「好きなんだ、君のことが」 誰も居ない放課後の空き教室。 僕はホグワーツで一番この場所が好きだった。僕は誰も居ない、誰にも邪魔されないこの場所で、ぼんやりと物思いに耽るのが好きだった。こんな場所にはわざわざ誰も来ないし、来たとしても、誰もこんな場所に教室があるだなんて気付かないような、僕の秘密の場所だった。僕の見つけた僕だけの場所だった。 寒いわけではないが、それでも空気が重たく止まったような、動かない部屋。こんな場所では、勉強も本を読む気すらない、ただぼんやりと……。 日課というほどではない。だが、僕は頻繁にここを訪れていた。 だから、誰かが入って来るだなんて、思いもよらなかった。 いつものように、ぼんやりとしていたら、扉が開いた。 禁止されている場所ではないし、僕が禁止されている事をしているわけではないが、扉が開いた時には僕の心は一瞬だけ恐怖が走った。直ぐに消えたが。 そのあとにすぐ、不快が湧く。 この扉を開いた事だけで罵倒されるのは筋違いだろうが、僕を不快にさせたのだから……。そう思って振り返った先には、 ポッターがいた。 今、僕の心を幾分か占めていた対象。 何故、彼がここにいるのだろうという疑問は喚起されなかった。 それでも、跡をつけられていた、という自分の失態を咎める気持ちならあった。 僕がここに度々足を運んでいることにポッターは気が付いて、僕の行き先を見極めたのだろう。そして、着いて来た。こんな場所に、そうでなければ来るはずがない。 「……ポッター。何故こんな場所に……?」 僕は、大仰に驚いたふりをしてやった。僕がまったく気付いていないふりを。何故、お前がこんな所に来たのか? と。 僕は何も気づいていない。何も知らない。僕は僕達が表面上で行っているいつも通りの僕のままだ。僕は何も知らないんだ。何も気付いていないんだ。 おまえの視線にすら。 だから………。 帰れよ。 お前が期待することは何もない。今まで通りで。それで良いだろう? 「マルフォイ……」 「ポッター、何故ここに? この教室に何か用でもあったのか?」 僕は驚いたふりを続ける。これが妥当な反応だろう。きっとお前が思う僕はこういう反応をするのだろう。 「……違う」 「偶然だな。他の部屋も空いているようだぞ」 「マルフォイ、あのさ…」 「お前がこの部屋を使うならば、僕は帰るから、この部屋は自由に使えばいい」 これ以上ここにいる必要はない。僕の反応はきっとポッターが来たのだから、席を外す、どこかに行く。それが妥当な反応だろう。僕は普段の僕を精一杯に演じようと努力する。それに逃げられるのであれば、何も無いうちに逃げてしまった方が懸命だ。 「違うんだ」 ポッターが、扉の前に立ったまま、後ろ手に扉を閉めた。 扉を閉めた音が室内に鈍足で走る。 閉めた途端にこの教室独特の重たく動かない空気が僕達を包む。軽い日常とは少し離れた、皮膚一枚分深層に落ちるような、重厚な空気を僕はいつもは心地好いとすら感じていたのに。 この場所に僕以外が存在しているのに、空間はいつも通りに存在していた。それが、より違和感。居心地の悪さを感じないことに座り心地が悪くなった椅子から立ち上がった。 外から、隔絶された。 僕達二人の空間になる。 いやな、空気だ。 「……一体、何の真似だ? それに、何故お前がここにいるんだ」 何故、ここにポッターが? この場所に存在している経緯に対しての疑問はない。それはわかっている。ポッターが僕の行動を把握した、それだけだ。そうでなければ、見つけられるはずがない。ホグワーツのこの辺りは、こういった部屋がいくつもある。その中の一室を勝手に借りているだけだ。この扉の中に入ってきたのは、偶然なんかじゃない。たぶん、故意にだ。そのくらいは解る。 僕の疑問はそこではない、ポッターが僕のいるこの場所に、何故? 何故今僕の前に出てきているのかだ。 ポッターからの視線は、気が付いていた。 表面上では嫌悪を装っている視線、その裏にある感情までも僕は理解していた。 他人の感情への敏感さを強要される育ちをしている。そういった教育を受けて育っている。悪意も好意もその裏の深意を汲み取る技術は、会話の間の取り方や、眉の動作一つでも現れる。僕は誰よりもその技術に長けている。だから、ポッターが何を思っているのか把握する事ぐらい出来ていた。 だが、何故? 今まででも、二人だけの空間は何度かあった。誰も居ない廊下ですれ違うことも、機会は何度も訪れた。それでも、何もないまま。 ポッターもこの状態を維持する事が最良だと判断していたのだろう。僕もそれが良いと思っていた。それが良かったんだ。僕の視線の意味に彼は気付いていないのだから。そのはずだった……。 だから、僕の視線に込められた意味に気付かれたのかと………。 どちらが先かなど、わからない。卵が鶏を産むのか鶏が卵から産まれるのかを議論するようなもので、どちらが先に視線に嫌悪以外の感情を籠めるようになったのかはわからない。 ただ、それに気が付いたのは僕の方が先だった。きっと僕が先に気付いた。 ポッターも、僕の視線を理解してしまったのだろうか。 気付かれないようにと、僕は警戒を怠らないようにしていた。気付かれるはずがない。 嫌悪を表す表情の中に、僕はポッターのような同情を期待するような響きを混在させない。 気付かれるはずなどない。 そう思っていたのだが……。 ポッターの表情は、厚顔無恥にも哀憐を催促するような……… ポッターが、何が言いたいかなど、わかっている。そのくらいは理解していたのに。 → 091017 |