塩辛い風が、ドラコの淡い光沢を持つ髪を撫でて行く。ずっと切っていない髪は風に舞い、きらきらと、とても綺麗。


 どうせなら、もっと強い風が吹けば良いのに。

 潮の匂いが好きなわけじゃないけど、もっとこの臭いの方が嫌だから。吹き飛ばしてくれればいいなって思うんだ。


 崖の上にある、小さな小屋が、僕達の住居だった。小さいけど、誰にも邪魔されず、二人で居ることが出来た。それで、それだけで幸せだった。

 ボロい小屋だから、隙間風が入ってきて、家の補修の魔法なんて得意じゃない僕はドラコに寒い思いをさせてしまっていたかもしれないけど。
 抱き合っていれば、それで良かった。



 別に、海なんて、見たいと思ったわけじゃない。海が好きだから、ここにいるわけじゃない。




「ドラコ、次はどこに行こうか」

 どこに行けば良いかな、僕達は。
 どこなら、僕達は静かに暮らすことが出来るのかな。




「ポッター、もういい、終わりにしよう。ここで終わりにしよう」


 終わりにしたいだなんて言わないで。

 僕達を終わらせるなんて、嫌だよ。
 そんな言葉は聞こえない。
 僕は君の望んだ事は、全部叶えてあげたいんだ。だけど、そんな悲しい事は出来ないよ。僕は僕と君の為に生きているんだよ。だから、僕達が離れる可能性があることなんか、出来ない。


 だって、この現実は僕が望んだことなんだ。
 君と一緒に居たいって、ただ、それだけ。そんな些細な願いなんだよ。僕はそれが叶うなら、何でもできる。何でもしてあげる。

 だから、せめてドラコだって、そのくらい協力してよ。僕を助けてよ。


 君が居なくなるなんて、僕は嫌なんだ。そんな事……僕はおかしくなってしまうかもしれない。もしかしたら死んでしまうよ。



 だから、一緒に居てくれるって、それだけで良いんだ。僕を助けてよ。



 だから僕はこうやって、君を守りながら世界から逃げ回っているんだ。


「次はどこが良い? 南の街にしようか。意外と人が多い方が見つからないかもね」


「ポッター……」



 僕は、裁判にかけられたマルフォイを助け出した。
 闇の陣営に居たマルフォイは、仲間の居場所を言うことが出来なかったから、死罪が決定してしまったんだ。

 僕はそれは許せなかった。

 ドラコが居なくなってしまう事が、何よりも許せなかった。懲役とかなら、僕はいつまでも君を待っている自信だってあったのに……僕から君を奪おうとする奴を、世界を僕は許せなかった。
 僕が救ってやった世界なのに、それは僕からドラコを奪おうとしたんだ。


 そんな事……許せなかった。



 僕の罪状は何だろう。


 ドラコを救い出す時に、無我夢中で無茶苦茶に攻撃の魔法を使ったから、誰かを殺してしまったかもしれない。だったら、殺人罪だ。


 ドラコの罪よりも、もう重いよ。
 僕は君の為に人だって殺したんだ。




「どこに行きたい? 君が行きたい場所につれて行ってあげるよ」

「もう……いい。ポッター、もういい」


 涙なんか流さないでよ。


 僕がしている事は、全部君の為なんだよ。君の笑顔が見たいからなんだよ。笑って。ずっとずっと君を守ってあげるから。


「ポッター……」

 泣かないで。


 それは誰に向けて流した涙?

 死ねるはずだったのに、僕に助け出されて、連れ去られて逃げ回らなくてはいけなくなった自分の身の上?
 それとも、死罪が決定した君の為に、君を連れて逃げ回って、罪を重ねる僕の為に?


 もしかして、僕達を捕まえに来た、今血塗れになって、息絶えた魔法省の役人達の為にとか言わないよね?


 死体が。
 血の臭いが、忌々しい。

 ドラコは、この臭いが嫌いなんだ。
 もっと上手く殺したかったけど、三人も、僕達が静かに暮らしていたこの家に乗り込んできた。僕も腕を怪我してしまった。僕は回復魔法なんてほとんどできないし、ドラコは魔法を封じられている。

 ドラコに、杖を向けられたんだ……。



 頭が、真っ赤になった。



 ドラコを護らなければ。
 ドラコは僕が護らなければ、こうやって殺されてしまう。

 頭が、赤で一色になった。



 気が付いたら、血の臭いがした。





 血の臭いは、駄目だ。
 ドラコが嫌いなんだ、この臭い。

 こんな生活をしているから、繊細なドラコは、血の臭いをかぐと、おかしくなってしまうんだ。





「ポッター、僕は、もう……」

「ドラコ、大好きだよ。大丈夫? どこも怪我していない? 僕が護ってあげるから」



「……駄目だったんだ。だから、駄目だったんだ! 僕を好きだなんて、お前は間違っても認めちゃ駄目だったんだ」



 ドラコはおかしくなってしまったの?



 こうやって、人を殺して逃げる事でおかしくなってしまったんだろうか。
 ドラコは繊細だから。
 血の臭いがすると、変な事ばかり言うんだ。



「大好き。ねえ、ずっと一緒に居よう。ドラコ」





 だから、逃げなきゃ。
 どうして泣くの?

 安心させるように、ドラコに笑顔を向けると、ドラコの綺麗な顔が歪んだ。大きな瞳が溶け出すように潤んで、また一筋、涙が落ちる。



 必要な事しかしてないじゃないか。
 僕と君が一緒に居るって、ただそれだけなんだよ。

 僕は間違って居ないんだ。
 その為に必要な事しかしていない。

 僕はただそれだけしか望んでいない。

 君が世界を壊してくれと望むなら、世界だって壊してあげるのに。ドラコは何も望まないから。




「……ポッター」

「違うって。ドラコ。ハリーって呼んでって言ってるだろ?」



「………ハリー」


「ドラコ。愛しているよ」



「ハリー……」



 泣かないでって、僕はその言葉をどう言って良いのかわからなくなった。そんな簡単な言葉なのに、ドラコの涙を見ると、何故か僕が悪いような気分になるんだ。

 だから、泣かないでって、言いにくくて。





 頭を撫でて慰めたかったけど手が、血で汚れてたから……ドラコの綺麗な髪に血をつけるのなんて絶対嫌だったから僕は、本当にどうして良いのかわからなくなってしまったんだ。



「ドラコ。僕が君を助けてあげる」


 だって僕が君にできる事はこのくらいなんだ。
 君の笑顔を願うために出来る事は、僕にはこのくらいなんだよ。

 だから、泣かないで。




「ハリー……君は、僕を好きだなんて最初から間違ってたんだ」



 ドラコは、触れられない僕の変わりに僕の身体を抱き締めてくれた。



 大好き。


 優しいドラコが大好き。
 笑って。
 君を笑顔にしてあげたいんだ。



 血で汚れてた手を、僕の服で拭いてから、ドラコの細くて折れてしまいそうな華奢な身体に腕を回した。

 大好き。愛してる。


 愛しさばかり込み上げてきて、言葉にならない。




「ハリー…僕と一緒に死んでくれと頼んだら、この崖から一緒に海に落ちてくれるか?」

「駄目だよ。死んだら一緒に居られるって、誰が保証してくれるの? もう二度と嘘をつかないって約束できる?」

 僕からの唯一ドラコに頼んだ事はこのくらいなんだ。


 ドラコが嘘を吐いて、死喰い人を誰か教えてくれなかったから、だからドラコが死罪になってしまったんだ。

「……ハリー」

 だから、もう二度と僕からドラコを奪わないで。だから、二度と僕には嘘を吐かないで。君を僕から取り上げようとするなんて、そんな事になったら、君だって許さないよ。

 絶対に、それだけは許さない。


 でも、それだけなんだ。
 ドラコと一緒に居たいって、本当に僕はただそれだけで良いんだ。



「好きだよ、ドラコ」



 大好き。
 だから泣かないで。
 笑って。


 ドラコはぽろぽろと大粒の涙を溢して……。
 目蓋が腫れちゃうよ。



「ハリー、終わりにしよう」



 ドラコはおかしくなってしまったの?

 なんで、そんなワケの解らない事を言うようになったんだろう。僕がこんなに頑張っているのに。君の為に、君を助け出して、逃げて。


 ただ僕は、どこか二人きりで静かに暮らせる場所を探しているだけなのに。






「ドラコ、大丈夫だよ。泣かないで大丈夫だよ。世界中の全てを敵に回しても僕が君を守ってあげるから」



 それだけで、全てが満たされる。
 だから。お願い。



「ハリー……もういいから」



 だから、ドラコ。








「僕を好きになってよ」





















20120528