「マルフォイ、君に話があるんだ」









 ポッターが扉を閉めた。僕をこの部屋の中に閉じ込めるかのように、扉の前に立って、動こうとしなかった。



「僕はお前に話なんかない」




 このままの現状で良いじゃないか。これ以上なんて望む必要もない。
 僕は今のままでいい。このままがいい。何が不満なんだ?


 お前からの視線は心地好いんだ。
 僕への執着を含有した眼差しに、僕は恍惚となるほど。ポッターの視線は僕の身体の芯の方が疼くような気さえする。それが好きだから、僕はこれ以上を望んでいない。



 気付いていた。
 けれど、僕は気付かせなかった。


 ポッターの視線の意味に、僕は気付いてしまった。それでも僕は同じ温度を返さなかった。返せなかった。その必要を感じていなかったから。











「君が、好きなんだ」








 ………知っているよ。



 とは、言わない。
 ポッターに僕の真意を気付かせてはならない。


 僕はお前からの視線の重さが好きなんだ。敵意を込めて睨み合う時も、僕はお前の眼差しに快感すら覚える。
 まるで引力が生じているかのような、衝撃が、引き込まれ、叩きつけられるような。睨み合うと、僕は逸らせないんだ。
 好意、と、敵意を見事に均衡させた比率で、それは強いただの執着。ポッターは僕にその視線をぶつける。

 僕はその視線が好きなんだ。


 それは、僕だけのモノだから。
 僕に対してだけだ。他の誰にも向けない、ポッターの中で僕が唯一独占できるものだから。僕は特別なのだと思える。

 僕はその特別を手に入れた。手に入れたのだから、手放せるはずがない。これは誰にも譲らない。

 僕の気持ちは、気付かれているのだろうか。





 好きだと……。





 もし今の僕の感情をポッターに伝えるのであれば、ポッターと同じ台詞で事足りる。強い執着。心に占める割合が半分など越えた。好きだと、それが一番近いのだろう。



 僕はポッターの強い視線が好きだった。

 もっと僕に執着して、僕を見つめていればいいんだ。



 だから………。





「へえ……意外だな。ポッターがそんな冗談を言うだなんて」

「冗談じゃないよ! 好きなんだ、君のことが」




 お前は僕を見ていればいいんだ。
 誰にも目を向けずに、僕だけにそのエメラルド色を向けていればいい。僕はそれがいい。それ以上を望んでいるわけではない。



 だから、好きだなんて、僕は伝えない。



 ポッターの性格上の特性は知っていた。多分僕以上に彼を見ている人間なんか居ない。僕はいつも彼を見ていた。多分ホグワーツにいる人間の中で彼を誰よりも理解しているだろう。僕だから、知っているんだ。
 誰と付き合って誰と別れたのか、僕は知っていた。見ていれば分かる。

 ポッターは、愛されることに馴れていない。そういう育ち方をしていない。それに気付かずに、誰と付き合ったとしても、結局すぐに別れる。自分ですら気付いていないようだった。

 好意を向けることはできても、逆にそれを受領して安堵や満足感に変えることがとても下手で、好意を受け取ることに疲弊する性質を持っている。

 好きだなんて、もし僕が言ったら?


 お前は飽きて、僕にその視線すら向けなくなるのではないだろうか。
 僕は、それが嫌だった。



 だったら、その視線だけでいい。お前なんか要らないから、視線だけ僕にくれればいい。




「……本気なんだ、マルフォイ。君が好きなんだよ」




 苦しそうな……顔を赤くして、苦しくて吐き出して、吐き出した事でまた苦しんでいるような顔を、僕は痛快に想う。


 その表情は僕に対しての執着の現れだ。
 そうやって僕を見ることで、感情を乱されていればいい。
 僕はそれが嬉しい。
 彼の心の中に僕が占める割合が増えていると感じる事が出来るのが、とても快感だ。



「もしそれが冗談なんかじゃないとしたら……すまないが、僕は考えたこともないな」

「じゃあ、これから考えてよ」

「………」




 もしポッターが僕を手に入れたら?

 手に入れることで満足して、それで、終わる。

 手に入らないなら、足掻くだろう?




「お前に好かれているだなんて考えもしなかったな。それに僕はお前が好きじゃない。それは知っているだろう?」
 僕はいつもの好戦的な視線を彼に向けると、彼は僕の眼差しを受け止めて、そしてそれを反射させるように返してくれる。


 好きだと、そう言うことの方が楽なのかもしれない。
 僕は手に入れる喜びよりも、失う恐怖を優先させる性格をしているんだ。


 追いかけてこいよ。
 僕を見ていろよ。


 せいぜい僕はお前の気持ちが長続きするように、振る舞ってやるさ。


 ずっと、僕を見ていろ。僕以外を見るなよ。そういう風に仕向けてやるから。





「それで、僕にどうしろと?」





「僕を、好きになって」




「難しい相談だな」

 僕は、僕がするであろう対応を予め考えておいたから、台詞はすらすらと出てくる。ずっとポッターを見ていたんだ。耐え切れなくなって、いつか僕に気持ちをぶつけてくる事があるかもしれないという危惧から、僕はこの状態を頭の中で繰り返し考えていた。頭の中での予行演習は功を奏して、今、僕が考えていた通りにことが運んでいる。



「どうやったら、マルフォイは僕を好きになってくれる?」


「僕の気持ちを変える事が出来たならな」




 せいぜい僕に気に入られる努力をすればいい。それは本当に滑稽だ。きっと溜飲の下がる思いがするだろう。


 お前の努力は無駄なんだよ。

 嘘をつくのに、僕はもともと罪悪感などを感じない。他人を傷つけることにも、大した感慨はない。

 ポッターが傷つくのであれば、僕は大歓迎だ。僕によって感情を乱しているのは、とても気分がいい。




 せいぜい僕を振り向かせる無駄な努力をすればいい。







091020