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「ねえ、ドラコ」
「んー?」

 ドラコが、布団の中で面倒くさそうに顔をあげる。
 最近のドラコは、起きるのが遅い。僕が目覚めてから、服を着替える頃になってようやく目を覚ます。
 相変わらず、朝日に白い肌は映えて、僕はそれを見るたびに触りたくなるのだけれど。

「そろそろ、僕のうちに来ない?」
「この家の荷物をお前が運んでくれるならな」
「………」

 僕は、頬を膨らませる。
 それを見て、ドラコが、溜息をつく。

「別にお前が来ているからいいじゃないか。家は近いんだし」
「ドラコは僕のこと好きじゃないんだ」
「……誰もそんなこと言っていない」
「なんか、ドラコ冷たくなった」
「僕は、もともとこういう性格だ」

 目の見えない頃は、ドラコは優しく微笑んでいたのに。今は、不敵に微笑む。尊大な態度。それが、またよく似合う。

 それでも、今までとは、何も変わらないけど。
 僕がドラコの家に帰る頃に、御飯が出来ていて、明かりがついていて、ドラコは薬を作ったり、薔薇の世話をしたり。相変わらずクィディッチが好きで、雑誌とかをいつも面白そうに読んでいて。
 試合があると、手放しで僕を誉めてくれる。

 目が見えてからすぐに、彼は髪をすっきりと切り、時々僕の頭を梳かしてくれる。見えるようになったら、とたんに身嗜みが気になったようだ。
 それが、ドラコだって、僕は知っているのだけれど。
 そっちの彼の方がドラコらしいのだけれど。

「前の方が優しかったなー」
「知らない人間に礼儀を払っていたまでだ」

 僕だと知ってからのドラコは、いつもこんな感じだ。

 でも、ホグワーツにいた頃と、明らかに違う。
 彼の笑顔が多くなった。
 よく、笑ってくれる。

 目の見えない頃よりも、ドラコはよっぽど自分の事を話してくれて……あの時は喧嘩なんかした事はないけど、最近僕たちは頻繁に喧嘩をする。すぐに仲直りをするけど。昔のような派手な奴ではないけれど。それでも、よくちょっとしたことで口論になる。

「じゃあ、ドラコはずっと僕のこと嫌いだったんだ」
「ニコラスの方が女々しくなかったぞ」
「………」

 ただ、少し僕が黙り込むと……
 ベッドから、何も着ないまま抜け出てきて、僕の側に来る。

「ハリー?」
「…………」
「怒った?」
「別に」

 彼は、僕の首にするりと腕を絡める。
 最近、彼は僕に良く触る。よく触って、気がつくと僕をじっと見ている。すごく、愛されていると感じる。
 僕がニコラスだと思われていた時は、ドラコから触ってくれることなんて、滅多になかったのに。時々はあったけど、本当に時々で、それも彼の気が向いたとき、申し訳程度にだ。

「ハリー……」

 ドラコが、僕の唇に自分の唇を押し当てる。

「おはようと、行ってらっしゃいのキス」

 そう言って、悪戯っぽく笑うドラコに、僕は溜息が出る。
 最近、ドラコは学んできた。
 僕が、彼が本当に好きだということを。

 今までみたいに穏やかに微笑んでいるドラコも、本当に魅力的だったけれど、作り物のような感じが否めなかった。
 今でも、その造作は本当に作り物のように綺麗だけれど。長い睫毛も、赤い唇も白い肌も、すごく綺麗だけど。
 そんな風に、笑われると……。

 僕は、ドラコの細い身体を抱きしめる。細くて、折れてしまいそう。

「おい、遅刻するぞ」
「うん、そうだね」
「…………このままベッドにいくか?」

 覗きこむ、アイスグレーの瞳。僕を映していて。彼は、僕に見せ付けるようにわざと満面の笑顔を作る。笑顔で、そして、自分の唇を舐めた。そんな妖艶な動作も最近彼は覚えた。
 朝から……。僕は誘惑を断ち切るようにドラコを突き放す。

「今日は、ちょっと遅くなるよ」
「………勝手にしろ」

 ドラコが、頬を膨らませて、僕から離れてもう一度布団にもぐりこんだ。
 その、少し幼い動作を見たのは、ここ最近だ。
 それがドラコの甘え方だと気付いたのも最近。

 僕が、着替え終わって扉を出て行こうとするころ。

「早く、帰って来いよ」
 布団の中から声が聞こえた。


 僕が、好きになったドラコとは、また違うのだけれど……。静かで、穏やかで、感情を荒げない、ドラコの事を好きになったのだけど。
 彼は僕に心を開いてくれていたわけではなかったから。それが、よくわかった。


 最近、ドラコは、僕に甘えるから。
 最近、僕はもっと彼を好きになってしまったんだ。



「ドラコ」
「んー?」

「好きだよ」
 あの頃と較べて、気持をを告げる回数は、少し減ったような気もするけれど。
 まだ、僕がドラコの中でニコラスだった頃は、ドラコは少しはにかむ様に笑うだけだったけれど。

 ドラコは、そういうと布団から顔を出して、僕を見つめた。
 その瞳が、僕を見ている。

「………」
「ドラコ、顔が真っ赤だよ」
「うるさい!」

 僕は、枕を投げられる前に、部屋の扉を閉めた。


 ドラコは、本当はこの人格をずっと隠していたんだ。
 普段、誰かと接している時は、目が見えない時のような穏やかそうな、優しそうな、とか、そんな定評が高いけれど。僕と一緒にいても、いきなりこの人格を使い分ける。どこに隠しているのかわからないが、大きな猫を被る。
 ただ、僕だけには、こうやって本当のドラコで接してくれている。


 ねえ、今君は幸せ?
 僕が君を幸せにすることが出来ている?



 今日も、やっぱり早く帰ろうと思う。










0611