「僕の心臓の音、わかる?」



















 手を、握られた。







 僕の体温は、あまり高くない。
 それを差し引いてもポッターの手は熱いくらいに暖かかった。



「……何を…」


 するんだ、と。





 講義の声をあげようとした時には、ポッターの腕の中に、僕はいて………。



 僕は、あまり他人と具体的な接触はなかった。他人と触らなくても生きていけた。
 親にも抱き締められた記憶はない。
 父にも母にもマルフォイ家の息子としての愛情を注いでもらっている自覚はあるが、抱き締められた記憶はない。それで愛されていないなどと無駄に嘆いて勘違いするわけではない。それを寂しいとも思わない。僕はただ、そういう家に生まれただけだ。それに対しての誇りは高く持つ。



 慣れていないんだ。


 ただ、慣れていない。握手は、家柄上、仕方がない。握手ぐらいは仕方がないが、手の平以上の接触は無い。他人と接触するのは、得意ではないが、手の平ぐらいであれば我慢はできる。



 慣れて、いないんだ。



 こんな………。




 ポッターの首筋が、頬に当たった。


 熱くて。

 ……その熱に一瞬で僕も身体中が火照るように思った。その熱を身体中で感じた。僕はこの温度に今包まれていると実感できた。










 僕だって、お前が好きなんだ。








 決して僕から吐き出されない感情を、僕は再び心の中に封じ込める。
 外に出さないように。



 出したら、終わる。だから、封じる。





 僕はどうすれば良いんだろう。
 どういう態度がより僕らしい? 彼の感情の熱さに気付かないふりをするためには、僕のこの感情の昂ぶりを気付かれないようにするためには、僕はどういう行動をすればいい?








「僕の心臓の音、わかる?」


「………」


 声に導かれるように、僕は彼の皮膚に耳を合わせる。

 鼓動が。

 早い。



 きっと僕の心臓も身体中に血液を同じ速度で送り出しているのだろうか。

 僕のか、ポッターのか、わからない。
 その鼓動は重なる。どくどくと、耳のそばで鼓動しているくらい、はっきりと聞こえた。



「これが、僕の気持ちだよ」


 そう言いながら、ポッターは腕に力を込めた。僕とポッターとの距離がより近くなる。これ以上無いくらい、僕達は全身でくっついた。






 気付かれては、いけない。

 僕の気持ちが彼と同じなどと、それを気付かれるわけにはいかない。

 それでも僕は、鼓動の治め方など知らない。いつも、冷静なつもりでいた。今だって何をすべきか考える程度の余裕はあるはずだ。それなのに、鼓動の速さに拍車がかかる。




 気付かれる前に、突き放してしまえばいいと。僕はそんな簡単なことすら考えに至らなかった。

 ……暖かくて。





 ポッターの腕のなかにいる、その自覚が僕の思考を溶解させる。
 鼓動の早さから、ポッターの気持ちが僕に流れ込む。触れている場所全てから、僕に気持ちが向かう。




 何よりも僕に饒舌なのは、ポッターのその視線だと思っていた。それ以上に彼が僕に何かを伝える手段は無い。言葉以上に彼の視線は饒舌だった。僕はその緑の視線が、だから好きだった。





 こんなの、僕は知らなかった。
 この温度を伝えてくれるのが、誰でもない彼だと言うことが、熱伝導率を上げる。

 心に存在していた、抽象名詞であったポッターが、僕に現実のものとしてその温度を伝えてくれるのが……。






「これで、少しは伝わった?」





 頬を合わせる。

 温もりというよりも、強い熱を帯びていた。身体中が熱かった。僕もきっと彼と同じ温度をしているのだろうと、素直にそう思った。





「………お前が、例え僕に感情を向けていても僕は……」

「僕の気持ちがわかってくれれば、今はまだそれでいいから」


「理解なんか出来ない。僕とお前だ」

「僕と君だから、だよ」

「………馬鹿じゃないのか?」




「うん、君が正しい」



「僕は、お前が、嫌いなんだ」




「知ってるよ」




 お前の台詞は、僕の心と食い違っている。勿論そんなことは気付かせてやらない。



「ねえ、マルフォイ」



 そう言ってポッターは、僕と身体を少し離して、見詰め合えるだけの距離を作る。


「キス、していい?」

























20091024

誤字
高く持つ→鷹供物
身体が熱かった→身体が扱った