラコ」 「は?」 今、ハリーはなんて言った? 「もう一度言ってあげようか? 君が好きなんだ。もうさすがに理解した?」 「………聞いてない」 「言ってないもん」 「聞いてない!」 「ドラコが鈍感なだけだろ!」 鈍感だと? 鈍感だとしても、僕が、今までどんな想いでハリーに接してきたのか、ハリーはわかってるのか? もし、伝えてくれてたら、毎日毎日泣きたいような想いを引きずってハリーに無理矢理笑顔を向けてなくて良かったということか? 僕がいけないのか? なんなんだ、こいつの僕だけが悪いみたいな態度は? しかも鈍感だと言われたって。 「女の子だって言ってなかったか、ハリーの好きな人」 僕はずっと女の子が好きなんだと思っていたから、気付くわけがないんだ。 「僕は女の子なんて一言も言ってないよ。勝手にドラコが誤解しただけじゃん」 さも、僕が悪いかのように。 普通は女の子だと思うだろう? 同性が好きな僕が普通じゃないんだから。 それに僕は一度だって女の子じゃないなんて否定されていないし。 僕がどれだけ悩んだと思っているんだ! 「だから……ドラコは好きな人がいるっていうし、もう、僕はドラコが好きな事が、苦しいんだ」 なんて奴! なんて奴なんだ、なんて自分勝手なんだ!! 「勝手に僕を諦めるな!」 なんて奴! 人のこと散々振り回して僕がハリー好きになったら、はいサヨウナラかよ! なんて独り善がりで自分勝手で最低な自己完結型なんだ。 「なんで、僕に好きだって言わないんだ!」 僕の涙腺はさっきから壊れてしまったみたいだ。 ずっと涙が溢れて、涙で霞んでしまって、ハリーをうまく睨めない。 そこにハリーがいるのに。 「なんで勝手に僕のことを諦めるんだ!」 「ドラコ?」 「ずっと僕がどんな想いでハリーのそばにいたのか、少しは思い知れ!」 「ドラコ?」 「………僕のそばから、いなくなるなよ」 うまく、喋れない。 半分ぐらいは嗚咽になってしまう。 「だって、君は好きな人がいるんだろう? お幸せにね!」 そんな簡単に僕を諦めるなよ! 僕はお前に好きな人がいたって僕はお前の側で笑ってたのに、お前は僕が好きな人がいたら側にはいてくれないって言うのか? 「だから、お前がいなくなったら僕は幸せになれないじゃないか!」 僕は、うまくハリーが見られないけれど、でもハリーは僕を渋い顔つきで見ている。 そっちだって同じじゃないかよ。僕の事を言う前に自分の事を棚から下ろせ、鈍感。 「ハリーが好きなんだよ、僕は!」 言うつもりなんかなかったけど。 言わないと絶対わかって貰えそうにない。 言わなきゃ伝わらないんだ。 ――だって僕達だったんだから……。 「………ドラコ?」 「もう一度言ってやろうか? お前が好きなんだ、ハリー。これで理解したか!」 鈍感め! なんで僕がここまで言わなきゃいけないんだ。少しは理解しろよ。僕に惚れているなら少しは僕の気持ちを汲み取る努力をしろよ! お前だって僕のことちっともわかっていないじゃないか。 「聞いてない!」 「言うつもりなんてなかったから」 「なんで言ってくれなかったの?」 「言えるわけないじゃないか! 君には好きな女の子がいるってずっと思ってたんだから」 知らなくて当然だ! 気付かせないように必死だったんだから! ここまで言ってやらないとお前だって何にもわかってないじゃないか! ずっと言いたくて、伝えたくて、ハリーに僕が好きだって知ってもらいたかったんだ。ずっと苦しかったのに。 「ハリーの馬鹿! 大馬鹿! 鈍感!」 僕はもう、何を言っているのか、なんなんだかわけが分からない。 「馬鹿!」 こんなに泣いたのはホグワーツに来てから初めてだ! 子供みたいに泣きじゃくってしまって、止められなくて、恥ずかしいのに、こんなことを言いたいわけじゃないのに。 もうわけがわからなくなって、子供らしい悪態しか思いつかない。 「もう、ハリーなんか知らない!」 そう言った中には、もう恥ずかしくて、頭の中目茶苦茶で、逃げ出してしまいたいっていうのが半分ぐらいあって。 でも。 「ドラコ、待ってよ!」 ハリーが止めてくれるって頭どこかにあるまだ少し働いている冷静な部分が理解していて。 ハリーに、抱き締められた。 ぎゅって、力一杯。 ハリーが、触ってくれた時のように、すごく安心する温度。それを全身で感じた。 あったかいって思うけど、それよりも頭の中が沸騰して。 もう、ぐちゃぐちゃでよくわからない! 「ハリー!」 「行かないでよ、どこにも」 「………」 「やっと掴まえられた」 …………。 「ずっとこうしたかった」 「…………」 「離さない」 耳元で、ハリーが低い声で呟くのが、頭の芯を溶かすのを感じた。 血が登ってしまって。 強張っていた体の緊張が解けていく。 それなのに、心拍数が上がって来て、耳の横に心臓が来たみたいに血液が流れる音が聞こえる。 ただ、頬が触れるハリーの首筋の温度が熱くて。 ハリーも緊張している? そう思ったら…………安心して。 「ドラコ、何笑ってるんだよ」 少し不機嫌なハリーの声。でも怒っていない。少し甘えた感じ。 ハリー。ハリー! 僕は君が大好きなんだ。 「あのさ、僕達両想いでいいんだよね?」 ハリーの声、それにようやく正気になってきた。 あ――。 告白してしまった。 勢いとは言え、告白してしまった。 絶対に伝えられないって思っていたのに。 しかもハリーも僕のことを好きでいてくれて。 どれだけ僕がハリーのことを好きだって、どうやっても伝え切れないほどの気持ちが溢れてきて。 僕は、返事の代わりに、ハリーの背中に腕を回して、照れ隠しに渾身の力で、それが僕の気持ちの数分の一だとしても、思いっきり抱き締めた。 「ドラコ? 僕達両想いだよね?」 これでも気付かないか! 鈍感め。 僕は顔を上げてハリーの顔を見た。 ハリーの顔は真っ赤に染まっていたけど、僕だってきっと泣きはらした目で瞼もふやけているだろうし、みっともない顔をしているのだろうけど。 だけど僕ができる一番の笑顔を作った。 この笑顔だったら、何回、何百回、何千回好きだというよりも明白だと思えるような笑顔を作れたと思う。 ……そのまま。 僕はハリーの口に自分の唇を重ねた。 了 遅くなりましたが、完結です。 |